35:紫水晶姫との再会※ラーダイン視点
「アイシャ様のことはきちんと頼れる人に任せましたから、何も心配しないで大丈夫ですよ。――ね、ラーダイン様」
リリーにそう言われ、僕は頷きながら手綱を握り、馬を走らせ始めた。
正直言って僕はあまり馬の操作が上手い方ではなかった。貴族令息として落第点だと叱られ、凹んでいた時にアイシャに乗馬を教えてもらったのを思い出す。
『……人は得意不得意がありますもの。ですがどうしても身につけたいというなら、わたくしが教えて差し上げますわ』
いくら優しく教えてもらっても、なかなかコツを掴むのに苦戦した覚えがある。
それでもそのうち馬を暴れさせない程度には成長したんだった。競争でアイシャに勝てることはなかったけど、それでも普通に走れる程度にはなれたあの時は本当に嬉しかったな。
そんなことを懐かしんでいる間にも、馬は風を切って進み続けている。
戦場はもうすぐのはずだ。デイビー・ヴォルールが倒れていたくらいなんだ、そんなに遠いわけがない。
アイシャは無事だろうか。
いいや、きっと大丈夫に違いない。そう思うのにそれでも心配で仕方なくなってしまう。
「化け物、か……」
戦場から逃げ延びて来たのであろうデイビー侯爵令息の口ぶりからすれば、戦にはとんでもな化け物が混ざっているらしい。
それが一体誰かはわからないが……アイシャが狙われていないことを祈るばかりだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
だが僕が考えていたものより、状況は最悪だった。
戦場である国境線上に着いた僕は、思わず絶句してしまった。
――死体。
死体、死体、死体。どこを見ても死体ばかりだ。
生首がゴロンと転がっていた。骨が割れ砕け、潰れた肉が飛び散っていた。世にも恐ろしい光景を前に、全身がすくみ上がってしまう。
「ダメだ、しっかり気を保たないと」
これくらい充分に覚悟しているつもりだったが、あまりにも凄惨すぎて吐き気を催してしまう。
しかしここで吐いている暇なんてない。そう自分に言い聞かせ、グッと耐えながら僕は再び顔を上げ――。
「あ……!」
死体の山の中央、そこにまだ生きている人物が一人だけいるのを見つけた。
あれがアイシャだろうか。どうやら地面にうつ伏せに倒れ伏しているようだが。そう思って目を凝らすと、その人影が少なくとも彼女でないことにすぐに気がついた。
男だ。赤い髪をした、男。
おそらくは敵兵のものと思われる見慣れない形の鎧を纏ったその男は、どうやら瀕死状態で倒れているわけではないようだ。
そこまで理解して僕は、大きな違和感を覚える。負傷がどこにも見当たらない。ならなぜ這いつくばっているのか?
そしてその答えはすぐにわかった。
「……にこうされるくらいなら……ますわ」
「させねえって言ってるだろうが」
「せっかく…………ですもの。………………のまま、喉を噛み切って」
赤毛の男は誰かを組み伏せて、何やら怒鳴りつけている。
これから彼が何をしようとしているかは明白だ。皆が死に絶えた戦場だからと言ってこんなことをするとは獣ほどの知能しかないのだろうか。戦士の誇りがないらしい。
だがそんなことがどうでも良くなってしまうくらい、僕は驚いていた。
呻く女性の声が、他ならない彼女のものに聞こえたのだから。
まだ生きている。生きていてくれている。
馬を走らせるのもわずらわしくなって飛び降り、自分の足で現場へと駆ける。
血に染まる戦場の中、僕の求めていた姿がそこにあった。
藤色の髪に、意志の強い紫紺の瞳。
ずっと会いたくて仕方なかった人が目の前にいる。そう思うとたまらなく嬉しく、そして同時に、彼女に危害を加えようとしている赤毛の男に強い怒りを覚えた。
――絶対に、この手で裁いてやる。
そう心に決めて僕は剣を抜いた。
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