19:野宿の夜
「……戦地まではまだまだありますわね」
王国中央にある王宮から、戦地となる国境までは最速でも三日くらいかかるらしいですわ。
王宮を旅立ってもうすでに丸一日が経とうとしておりました。すっかり日は暮れ、夜闇が空を覆い始めているのがわかりますわ。
「兵団長、現在地はどこかしら?」
「マリオゼート伯爵領かと思われます。この辺りは野営に適した場所もあるかと。殿下、どうなさいますか?」
「そうですわね……。では、今夜はこの辺りで野宿をするといたしましょうか」
城で過ごさない初めての夜。
今まで王太女として身柄だけは丁重に扱われていたものですから、野宿などには全く慣れておりませんわ。しかし一度戦場へ旅立つと決めた時点でこうなることはわかっておりましたもの。少々不安はありますけれど、一人で夜を越すわけでもございませんし、大して心配はいらないでしょう。
少し行った先の適当な草原で野宿をすることになりました。
簡易的なテントを広げ、わたくしも手伝って皆で焚き火を起こしましたわ。今まで一度も火を扱ったことがなかったので火の起こし方は非常に勉強になりましたわ。
それから夕食係の兵士に料理をお願いし、しばらくは自由時間となります。……とは言っても馬のブラッシングや武器の手入れをしているうちに呼ばれてしまったのですけれど。
「殿下、夕食ができたであります」
「あら、もうですの? どんなメニューなのかしら」
少しばかり胸を弾ませながら兵士の一人についていくと、そこには焚き火を囲むようにして座る兵士の皆さんの姿がありましたわ。
そして彼らが手にしていたのは、
「乾いた……パン?」
「申し訳ございません、殿下。干し肉と乾パンであります」
豪華な料理が出てくるだろうと思い込んでいたわたくしはたいそう驚きました。
しかしよく考えてみれば材料もないのにろくな料理ができるはずもございませんものね。むしろ何か食べられるだけでもありがたいのでしょう。
わたくしは野宿を舐め切っていたようですわ。
料理は正直、王宮の料理と比べてしまえば美味しくはありませんでした。
けれど大切なのは明日以降のためにきちんと腹を満たしておくこと。幸い量はかなりありましたので、満腹ですわ。
夕食が終わるとわたくしたちは解散となり、眠りにつくはずでしたの。
……そう、見張り係以外は。
「わたくしが見張りを? でもわたくし、万が一野盗に襲われても勝てる自信はありませんわよ?」
「もちろん殿下一人ではありません。五人交代体制で火の番をするのです」
兵団長に言われ、わたくしはほんの少し戸惑ったものの、すぐに頷きました。
力の弱いわたくしにとって役に立てることは少ないですもの、これくらいはする必要があると思いましたの。
そうしてわたくしは兵団長と他三人の兵と共に焚き火の横で夜を過ごすことになったのですわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ねえ兵団長。つまらない質問をするようだけれど、あなたは戦争を怖いと思いますの?」
焚き火の炎がゆらゆらと揺れるのをぼんやりと見つめながら、わたくしは隣に座り込む兵団長にふと尋ねておりました。
どうしてそんな質問をしたのか、自分でもよくわかりません。ただ寂しい空気を紛らわせたかっただけなのかも知れませんわ。
「そうですなぁ……」熊のような逞しい巨体をゆっくりとわたくしの方へ向けた兵団長。彼はしばらく考え込んでからこんなことを言いましたの。
「私は国にこの身を捧げております。ですが、情けないことにそれでも怖いと思う時があります。普段は理性で抑えていても、やはり人間としての本能なのかはわかりかねますが……震えが止まらなくなる晩もありましたよ」
「――。今も、ですの?」
「いいえ。今はなぜだか怖くありません。やはり殿下が傍にいてくださるからでしょう」
柔らかい笑みを浮かべる兵団長の言葉に嘘は感じられず、わたくしは困惑してしまいましたわ。
わたくしは所詮、力のないただの小娘。だというのに信頼されてしまっては、どうその期待に応えればいいのかわからなくなってしまいますもの。
「……わたくしは、そんな立派な人間ではございませんわ。だって」
たった今も全身がどうしようもなく震えてしまっているんですもの。
怖い。恐ろしい。死にたくない。誰か助けてほしい……。ふと気を抜いたらそんな弱音が口から漏れてしまいそうなくらいだというのに。
「それでも殿下は我が国の――我らの太陽であります」
「………………そう、なのかしら」
肩にのしかかる期待という名の重圧、そしてこんな自分でも認められてしまっていいのかという罪悪感。
そしてわたくしをまっすぐに見つめて来る純粋な瞳から逃げたくて、組んだ両腕に顔を埋め、俯いてしまいましたわ。
その後はただただ沈黙が落ち、わたくしも兵団長も一言たりとも喋ることはありませんでしたわ。
そしていつしか瞼が重くなり、交代の時間を待つことなく、わたくしは眠ってしまっていたのです――。
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