キャンディ・ホーン
「こっちだよ」
長い赤毛を無造作に後ろでまとめた
丸顔の女が手招きする。
アルフレッドが招かれてやってきた小汚い宿屋。
「おっちゃん、部屋空いてる?」
年を食っているくせに、
どこかかわいい少女のような仕草でカウンターに
肘を置く。
聞くまでもなく暇そうな宿屋の主人は、上目遣いで二人を見たあと挨拶もなく鍵をテーブルに置いた。
手慣れた様子で鍵を受け取った女は
「ついてきて」と、二階へ階段を上った。
通された部屋は通り側に窓がある、
ベッドだけが大きい何もない部屋だった。
「あんたも脱ぎなよ」
パッパッっと服を脱ぐ女を見てアルフレッドは、
腕を組む。
「私も脱ぎたいところだけど、二階に上がる時に
宿屋の主人が外へ出て行ったの見えたのだが、
アレ、誰か連れて来るパターンじゃないかな」
「すっごい!よく分かったね」
指先を開くように両手を合わせて女は言う。
「まぁ、この手のパターンは何度か……ね」
「お兄さんお金持ってないの?」
「う〜ん、どうしたものかと思ってね」
相手がこの女の彼氏とかなら、考えてやったもいいのだが、宿屋の主人まで噛んでくるとバックはマフィアか。
そうか、殴られるのも嫌だもんね。
……、じゃあ逃げなよ」
「そんな事したら君が殴られるじゃないかい」
「いいだよあたしは、慣れてるから」
そんな事に慣れるなんてどんな生活をしてきたのか、
想像にかたくない。
アルフレッドが思案している間にドアが開いた。
バン!
「オゥオゥ!俺の女に何してくれてんだ
……ん?いねぇじゃねえか」
「えっ?」
さっきまでいたのにいつのまにかいなくなってる。
きっと殴られるが嫌だったんだ。
アルフレッドは、隠遁のスキルで
部屋の隅に隠れている。
ドアが開いた瞬間、考えなしに隠れてしまったのだ。
「ごめん、逃げられた」
「ふざけんなよキャンディ!
ここんとこ稼ぎがねぇんだからよ、
……こりゃ兄貴に説教してもらうしかねぇな」
キャンディと呼ばれた女の顔色が変わる
「説教は、堪忍ね。ね」
「うるせー」
男はキャンディを連れて宿屋を出て行った。
その後を、アルフレッドもついて行った。
「なんかほおっておくのもなァ」
◇
男が直ぐに来たように、
アジトは近所にあった。
ドカドカと事務所に入ると、
先に怒鳴っている大柄な司教がいた。
事務所には硬いオックの木で作られた
ローテーブルが置かれ
それを挟んで
応接用のソファに座った、
兄貴と司教が向かい合っている。
壁際には手下が並んでたっていた。
「どういうことなんだね。
フローラ姫が救出されているそうじゃないか」
「まぁオイラもびっくりしたんですがね。
何やら腕の立つ助っ人がいたらしく」
「勇者じゃないのかね」
「?そういうのじゃなくて、
今賭場に居るようなんで、旦那が向ってます」
「まったく、フローラ姫を私の元へ連れて来る前に奪われるとは、大失態だよ」
そこでキャンディを連れた男に気づく。
「なんでぇ、随分と早えーじゃねぇか」
「それよう兄貴、
コイツ男を逃がしちまいやがって」
ドンと突出されるキャンディ
キャンディは、優しいお言葉をいつもかけてくれる
司教へすがった。
「ああ〜司教様。
あたし司教様のおっしゃる通り
ガンバって生きていますよ」
「ああ〜ん。
テメエは、どっち向いて話してんだ。
今そんなこたぁどうだっていいんだよ」
「まぁそう手荒なことをせず」
聖職者っぽく手で制する。
が、その手はゴツゴツとして聖職者らしくはない。
「ポルカ司教、もうこの仕事いいんじゃないですかね」
「そうですか、……もったいない気もしますが」
「そりゃ司教のお気に入りでしたからね」
ヒッヒッヒっと下卑た男達の笑い声がキャンディを囲む
「それでは前にお話いただいたように、
教会で働かせていただけるので」
ほのかにキャンディの顔に笑みがうかぶ。
しかし司教の目は、すがりつくキャンディを
冷たく見下す。
「確かに今度は、神の身元でガンバって下さい」
流石に察したのか、
キャンディは司教のローブにすがった手をはなした。。
「どういう……」
