23:国王の後悔※国王アリソン視点
私はずっと娘――王太女アイシャを、蔑ろにし続けて来たのだと思う。
妻の命を奪ったあいつが許せなかった。
妻に瓜二つなあいつを見ると、心が痛んだ。
だからずっと彼女のことは『王太女』という立場でしか見て来なかった。一人の人間として向き合えば、こちらの弱味を見せることになる。国王としての誇りや意地といったものがそれを許さなかったのだ。
だが、だからこそ私は今、人生で最大の後悔に打ちひしがれ、憤っている。
……あいつは今、城にはいない。
数日前の朝、あいつがいなくなったと専属侍女から聞かされた時は信じられなかった。
――あの娘は、そこまで考えていたのか。
あいつが単なる馬鹿ではないことくらい、私だって知っているはずだった。
今は亡き息子のジャックと比べれば国を継ぐ者としての素質は足りないところもあるかも知れない。だが女としては利口な方だし、行動力はある。実際国内各地から上がる諸問題を片付けているのは、八割方あいつだった。私が手を入れようと思い立つ前に、もうあいつは何か行動を起こしているのだ。
だからあいつが馬鹿をやらかした時点で裏があると勘づいておくべきだった。
このことをペリド公爵家に知らせようかと躊躇った。
だが、知らせたところで何になる。ペリド家がこの戦争において加担しない――つまり王家に協力的でない姿勢を取っているくらいなのだ。当然、あの事件に対し腹を立てていると考えるべきだろう。そんな彼らに何を言っても無駄だ。
ならば力づくであいつを連れ戻すしかない。だが、戦争のために守りに必要な最低限以外の全ての兵が城を離れてしまっており、あいつのために出せる人員は一人もいなかった。
――どうしてそんな無謀なことをした。
今は居場所すらわからない娘を問い詰めたくなる。
だがそれは無意味だ。理由はとっくに理解している。私がせいだ。あいつに寄り添ってやれなかったからだ。あいつを直視し、父親として言葉をかけたことが一度でもあったろうか。
そんな私を頼らないのは当然の話で、死を覚悟の上であいつは行動したのだろう。私が頼れる父親ならば、あいつは命懸けの無茶をしなくて済んだかも知れないというのに。
そもそもこの戦争は、あいつの存在が発端だ。
別にあいつに非があるわけではない。プランス帝国側の一方的で無茶苦茶な要求なだけだったから、別にそこを責め立てるつもりはないのだ。
だが、こうなるくらいだったなら向こうの要求を呑んでいれば良かった。結局あいつが、戦地へ向かってしまうくらいなら。
「私は貴様に……お前に幸せになってほしかったのだ、アイシャ」
今更な言葉をポツリと呟く。
あいつを不幸にしたのは私自身だ。それは痛いほどわかっている。
よく考えてみれば、あいつの声さえろくに覚えていない。
『お父様』ではなく『陛下』と他人行儀で――いや、実際あいつにとって私は他人でしかなかった――呼ぶその透き通るようだと評されていた声が、まるで思い出せないのだ。
私は一体何年、彼女を放置していた?
話し合える機会はいくらでもあったはずだ。なのに、同じ王宮で暮らしていながら時には何年も会わなかった。いや、私があいつを避けていたと言う方が正しい。
別に不幸にしたいわけではなかった。ただ愛してやれなかった、それだけのこと。
もしももう一度顔を合わせられるのだとしたら謝りたいと心から思った。だがもうそんな機会は訪れない。あんなか細い女が戦場を生き抜けるはずがないからだ。
あいつは最期まで私を恨みながら死ぬのだろうか。そう思うと胸が痛くなった。
ああ……死んだ妻が今の私の姿を見たらどう思うだろう?
そんなことをぼんやり考えながら私は、がっくりとうなだれたのだった。
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