26:炎の皇太子
「――ここまでですのね。なんとも残念なことですわ」
できるだけ美しく見せるように微笑み――わたくしは実質の敗北宣言を口にしました。
ああ、わたくしはやはり負けてしまいましたのね。
でもこれで終わりなのですわ。やっと……やっとお兄様の元に。
落胆と安堵が混ざった吐息を漏らしながら――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
倒しても倒しても敵兵が怯むことは一向にありませんでした。
撤退するどころかますます士気をあげ、斬りかかって来るのですから始末に追えませんわ。
そうして気づくとわたくしは、すっかり敵兵に取り囲まれてしまっていましたの。
見回してもすでに周りに味方は一人としておらず、たくさんの血を吸った愛用の短剣は奪われており、抵抗できない状態に陥っていましたわ。
……もう兵団長も他の皆さんも死に絶えていました。
微笑みながら敗北宣言をするも、当然それを受け入れる気のない敵兵たちはまっすぐにわたくしへ鋭い剣先を向けます。
もうすぐ自分の命は散るのだと、わたくしは確信しましたわ。
まさか敵も王太女であるわたくしが戦場へ出向いているとは思わないでしょうから、わたくしは一人の兵士として殺されるに違いありませんわね。
なんて呆気なくつまらない終わりなのかしら。でもこうなることはわかっていましたから、絶望や恐怖はさほど感じませんでしたわ。
ラーダインの顔が浮かび、すぐに霧消します。
彼のことはもう諦めましたもの。わたくしはここで大人しく死ぬべきなのですわ。――だってそれが不条理な運命が、この世界が求める結末なのですから。
でもできれば痛みを感じないで一発で絶命させていただけるかしら、とぼんやりと考えました。ここ最近ずっと心の痛みに耐え続けて来たんですもの、最期くらい、楽に逝きたいものですわ。
でも何を思ってもわたくしが無惨に殺されるのは同じこと。そう思って、迫り来る死を前に目を閉じた――その時のことでした。
「……待て、その娘を殺すな。俺はその娘に用があるのでな」
そんなことを言いながら、『彼』が現れたのは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
燃え盛る炎のような朱の髪、血のごとき紅色の瞳。
鮮血に飢えた獣を連想させるその兵士――いいえ、戦士の姿に、目を開けたわたくしは思わず息を呑みましたわ。
だってわたくしは、目の前にいるその人物の名を知っていたのですから。
プランス大帝国皇太子にして『血染めの狂戦士』と呼ばれる男――ダミアン・プランス。
それが今、周囲の兵士たちをどよめかせながらわたくしの前に現れ、ニヤリと血の色の笑みを浮かべていましたの。
どうしてダミアン皇太子がここに? いえ、戦を愛し愛され、帝国内で起こるあらゆる内乱や諍いの全てを収めていると言う噂さえあるこの男が戦場に出ていること自体には納得なのですけれど、どうしてわたくしを呼び止めたのかがさっぱりわかりません。
わたくしは警戒心を強め、彼を睨みつけました。
「……私に何用だ。私はただの兵士、お前のような男のおもちゃになるつもりはないぞ」
普段のものからわざと口調を変えて……なるべく『ただの兵士』を装って声をかけると、ダミアン皇太子はククッと喉を鳴らしましたわ。
「お前、演技下手だぞ。わざわざ俺に下手な芝居などやらなくていい。お前の正体はわかっている。むしろ正体を隠せたと思っている方が不思議なんだがな。
――オネット王国アイシャ・アメティスト・オネット。そうだろう?」
「なぜ、わかりましたの? ……ぁ」
そう尋ね、それからすぐにわたくしは気づきました。
戦いの中で兜が割れて鎧がボロボロになるうち、ほぼ素顔を晒してしまっていることに。
どうやらわたくしは、厄介な時に厄介な者に出会してしまったようですわ――。
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