09:失恋の味※デイビー視点
「クソ……一体どういうことなんだ」
オネット王城からの帰りの馬車の中で、私は苛立ち、歯噛みしていた。
どうしてこうもうまくいかない? 邪魔者はもういないはずなのに、なぜ。
――私の名前はデイビー・ヴォルール。
ヴォルール侯爵家の次男坊として生を受け、今まで真っ当に堅実に生きて来たつもりだ。
そんな私には想い人がいる。それはこの国の王太女であるお方――名をアイシャ・アメティスト・オネットという女性だ。
アイシャ様に私が想いを寄せるようになったのは、十歳の時に初めて顔を出した社交パーティーで彼女の美しい佇まいに一目惚れをしてからのこと。
藤色の優美な御髪、宝石のような紫紺の瞳。その容姿はまるで天から降りて来たかのようであったし、私に挨拶をしてくださったそのお声もまた、鳥の囀りのように澄み渡った音色をしていた。耳にした途端にとろけてしまいそうになったほどだ。
「デイビー様、初めまして。これからどうぞよろしくお願いいたしますわね」
私の胸がカァッと熱くなり、その瞬間、言葉にできない感情が生まれた。
これが私にとって初めて恋心を抱いた瞬間なのだと思う。
しかしその感情が踏みにじられたのはその直後のことだった。
どこからともなく現れた金髪に黄緑色の目をした少年。彼があろうことかアイシャ様に身を寄せるようにしながら言ったのだ。
「アイシャ、探したよ。……ああ、君がヴォルール侯爵家のご子息だね。僕はラーダイン・ペリド。アイシャ王太女の婚約者だよ」
私が欲しいと思った方は、すでに別の男のものになってしまっていたと知った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから何年が経ったことか。
私はアイシャ様のことをずっと忘れられないでいた。何人も婚約者候補がいたがその度に「違う」という感情が胸の中に湧き上がり、破談にしてばかりいた。
アイシャ様を横から奪ってしまおうかと考えたこともある。しかしあまりにもラーダインの奴とアイシャ様が親しすぎて敵わなかった。アイシャ様のお心はラーダインにある。そう考えただけでイライラしたが、どうしようもなかった。
そうして幾年かが過ぎ、父も私自身も私の結婚をすっかり諦めた頃……奇跡が起こる。
アイシャ様がラーダインへと婚約破棄を告げたのだ。
あれほど仲が良かったはずの二人の破局。
それを夜会で大々的に見せつけられた私は、思わず身震いをし、歓喜した。
――これでやっと私のこの想いは報われる。アイシャ様は私を選んでくださったんだ。
そう思っていたのに……。
「わたくしがあなたのような男を選ぶとお想いになって、デイビー様? わたくし、ありふれたつまらない愛の言葉で満足をするほどの小物ではございませんのよ」
彼女の艶やかな唇から放たれたのは、拒絶の言葉だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は何を間違ったのだろう?
父だって、国王陛下だって、私とアイシャ様の婚約を是としたはずだ。なのにどうしてアイシャ様はあれほど瞳に怒りの炎を灯して私を見つめたのか。
あの口ぶりではまるで、
「まだラーダインのことを、想っていらっしゃるようではないか……」
そんなはずはないとわかっていても私の中でその疑念がどんどん膨らんでいく。
アイシャ様は確かにラーダインとの婚約を自ら破棄したのだ。なのに、どうして私を受け入れてくださらない?
疑問は尽きない。だが一つだけわかることがあるとすれば、私は間違いなく失恋したということ。
アイシャ様は私の求婚に否を突きつけたのだ。だがしかし、
「この長年の思いを、ありふれた恋心などと言われてたまるものか。……私は絶対に諦めないぞ」
一度くらいの失恋では折れてはやらない。
失恋の味が何だ。私はアイシャ様を諦めるつもりなど、さらさらなかった。
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