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04:眠れない夜※ラーダイン視点

「アイシャ……!」


 歩き去る彼女の後ろ姿を夢に見て、僕は何度目かわからない叫びを上げた。


 あの悪夢の夜会を半ばで投げ出して帰り、とりあえずベッドに入ったはいいものの、すぐにうなされて目覚めるばかりだから眠れやしない。

 かと言って起きていれば頭がどうにかなってしまいそうで、僕は苦しみに呻くしかなかった。


 ――どうしてこんなことになってしまったんだろう? 


 アイシャは、僕の婚約者だった。

 藤色の髪と紫紺の瞳を持つとても綺麗な女性だ。オネット王国一の美姫と言われていたという亡くなった王妃様によく似ているらしく、麗しの紫水晶姫と呼ばれている。

 八歳の頃に初めて出会った時に一目惚れしてからずっと、僕は彼女の虜だった。


 彼女は美しいだけではなく可愛い。

 なんでも一人で抱え込んで悩んでしまうところ、僕にだけ見せてくれる微笑み。彼女を見る度にドキドキさせられてしまう。


 好きだった。僕はアイシャをこの上なく愛していたし、僕が彼女の夫になることを信じて疑っていなかった。

 だって彼女も僕のことを好きなんだとずっと思っていたから。優しい眼差しでずっと見つめてくれていたし、「あなたがわたくしの一番ですわ」といつも言っていてくれていたんだ。


「……なのにこんな結末って、酷すぎるじゃないか」


 婚約破棄というたった一言だけで全てが終わってしまうだなんて。


 彼女は僕のことが嫌いだったんだろうか。

 いいやそうに決まっている。そうでなければどうして婚約破棄などする理由がある。


 でもそれを認めたくはなかった。だってそうすると、彼女がくれた言葉の全てが嘘ということになってしまう。彼女が見せてくれた笑顔が全部偽物だっただなんて思えないし、考えたくもなかった。


『別にあなたに非があるわけではありませんわ。あなたに愛想がつきたというだけのことですの。それ以上は何もなくってよ』


 別れ際に言われた彼女の言葉。それが鮮明に蘇り、頭から離れなくなる。

 冷たい声音だった。八年間で初めて聞くその声は、アイシャの僕への気持ちそのものなのだろう。


 わかっている。わかっているからこそ、胸がこんなにも痛む。

 目から溢れ出すものをどうすることもできずに、僕は布団に顔を押し付けた。


「なんでっ、なんで、だよ。あの時……君は言ってくれたじゃないか」


 ずっとずっと幼い頃の話だ。

 どうしてだったかは忘れてしまったけれど、アイシャが僕の膝の上でたくさん泣いていたことがある。

 そして泣き止んだ彼女は、僕に笑って言ったんだ。


 ――ありがとうラーダイン。あなたは素敵な人ですわね。あなたのような人が夫になってくれるだなんて……わたくしはなんて、幸せ者なのかしら。


 ずっと僕の心の支えになっていたはずのその言葉が、彼女の天使のような笑顔が、悲しいセピア色に染まっていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――眠れない。

 涙がとめどなく溢れて来る。


 僕は自分が情けなかった。アイシャのためになら何でもすると、心に誓っていたのに。

 身を引くのが彼女のためなのだとわかっていながら諦め切れていない自分の醜さが悔しい。


 夜会から帰って来た父に呼び出された。ちょうどアイシャに婚約破棄を言い渡された時、一緒に出席していたはずの両親は席を外していて僕一人だったことを思い出す。

 でも僕は「気分が悪いから」と言って断った。まともに話ができるはずがない。今口から出て来るのは女々しい泣き言ばかりだろうから。


「アイシャ……アイシャ……」


 名前を呼ぶ。


『わたくしとあなたは全くの他人となりますから、どうぞ呼び捨てはやめてくださいまし』


 拒絶された。僕ははっきりと拒絶されてしまったんだ。

 二度と彼女の前でその名を呼ぶことは許されない。名前呼びが許されているのは婚約者同士だけで、その縁が切れてしまえば不敬罪で捕らえられるほどの無礼だからだ。

 でも、そんなのは嫌だった。僕とアイシャが他人になる。言葉をかけることもできない遠い存在になってしまうだなんて、考えただけでも気が狂ってしまいそうだった。



 ふと顔を上げれば窓の外が白んで来ていて、もうすぐ夜が明けようとしている。

 けれど僕の心に光が差すことはきっとないだろう。彼女がいない毎日なんて、僕はいらないのだから。

 これで本日の更新分は終わりです。明日からは毎日一話投稿目指します。


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