29:第三勢力の乱入
「――アイシャ様に触れないでいただこうか、汚らわしい悪党め」
ここで耳にするはずのない声、ここで目にするはずのない人物の姿を見て、わたくしは驚愕を隠すことができませんでしたわ。
デイビー・ヴォルール侯爵令息。馬に乗って割り込んで来た少年が、彼に他ならなかったからですの。
「デイビー様、どうしてここに」
もしかしてわたくしをわざわざここまで追って来たとでも言うんですの? そう考え、わたくしは彼の執念を恐ろしく思いました。
デイビー様がわたくしへ一方的な想いを寄せていたのはわかっていましたわ。ですがさすがにこんな場所まで乗り込んで来るとは思っていませんでしたの。
このままではわたくしはダミアン皇太子ごと吹き飛ばされてしまいますわ。
そう思い、ダミアン皇太子の腕からなんとか逃げ出そうとした――その時。
「見え見えなんだよ、俺の邪魔すんな小僧」
抱きしめていたわたくしを不意に解放したダミアン皇太子が、そんな言葉と共に、どこから取り出したとも知れない鉄球……モーニングスターと呼ばれる鈍器をデイビー様へ振り翳したのですわ。
その鉄球は見事に走り込んで来た白馬へと向かって直撃しようとします。しかし寸手で彼の乗っていた白馬が大きく跳躍し、空を駆けましたの。
「見え見えなのはそちらも同じでは? 戯言を言っている暇があったら私を警戒してどうだろうか?」
「お前のような小僧に俺が怯むとでも思っていやがんのか」
「いや、思っていない。だから――」
デイビー様はダミアン皇太子とわたくしのちょうど中間地点に降り立つと、得意げに笑いました。
「私の同志たちがこの戦いへ乱入させていただく」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の瞬間、どっと押し寄せて来たのはプランス大帝国にも、もちろんオネット王国兵にも属さぬ出所不詳の兵士たち。
いいえ、その鎧を見ただけでわたくしはすぐにわかりましたわ。――これはどこかの貴族の私兵団に違いないと。
戦争の最中でもそれぞれの貴族の元に置いたままにしていた私兵団たち。
国が命じればもちろん王国兵として出向かせることもできましたけれど、領地を守らせるためにわざわざ陛下はこの戦争には加担させないことにしたようですが、その判断が裏目に出ましたらしいですわね。
まさかデイビー様が反乱軍を……第三勢力を誕生させ、それをわざわざ乗り込ませて来るだなんて、さすがにわたくしも想定外でしたもの。
「デイビー様、これはどういうつもりですの」
「アイシャ様、とにかくお逃げください。ここは私たちに任せて」
デイビー様は格好をつけてそう言うと、腰のベルトからさっと武器を抜き出しましたわ。
それは彼が最も得意とするポイズンナイフ。宰相の息子というデイビー様の立場上、常に命を狙われる可能性があるため常備しているのだと耳にしたことがあります。少し肌を切り裂いただけで毒が回って死に至るという恐ろしい武器ですわ。
彼が連れている他の私兵団もほぼ同時にそれぞれ剣を取り、プランス大帝国兵との戦いを始めます。彼らは本気で帝国と争う気でいるようでしたの。
「お待ちなさい! あなた方が参戦したところで何にもなりはしませんわ。それにあなた方は王国を裏切ってここにいるのだということをわかっていらっしゃって?」
「沈みゆく船にこれ以上乗っているつもりはないので。アイシャ様とて無駄死にしたくはないでしょう? 大丈夫です、私が貴女を守りますから」
わたくしが声を上げても誰も聞き入れるつもりはないようですわ。それどころかデイビー様は何の根拠があってなのか勝つ気満々でいらっしゃるようですし。
それに『貴女を守りますから』だなんてセリフ、一体どういうつもりなのかしら。もしかすると彼はわたくしが拒絶したことを忘れているのではないでしょうか?
色々とデイビー様に問い詰めたいことはありますが、どうやら状況はそれを許さないようです。
「やるか、お前?」と目をギラギラさせたダミアン殿下は再びモーニングスターを振りかぶり、周囲の兵も一気に動き出しましたわ。それと同時にデイビー様率いる第三勢力の方々も攻撃を開始し、激戦が始まってしまったのですわ。
――こんな展開、納得がいきませんわ。
わたくしが命を落とせばただそれだけで良かった。
なのにこんなことになってしまっては事態が深刻化する一方ではありませんの。
そう思いつつもわたくしは、口を挟めないままで新たな戦いの輪の中に巻き込まれるしかありませんでしたの。
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