18:お兄様のように強く
――もしお兄様ならば、と思うことがよくありますの。
あの時、あの気狂い女にお兄様が殺されるようなことがなく、今でもわたくしの隣にいて、立派な王太子として民を導いてくださっていたなら……と。
わたくしは所詮、力のない一人の少女でしかありませんわ。
藤色の髪に紫紺の瞳。『麗しの紫水晶姫』と呼ばれ、まるでおとぎ話の妖精のようだと称賛されるほどの美貌に恵まれてはおりますけれど、為政者としては未熟にもほどがありますもの。
その証拠に、いくら考えないようにしようとしていても脳裏にはラーダインの笑顔が、そして最後に見た悲しげな表情がちらついて離れてくれません。
――もしもお兄様ならば、こんな迷いはなかったはず。
――もしもお兄様ならば、こんな戦争だって負けることなんてあり得ない。
――もしもお兄様ならば、国や国民、そして自分の大切なもの、全て全てを守ってみせたはず。
もしも、もしも、もしも――と、思いつくことはたくさんありすぎますの。
お兄様さえいてくだされば、もしかしたらこの小さな王国が帝国に敵う手立ても見つかったでしょう。それを持っていなかったからこそ、今こんなことになっているのですから。
陛下がお兄様とわたくしをずっと比較していることも、痛いほどよくわかっていました。
わたくしは国を担う王に足りる器ではない。お兄様ならばできたことが、わたくしにはできないのですもの。
「ああ、なんで亡くなってしまったのですか、お兄様……。お兄様がいてくださればこんなことになるはずはありませんでしたのに」
数年ぶりにそんな弱音が口から漏れてしまいました。
いつでも暖かく優しかったお兄様。強く決して涙を見せなかったお兄様。民から慕われ臣下から慕われ、それでも己惚ず、何があっても前を向いていた太陽みたいなお兄様。
「お兄様、わたくしはまだまだ弱い子供のままのようですわ……」
もしもすぐそこに王国兵の方々がいなければ、うっかり泣いてしまっていたことでしょう。
込み上げそうになる嗚咽を堪え、わたくしはただ静かに下を向きました。必死で呼吸を整えながら自分の不甲斐なさに怒りすら抱いてしまいそうになりましたわ。
わたくしは弱くあってはいけない。お兄様のように強く気高い、太陽のような王にならなければならない。
王太女になり、この国の未来を引き受けると決めた時からずっとそう思って生きて来ました。けれど、わたくしごときがどんな決心をしたところでやはりお兄様には敵わないようですわね。
――お兄様、もしもわたくしが女神様の元へと旅立った時、どうぞわたくしをお叱りください。
わたくしはおそらく先は長くありません。せめて国のために全身全霊を捧げようと思っておりますわ。
ですからそれまで見守っていてくださいませ。そしてわたくしをどうか、どうか正しき道へお導きくださいますよう。
心の声は、天国のお兄様に届かないでしょう。そうと思ってもお力を借りたいと思ってしまうわたくしがどれほど傲慢であるのか、わたくし自身にはわかりませんわ。
でも女神様やお兄様に頼らなければ簡単に心が揺らいでしまう愚か者であることは自覚しておりましたから、こうして願わずにはいられないのです。
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