07:侯爵令息デイビーからの求婚②
「わざわざご足労いただきありがとうございます。オネット王国王太女、アイシャ・アメティスト・オネットでございます」
「デイビー・ヴォルールです。貴女にお会いするのを楽しみにしておりました」
――見合い当日。
わたくしの目の前に立ち、深々と頭を垂れていたのは、黒髪に黒瞳ののっぺりとした顔つきの青年でしたわ。
彼こそが宰相のご子息であり、わたくしの婚約者候補であるデイビー様。やはり、ラーダインと比べると随分魅力のない方ですわね。……さて、どうやって婚約者を辞退する気にさせて差し上げようかしら。
そうですわね……。ならとりあえず、お見合いに限らずお茶会のような場であれば、招いた側が席をすすめるのは当然のこと。ですからその常識を破ってしまいましょう。
わたくしはデイビー様に席をすすめることなく、わたくしだけ椅子にかけました。
そうすると案の定デイビー様は少々戸惑ったように視線を彷徨わせていらっしゃいますわ。けれどまだ、嫌悪感を抱かせるには足りませんわね。
「座っていいですか」
仕方なくデイビー様の方から言い出しましたわ。
「あら、ごめんなさい。どうぞお座りになってくださいまし」
「失礼します」
デイビー様が着席なさったのを確認すると、わたくしは早速次の攻撃を考え始めます。
――少しばかり婚約破棄事件の話なんてしてみようかしら? そうすればきっと不快になってくださいますわ。さらにラーダインの素晴らしさについて語ってしまってもいいかも知れませんわね。きっと面白いことになりますわ。
頭の中でそんな悪巧みを巡らせていると、先にデイビー様が口を開かれました。
そして……とんでもないことをおっしゃったのです。
「私は、貴女のことが好きです。貴女と初めて顔を合わせた十歳の頃から、ずっとずっと、貴女しか見えていません。貴女に夢中なのです。ですからこの度、このような形で貴女にお会いすることができ、嬉しさを隠し切れない。
アイシャ・アメティスト・オネット様。どうか私のこの想い、受け取ってはくださいませんか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――これは求婚というものですわよね?
わたくしはこれまでにないほど困惑しておりましたわ。
だって、デイビー様が突然妙なことをおっしゃるのですもの。『貴女のことが好きです』だなんて……。
わたくしはこれを、ただの利害関係によるお見合い話とばかり考えておりましたの。
宰相であるヴォルール卿は権力欲が強い方ですの。ですから、ラーダインとわたくしとの婚約が破棄された場合、必ず王配としての地位を狙いに来るであろうことは読めていましたわ。
しかし、デイビー・ヴォルールが先ほど語られたような感情を抱いているなど、微塵も、爪の先ほども考えておりませんでしたのよ。
「それは一体、何のご冗談ですの?」
「冗談でも嘘でも詐欺でもありません。貴女をお慕い致しております、心から。ずっとずっと欲しかった。貴女と仲睦まじそうにするラーダイン・ペリドが憎くてたまりませんでした。
けれど貴女はペリドの息子を捨て、私にチャンスをくださいました。ラーダインの奴はきっと貴女の魅力がわからなかったのでしょう。ざまぁ見ろです。
ですから私はこの機をなんとしても逃したくありません。貴女のことを尊敬し、一番に想っているのはこの私なのですから。
アイシャ殿下。どうぞ私を、あなたの夫としてください。できることなら何でも致します。ですから、どうぞ、どうぞ……」
頭を下げ、必死の形相で懇願して来るデイビー様。
それを呆然と見つめるわたくしは、今の状況を理解するのに数秒を要しました。そして理解した後に感じたのは、驚愕や喜びの類ではなく――。
「何をおっしゃっているのかご自分でわかっていらっしゃいますの、ヴォルール令息」
静かなる怒りでした。
「それが横恋慕というものだと、あなたは理解していらっしゃいますか? 今でこそわたくしとラーダインの婚約は破談となりましたが、それ以前に想いを寄せるなど言語道断。百歩譲ってそれを許したとして、それをわたくしに向かってわざわざ口にするなど……愚かという他ありませんわ」
「で、でも」デイビー様が蒼白になっていらっしゃいます。「それはそれほどに貴女を愛しているということで」
「あなたがわたくしを愛している、愛していない。そんなことはわたくし、ちっとも興味がございませんの。
先ほどのような無礼な口を叩くあなたのような方は、わたくしの婚約者に相応しくないですわね。直ちにこの場から消え失せることを望みますわ、デイビー・ヴォルール。あなたの求婚、謹んでお断り致しますとも」
わたくしがこんなにも怒りに声を震わせたのは、ラーダインを侮辱されたことが許せなかったからに他ありません。
わたくしがラーダインを捨てた? 彼にはわたくしの魅力がわからない? 戯言を言うのにも限度があるというものですわ。あんなにもわたくしを愛し、支えてくださる婚約者をわたくしは知りません。
それなのに完全なる偏見と独断によってラーダインを貶める発言をしたこの男と、これ以上同じ空気を吸うのも嫌でした。わたくしが殺意すら込めた視線で睨みつけると、さすがにデイビー様は己の失態にお気づきになったようでしたわ。
「も、申し訳ありません。私などが出過ぎた発言を。しかしっ。私が貴女を想う気持ちに決して嘘はありません。私を選んでくださった暁には必ずや――」
「わたくしがあなたのような男を選ぶとお想いになって、デイビー様? わたくし、ありふれたつまらない愛の言葉で満足をするほどの小物ではございませんのよ」
そうして、わたくしはデイビー・ヴォルールへ、完全なる拒絶を突き付けたのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……こんなはずじゃありませんでしたのに」
見合いを終えたわたくしは、またもや頭を抱えておりました。
デイビー様との縁談を破談にできたのは良かったものの、あれではまた陛下に、そして宰相にさえ睨まれる可能性がありますわ。
怒りに我を忘れるとはこのことですわ。わたくしは反省しつつ、深くため息を漏らしました。
「アイシャ様、大丈夫ですか? 顔色がお悪いというか……。デイビー様との縁談、うまくいかなかったんですね」
「ええ。でも大丈夫ですわよ。わたくし、あのような男と婚約者になるなんて、考えるだけでもゾッとしますから」
心配そうに言葉をかけて来るリリーにそう言ってはみたものの、本当は何も大丈夫などではありませんでした。
デイビー様からの求婚をあのような形で断ってしまった。それは今後のことに大きな影響を及ぼす可能性だってありますもの。でも、これでいいのかも知れないとも思うのです。
だって、あんな男に付き纏われるようになっては嫌ですわ。それくらいならこうして多少の問題を生んだとしてもはっきり拒絶の意思を伝えられて良かったのではないかしら。
この一件が吉と出るか凶と出るか。それは現在のわたくしにはわからないことでした。
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