24:不穏な話※ラーダイン視点
「半日ほど前、ここらで兵団を見たという話を聞きました」
たまたま立ち寄った村での食料品の買い出しから帰って来たリリーが、そんな報告をしてくれた。
昼も夜も、馬を使い潰してしまうんじゃないかと心配になるくらい走り続けている。それでも開いた時間差はなかなか縮まらない。
半日も前にここを過ぎているなら、今頃国境に着いていてもおかしくない。すでにアイシャが旅立ってから三日目の夜明けを迎えていた。
「今はまだどこかで野宿しているかも知れないけど、そこを出発したら」
おそらく帝国軍とぶつかり、命はないだろう。
なんとか早く着けないものだろうか? 僕はリリーに視線で問いかけたが、彼女はゆるゆると首を振るばかりだった。
「とにかく急ぐしかないかと」
「そうだね。朝食は後で摂るとして、とりあえず進もうか」
「はい」
今は留まっている時間も惜しい。
僕らは頷き合い、黒馬に二人乗りをすると、あっという間に村を後にしたのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あの。もう一つ、お知らせしなきゃいけないことがあるんですけど」
リリーが再び口を開いたのは、風のように駆ける馬の背の上で朝食を頬張っていた時だった。
その声にはどこか元気がない気がする。僕は何やらよくない話を耳にしたに違いないと察し、先を促した。
「複数の弱小貴族や中流貴族の私兵団が動いていると村で噂になっていて。戦地へ向かうんじゃないかと言われていました」
「私兵団が? 兵力の差を埋めるために国王陛下の命令で動いたのかい?」
「いえ、そうじゃなくて。……実はその、反乱軍なんじゃないかってみんな言ってるんですよ。王国側でも帝国側でもなく、新たな国を創ることを目論む第三勢力だとかで」
第三勢力。僕は不穏な言葉に眉を顰めた。
確かにこんな世の中じゃそんな考えを持つ愚者もいないとも限らない。結局プランス大帝国に押し潰されるのがオチだろうけど。
「でもどうしてそれを問題視してるんだい? 所詮私兵団と言ったらそんなに多い数じゃないだろう」
「それが、貴族の八割方が味方についているらしくて。もしかすると王国と帝国の戦力を越えるんじゃないかって言われてます」
「……そんなに裏切りが?」
「以前のアイシャ様の婚約破棄の件で、王家への不信感が増しているようなんです。もちろんアイシャ様を責めるつもりはありません! 侮辱する貴族たちが許せないくらいです! ですが――」
それぞれの貴族が、自分の領地の防衛ではなく戦争の最前線へ私兵団をそろって送り出したというならば、確かに多少の戦況の変化はあるかも知れない。いや、間違いなく複雑になるだろう。
しかもそれがアイシャとたった数時間違いで進んでいるというのだから困った。もしかすると国境に着く前に王国軍と第三勢力が衝突すれば……何が起こるかわからなかった。
「その第三勢力とやらを指揮しているのは、誰なんだ?」
「これも不確かな噂ですけど」リリーがほんのわずかに震える声で言った。「ヴォルール侯爵令息のデイビー様です。きっと、アイシャ様を連れ戻すつもりではないかとリリーは思うんです」
……それを聞いた瞬間、全身から血の気が引いていくのを感じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デイビー侯爵令息は、アイシャとの婚約に対して本気だったらしい。
「あの方は一途な方ですからね……」そう言ってリリーはなんだか遠い目をしていた。
「デイビー様はアイシャ様から拒絶されて、無理にでも手に入れたくなったんじゃないでしょうか」
「そんなめちゃくちゃな」
「デイビー様はかなり人気の貴公子ですからね。ご友人も多くて。普段はとても優しくて魅力的な方なんです。だからこそ力づくの計画でも周りがついて来ちゃうんですよ。……いくら恋に盲目だからって、アイシャ様自身のお気持ちを考えないのは困り物ですけど」
デイビーは僕が最も危険視していた人物だ。
リリーから例の縁談が破談になったと聞いて、彼がどう動くのかと不安を抱いていたのだが、まさか第三勢力としてアイシャを掻っ攫おうと考えているなんて。
どこまでも恐ろしい人物だと僕は思った。
「馬を使い潰す覚悟で走ったら、間に合うと思う?」
「……どうでしょうね。やってみますか?」
もちろん躊躇いなく頷いた。それとほぼ同時にリリーが手綱を鳴らし、馬の速度をグッと早める。
本当は帰りの馬がないと困るけど、そんなことは今は気にしていられない。
とにかく今すぐにでもアイシャの元へ着きたいという一心だった。
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