03:父からの叱責
「アイシャ様! アイシャ様はいらっしゃいますか!」
夜会から城へ帰って部屋で昔のことを思い出しておりますと、わたくし専属の侍女のリリーが走り込んで来ましたわ。
こんな時間に何かしら? 不審に思い、わたくしは首を傾げました。
「何ですの、リリー。もう遅いのですからそんな大声は上げないでほしいですわ」
リリーは桃色の髪に薄青の瞳をした可愛らしい少女ですわ。
歳はわたくしと同じ十六。元々貧乏伯爵家の三女だったのですけれど、縁あって知り合い、「アイシャ様のお傍で働きたいです!」と言って侍女になった変わり者です。
「すみませんっ。慌てていたものですから。あの、国王陛下がお呼びです!」
「あら、陛下が。意外ですわ。あのかた、わたくしのことなど興味がないと思っておりましたのに……。まあいいですわ。今すぐ参りますから」
父……陛下に顔を合わせるのなんて一体何年ぶりのことでしょう。
おそらくわたくしの立太子の儀以来ではないかしら? あの方はわたくしを毛嫌いしていらっしゃいますもの。まさかあちら側から呼び出しがあるなど考えてもみませんでしたわ。
ちなみにどうでもいいことですけれど、陛下と呼んでいるのはわたくしのこだわり。
父らしいことを一切していただいた思い出がないものですから、わたくしにとって父は『国王』という役職としてしか認識しておりませんので。
きっと呼び出し内容は本日の夜会絡みのことには違いないでしょうね。どんな話をされるかはわかりませんが拒否するわけにもいかないので、わたくしはリリーを引き連れて陛下の元へ向かいましたの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アイシャ・アメティスト・オネット、ただ今参りましたわ」
陛下の執務室に足を踏み入れたわたくしは、最上級のカーテシーを見せながら言いました。
この執務室へやって来るのは初めてのこと。緊張でわずかに足が震えていましたが、それは淑女教育で鍛え上げた力で誰にも気づかせはしません。
執務室の豪華な椅子にお掛けになっていたのは、青い髪に藍色の瞳の男性。
アリソン・ペール・オネット国王陛下。その瞳はとても冷たく、わたくしを鋭く睨みつけていらっしゃいました。背後のリリーが思わず「ひっ」と悲鳴を上げそうになっているほどです。
「王太女よ。今夜の夜会で貴様はとんでもないことをしでかしたと聞いた。ペリド公爵家の令息との婚約を破棄したらしいな」
――やはり、そのことですのね。
「はい。わたくしは今宵、ラーダイン・ペリド公爵令息との婚約を破棄いたしましたわ。彼をこれ以上愛することはできませんの」
「それが王命に背くことであると、貴様は理解しているのであろうな?」
わたくしの目の前で、陛下が静かな怒りの声を上げられました。
もちろんそんなことは理解しておりますわ。ラーダインとの婚約は政略的なものであり、よほどのことがない限り婚約を反故にしてはならない。
けれどわたくしはそれを破った。本来であれば廃太子にされてもおかしくないほどの失態ですわ。
ただしわたくしは同時に理解しているのです。わたくしの王太女教育はすでに終わり、全ての科目において今までになく優秀な結果を残していること。そして今の王家に他に跡継ぎになる人材がいない。これを総合して考えれば、わたくしをそう簡単に廃太子にできるはずがありませんわ。
もっとも、廃太子になったってわたくしは構わないのですけれど。
「申し訳ございません。しかしわたくしにペリド公爵令息は相応しくありませんわ」
「……。貴様はやはり最悪な娘だ」
ええ、最悪でしょうとも。
最愛の人に何も告げずに婚約破棄をし、自分勝手な思いで突っ走るわたくしはなんと愚かなことでしょう。けれどそれを自覚していても、どうしても譲れないことありますの。
「以後気をつけますわ。では失礼いたします」
深く頭を下げるとわたくしは、そっと陛下に背を向け、執務室を後にしました。
亡くなったお母様に似た藤色の髪を揺らしながら歩くわたくしの姿は陛下に何を思わせたでしょう。わたくしにはわかりませんが、きっと苛立たしかったに違いありませんわね。
でもなんと思われても構いません。わたくしにとってそんなことは微塵も関係ないのですから。
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