02:彼を好きになった日
わたくしことアイシャ・アメティスト・オネットはオネット王国の第一王女として生を受けました。
わたくしを生んだがために母は死に、幼い頃からずっと父からは嫌厭されて生きて来ましたの。悲しいといえば悲しい話かもしれませんけれど、わたくしは特段気にすることはなく過ごしていましたわ。
きっと孤独に感じなかったのは、五歳年上の兄のおかげだったと思いますわ。お兄様――ジャック・フレール・オネットは王太子にふさわしい優秀な方でありながら、わたくしを目一杯可愛がってくださいました。ですから別になんら不満を抱くことはなかったのでしょう。
そんなわたくしの婚約が決まったのは八歳の時でした。
相手はオネット王国筆頭公爵家の次男ラーダイン・ペリド。金髪に黄緑色の瞳をした、とても愛らしい少年でしたわ。
最初は、ただ綺麗な男の子だなと思っていただけ。
見目が美しいことを除けばどこにでもいる貴族令息で、特段頭が良さそうにも見えません。同年齢でしたけれど趣味はまだ幼く、庭を駆け回ってばかりのよく言えば活発、悪く言えば落ち着きのない点がわたくしにとっては少々気がかりだったくらいです。
これが自分が将来夫とする人だと聞いてもいまいち実感が湧きませんでしたわ。別に喜ばしいわけでも、嫌なわけでもありません。所詮は政略的な婚約ですもの。でも、お兄様が「良かったな」と頭を撫でてくれたことは嬉しかったのをよく覚えていますわ。
王女として立派に育ち、大きくなれば公爵家へ嫁ぐ。ただそれだけのはずでした。
そんな風に考えていたわたくしの運命が大きく変化したのは、十歳のある日のこと。
――お兄様が亡くなったのです。
それは突然のことでした。
お兄様の婚約者であった女……とある公爵家の令嬢に刃物で刺されたのだと聞き及びました。一体どうしてそんな悲劇が起こったのか、詳しいことはわかりませんけれど。
わたくしが慌てて駆けつけた時にはすでにお兄様に生気はなく、血を流してぐったりとしておりました。回復の見込みなどもはやありませんでしたの。
『アイシャ、ごめんな……。この国を頼んだぞ』
それが彼からもらった最後の言葉になってしまいましたわ。
わたくしは深く悲しみました。わたくしにとってお兄様が全てであり、それを失って心に大きな穴が空いたように感じられましたの。
犯人を自分の手で殺してやりたいと思いましたけれど、その前にお兄様の護衛が取り押さえた時に殺してしまって復讐すら叶いません。それならどうしてお兄様が殺される前に守れなかったのかと護衛にいくら八つ当たりをしたところで何になるわけもなく、やり切れないこの気持ちをどうしたらいいか、わたくしには全くわかりませんでした。
王太子であるお兄様が死んだからには、わたくしが立太子しなければなりません。オネット王国にはお兄様とわたくしの二人しかいませんでしたからね。
王太女としての勤めを果たさねば。それをわかっていても一向に悲しみから立ち直ることができず、わたくしはまるで魂の抜けた人形のようになってしまっていましたわ。
それを慰めてくれたのがラーダインだったんですの。
「アイシャ、どうしたの?」
お茶会をしても上の空なわたくしを見て、ラーダインは心配そうな顔をしました。
そして、慌てて「大丈夫ですわよ」と無理に笑おうとするわたくしの頭に手を乗せて、彼は言ったのです。
「――悲しいことがあったら、僕に言って。僕、君のためなら何でもするよ。だって君は僕の未来の奥さんなんだから。夫婦は困った時に助け合うものでしょ?」
お兄様以外の人からこんなに優しい言葉をかけられたのは初めてのことでした。
思わず涙が頬を伝い……気づけば止まらなくなってしまっていて。
その日、わたくしはラーダインに膝枕をしてもらいながら泣きました。
人生で初めて人前で泣きじゃくったわたくし。後で恥ずかしくてたまらなくなりはしましたけれど、心から救われたような、そんな気がしたのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それがわたくしの中に恋心が芽生えたきっかけですわ。
普段はやんちゃで何も考えていなさそうなのに、すごく優しくて温かいラーダイン。心が弱くて今にも折れてしまいそうだったわたくしは彼の強さに憧れたのかも知れません。
あれからすっかりラーダインに惚れ込んでしまったわたくしは、ずっと彼のことを想ってばかりいました。
今まで兄を慕っていた分までラーダインを愛する。弟のように可愛がり、時には慰めてもらい、時には助け助けられながら過ごす日々。わたくしが立派な王太女として立てるようになれたのはラーダインのおかげですわ。
ですからこれからもずっと彼と支え合いながら生きていこう――そう思っていましたの。
けれど、十六歳になり結婚が半年後に迫った時、わたくしの耳に信じられない情報が入って来て。
わたくしは涙を堪えながら決断をしましたのよ。
最愛の人を守るため、自分の恋心を捨てることを――。
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