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あなたへ~山川と詩音  作者: 遥風 悠
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音の力、音楽への祈り①




【音の力、音楽への祈り】

 驚くなかれ、詩音はサッカークラブに入っているぞ―なんて話は置いておいて。詩音は小学3年生になった。山川は今年で40になる。詩音の小学校生活も軌道に乗ってきた。生活のリズムが安定してきたと言った方が正しいか。毎朝、風邪も引かず元気に登校している。勉強も頑張っていて掛け算、割り算もつまづきなくこなしているようだ。漢字や読書も苦にならないようで何よりである。山川が仕事を終えて帰宅すると、きちんと机に向かっている(マンガやお絵描きに没頭している時も多々あるが)。お留守番も慣れたものであった。おかげで山川も勤務時間を17時まで延長できるようになり、これまでよりは店舗経営に携われるようになった。それとやはり、経済的に千円でも二千円でも稼ぎたい。

 そんな山川と詩音の関係はというと―

「お父さん早く、早く!お仕事遅れちゃうよ。」

「あ、ちょっと待った。ファイル忘れた。」

「もう、昨日の内にちゃんと準備しておかないから・・・あ、今日は燃えるゴミの日だった。先にゴミ出しちゃうから鍵、お願いしていい?」

「了解、いってらっしゃい。」

「うん、お父さんもお仕事がんばって。」

しっかり者の詩音さんであった。


 休日は変わらず土、日の連休を貰っている山川だったが、その風景は随分と様変わりした。朝7時の柊公園。毎週土曜日のこの時間、異色の2人組がサッカーボールを蹴っていた。父、山川と娘、詩音。そしてこの2人、山川の運動に詩音が付き合ってあげているのではなく、詩音の練習を山川が手伝っていた。言わば山川がコーチである、一応。

 朝6時、詩音が山川を叩き起こす所から土曜日が始まる。サッカークラブに所属している詩音だったが、まだ3年生ということもあって練習試合はほとんど組まれない。週3日の練習ではどうにも物足りないらしい。毎週山川を練習相手として引っ張り出すのだった。技術も知識もパワーもスピードもさすがにまだまだ山川の方が上。ただ一点、柔軟性を除いては。風呂上りにストレッチをするようにしている山川だったが、子供の体の柔らかさには敵わなかった。公園での朝練習は2年生の2学期から続いているのだから、詩音は本当にサッカーが好きなのだろう。この頃には、サッカーやめないか、なんていう淡い期待も山川の中から消失していた。

 山川は詩音にサッカーをやらせたくなかった。サッカーをやれば足が太く短くなる、ついでに言うとガニ股に。余談になるが、山川は足が細くて歩き方の綺麗な女性が好みだ。それと擦り傷、切り傷、特に膝から下は生傷が絶えないし、足を踏まれて爪の形が悪くなる。怪談を訊かせるかのように、こんな自身の体験をこんこんと伝え諦めさせようとした山川であったが、詩音は首を縦に振らなかった。サッカーのどこに魅力を感じたのか、小学校に上がるや否や地元のクラブチームに入った。それでも諦めない山川。男子ばかりのチームに嫌気がさすのではないか。学校のお友達と遊ぶ方がいい。サッカーよりもお絵描き教室に行きたい。足が痛い、ボールが怖い、オフサイドが意味不明・・・だからやめる。その一言を待ち侘びる山川を尻目に、日を追うごとに没頭していく詩音であった。環境も手を差し伸べる。直にプロサッカーリーグのJリーグが発足するということもあって、サッカーに関するテレビ番組が増えていた。サッカーの試合を観戦する機会が多くなり、山川と詩音の共通の話題がサッカーであった。


 1年生の頃は上手い、下手なんてない。スタートラインは皆一緒。3才の時からボールを蹴っていましたなんていう子は、日本にはほとんどいまい(海外のフットボールが盛んな国はそんなことないのかもしれないが)。1年生の練習はサッカーというよりも、運動や体操にサッカーボールを使うといった表現の方がしっくりくる。もちろんサッカーの練習をするのだが、パスもシュートもままならない。ドリブルはボールを蹴り出しては追い駆けて、追いついてはまた蹴って。断じてそれはドリブルとは呼ばないのだが、初心者に細かいボールタッチは難易度が高い。空振りだって珍しくない。詩音曰く、お行儀の悪いスポーツは、人間の不器用な部分で行うスポーツなのだ。狙い通りにボールは動いてくれまい。思い通りにボールを動かすなんてずっと先の話だ。さらにサッカーは走るスポーツだ。中学生くらいまでなら技術や戦術なんぞなくたって、体力勝負で地区大会レベルならそこそこ勝ち上がれてしまう。春夏秋冬、長距離走のトレーニングが基本となる。加えて、身体をぶつけあってボールを奪い合う。スライディングだって多用する。蹴った蹴られた、踏んだ踏まれたは日常茶飯事。いつ嫌になっても不思議ではなかったのだが。

 2年生になると、詩音は海外サッカーに釘付けとなった。日本国内の社会人リーグですらほとんどテレビ中継されることのなかった時代。週に1回、夜中の2時頃からセリエAイタリアの試合をダイジェスト放送するテレビ番組を欠かさず見るようになった。元々は山川のお気に入り―海外サッカーの情報なんてほとんど手に入らない。サッカー専門誌の文字と写真で想像を膨らませるのが関の山。そんな環境下の山川が入手できる貴重な映像だった。ゴールシーンとスーパープレーを中心に編集されたおよそ45分間のテレビ番組を、まるで子供の様に毎週楽しみにしていた。大好きなアニメ放送、週1回のその放送を指折り数える子供と何ら変わらない。平日の深夜放送ということで、ビデオに録画しておくのだが、とある週末、詩音が隣にいた。それからは山川を上回る勢いで詩音の方がかじりついた。これを機にデッキの操作を完璧に覚えてしまった。タイマーのセットまでばっちりだ。土曜か日曜日に2人で一緒に騒ぎながら観るようになったのだが、本番はここから。詩音は見終わった直後にテープを巻き戻して2度、3度、多い時はそれこそ気の済むまでお気に入りのプレーを見返すのだった。デッキを破壊しかねない勢いで巻き戻しと再生を繰り返した。


                               

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