「最後です。
バカなあなたにもわかるよう教えてさし上げましょう。
あなたの御主人を手に掛けたのはそこに居るサルサ・アネモスですよ」
キャンディの顔が青ざめ、ゆっくりとアネモス兄貴の
方へ顔をむける。
「ひでぇな、呼び出して偽の遺書書いたの
司教様でしょうが」
「おや?そうでしたかな」
「バリエブ大臣の横領がバレそうになったものでね。
代わりにあなたの旦那に罪を被って
死んでもらったんですよ」
「そんな司教様」
「一番大きい教会のスポンサーを
無下にはできませんからね」
「それに司教様は、若いキャンディの身体も
ご所望でしたしね」
「確かにあの頃の貴女は、美味しそうでした」
司教の顔がいやらしく緩む。
「そう!だから今回はあのフローラ姫をと
思っていたのに、アネモスさん」
◇
ドア越しに聞いていたアルフレッドは
コイツら最低だ。と思いつつ
こんな話
そこここにあるとも考えていた。
それにどうやら兄貴と呼ばれている男だけじゃなく、
司教と呼ばれている男も一枚かんでいるようだ。
こんなややこしい件、
さっき知り合ったばかりの女の為に
命を張れるか、と思案していた。
するといきなりドアが開いた。
さっとドア影に身を隠す。
キャンディを男達が引っ張りだした。
通路を通り裏木戸を開けると、
ドブの臭いのする路地裏へと出る。
男達に突き動かされながらキャンディは
観念していた。
主人が横領なんてするはずがない事は
分かっていたんだ。
でも遺書があったって司教様がおっしゃっるし、
頼る人もいないどうしていいか分からなかった。
あの時死のうとしていた私に
優しく司教様は、声をかけてくれた。
納得できなくても事実として受け止めなければ、
たとえ泥水を啜ってでも生きるんだよ。
その言葉があったからこそアネモスに誘われるがまま
……、バカだったんだ。
うすうす感じてはいたのに
ゴメンねロバート。
ぼたぼたと涙が流れる。
あたし、バカでゴメンね。
もうすぐそばへ行くよ。
胸の前で手を組み両ひざをついた状態で
キャンディはかたく目を綴じた。
…………、アレ?
痛くない。
もう死んでる?
そのはずなのに、ぼたぼたと
止めどなく涙があふれている。
まだ生きてるの。
振り返ると現実が鼻を付いた。
血まみれの死体の山があったのだ。
◇
くそう!
ほっとけるかよ。
いいんだよ、バカな女はかわいいんだ!
アルフレッドは暴れ回った。
マフィアのアジトだろうが、もう知ったこっちゃない。
「おい、なんの騒ぎだ」
事務所で叫んでも誰も入ってこない。
そのうちにドアの下から血が流れでてくる。
臭いが鼻につく。
「誰か知らねぇがいい度胸じゃねぇか」
棚に飾ってある長剣をアネモスが手に取る。
重そうに死体を押し退けつつドアが開かれ、
血まみれのデブが入ってくる。
両手の双剣からは、狐火と呼ばれた
赤黒い炎のように、血が霧散している。
【国宝狐双剣、
斬った相手の血を霧散させることによって
血糊で切れなくなるデメリットを回避できる双剣】
「おい、その手に持っているのは狐双剣じゃねぇか
そうか、てめぇもフローラ姫救出の助っ人だな」
「御名答」
そう言ったアルフレッドの姿がブレる。
ゆら〜、残像を残しアネモスの左手から切り込む。
右にはゴツい司教がいる。
目の前にテーブルに乗って攻撃するか左しかない。
ちなみに正面からいどめば、サクッと斬られる気がしたので左から切り込む、が。
どちらか予想できたとしても、残像を残したアルフレッドの動きにアネモスは合わせてきた。
ギャキン
弾き返される。
隙がない。
この男は後だ。
なら、とそのまま円を描くようにテーブルに片足を乗せ
後ろ手に持ったタガーを司教の脇腹へ……、
届かない?
教会の人間は皆首に鎖を巻いている。
それぞれに神の神紋が入っている金属の輪が
108柱分あり、
両端をクロスで固めている。
それをこの司教は両手に絡め構えている。
タガーはその鎖に弾かれたのだ。
「……アレ?この司教も、結構強いぞ
これってもしかして」
アルフレッドは左右を挟まれた。




