01:やがて妻になる人※デイビー視点
後日談始めます!
「この度はお招きいただき、ありがとうございます。フォロメリア伯爵家が三女、リリー・フォロメリアです」
私の前で、完璧とは言えなくとも可愛らしいカーテシーをして見せたのは桃色髪の少女だった。
かつて全然礼儀作法ができなかった彼女に、とことんカーテシーを叩き込んだ記憶が蘇る。王太女の専属侍女として仕えるうち、だいぶんレベルが上がったのだなと感心した。
……まさか、そんな彼女が私の婚約者になるだなんて思ってもみなかったな。
感慨深いような、それでいてほんの少し悲しいような。
そんな複雑な気持ちになって私は笑みを漏らしたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私――デイビー・ヴォルール率いる第三勢力は、見事なまでに散った。
あれだけいたのに生き残ったのは私だけ。あらゆる貴族から信頼を失ったのはもちろんのこと、父からは『国家に反逆するとは何事か』と謹慎させられている。
勘当、もしくは処刑されるのが普通だというのにそうならなかったのは、アイシャ様の温情があったからこそだ。
ただし、二度とアイシャ様を尾け回さないという条件付きで、だが。
アイシャ様には嫌われてしまった。
いいや、元々私のことなんて眼中になかっただけだ。アイシャ様のお心はずっと、ラーダイン・ペリドただ一人に向けられている。
その証拠にあの祝賀会では再び婚約するなどと言い出していらっしゃった。
そこで私は悟った。あの婚約破棄は、戦争に勝つための作戦の一つに過ぎなかったのだ――と。
つまり私は勝手にアイシャ様がフリーになったと勘違いし、浮かれ上がったのである。我ながら馬鹿な奴だ。
アイシャ様に嫌われた世界で、私はどうして生きていけばいいのだろう。
そう思って塞ぎ込んでいた時に一枚の手紙がやって来た。それはフォロメリア家からのもので……婚約したいとの話だった。
『デイビー様は鈍感ですね……。いつもあなたはアイシャ様のことしか見えてないんです。他に、きちんとあなたを見てくれる人だっているんです。そう、このリリーみたいに!』
アイシャ様とペリド公爵令息が戦場にて共闘している間、ぷんすか怒っていたリリーに言われた言葉を思い出す。
あれはかつての知人として、という意味だと思った。しかし違ったのだ。
思い返せば彼女の瞳は、恋する乙女のそれだった。
――きちんと私を見てくれる人、か。
そんな風に自称する彼女であれば少しでも心の拠り所になってくれるのではないか。
失恋と周囲からの信頼喪失により散々傷つけられた心は癒しを求めていた。一人よりは誰か傍にいてくれる人物がいた方がマシだ。
そんな、藁にも縋るような思いで婚約の手紙に肯定の返事をし、現在リリーが我が家へやって来ているというわけだった。
「デイビー様、元気ありませんね」
婚約者との初めてのお茶会。
向かい合うリリー嬢がため息まじりに言った。
本当ならこうして上の空なのは失礼にあたることくらい、私にだってわかっている。
だが今の私は作り笑いを浮かべる元気さえまだなかった。はは、と力なく乾いた笑いを漏らすので精一杯だった。
「まあ、な。これぞ自業自得というやつなんだろう。……今でもアイシャ様のことを諦め切れていない自分がどうしようもなく情けない。こんな性格だからアイシャ様には嫌われたんだろうな」
「別にアイシャ様はデイビー様のこと、そこまで嫌いじゃないと思いますよ。ただ、アイシャ様は優しい方ですから、リリーのわがままを優先させてくれただけで」
当然だ。
アイシャ様にとって、三年だけでも傍にいた侍女のリリー嬢の方が何倍も信頼しているだろう。
……私なんて、ただの他人でしかないのだから。
「デイビー様、ちょっといいですか」
と、その時、突然リリー嬢がそう言って立ち上がった。
彼女の青い瞳はまっすぐ私へと向けられている。
一体どうしたのだろうと首を傾げる私は問いかけた。
「もしかして何か、大事な話でも」
「はい。とっても、とっても大事なお話です。ですから――歯を食いしばってください!」
何を、と言う前に、顔面を激しい衝撃が襲った。
視界が回り、天地がわからなくなる。そのまま私は気づけば椅子からずり落ち、地面に倒れ込んでいた。
「何をしけた顔をしてるんですか!!! 弱くて今にも死にそうな顔をしてるデイビー様なんてリリー、見たくありません!」
そして数秒後、少女の叫び声と共に、自分がたった今平手打ちされたのだと理解したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そりゃ人間誰しも未練はありますとも! 後悔だってたくさんあります! リリーだって、あの時こうしておけば良かったああしておけば良かったと思うことは日常茶飯事ですよ?
ですけどね、デイビー様。あなたはもうリリーを選んだんです。わかってるんですか? あの婚約のご相談の手紙を了承した時点で、デイビー様は留まることをやめたんじゃないんですか!?
リリーと生きることが嫌なのであれば、婚約を受けない道だってあったはずですよね? リリーは手紙に書きました。『デイビー様がよろしいのであれば』と。
それに是と答えたのなら、デイビー様には進む義務があるんですよ!!!」
リリー嬢が怒鳴っている。
いつも笑顔で、強くて、愛くるしいリリー嬢が怒って、怒りながらポロポロ涙を流している。
私はその事実を受け入れられなくて地面から立ち上がることを忘れたまま、彼女を見上げていた。
リリー嬢は続ける。
「今ここで選んでください。リリーか、アイシャ様なのか。……いいえ、進むのか、留まるのかを!」
私は思わず息を詰め、押し黙った。
自分の愚かしさに気づかされてしまったからだ。――私はリリー嬢を利用しようとしていなかったか?
リリー嬢の優しさに甘え、彼女を中途半端な気持ちで迎え入れようとしていた。
過去に踏ん切りをつけることなく、書面上だけは受け入れるふりをして、婚約者への礼儀も尽くさない。
自分はここまで落ちぶれていたのかと驚くと同時に、腹立たしくなった。
私は失恋や信頼を失ったことくらいで凹むほどの心の強さしか持っていないのか、と。
ヴォルール侯爵家の次男坊。真っ当に堅実に、兄に負けないほどは立派に生きて来た。
それなのにこれしきのことでへこたれてどうする。失恋が何だ、謹慎が何だ。……私はまだ何もかも失ったわけではない。いや、これから始めようとしているところのはずだ。
それに今、ようやく気づいた。
「私は、進む。そして君を選ばせてくれ」
「……はい、もちろん。喜んでお手伝いさせていただきます。それでこそ私の愛しの人ですよ!」
涙を拭ってにっこりと微笑むリリーは、いつになく輝いて見えた。
ああ、なんて可愛らしいんだろう。そしてなんと頼もしいのだろう。
そう思った瞬間、今まで頭を悩ませていた些事などどうでも良くなり、あれほど暗く沈んでいた心が晴れ渡っていくような感覚を覚えた。
それが私がリリー・フォロメリア嬢――私の婚約者となり、やがて妻となる女性に恋した瞬間だったのである。
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