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16:婚約破棄の真実を知った時※ラーダイン視点

「お待ちください――! お待ちください――!!!」


 出発してから二日目の昼下がり。

 馬車に揺られながらうとうとしていると、突然そんな声が聞こえて来たので僕は驚いた。

 幻聴だろうか? そう思って両隣に座る父と母を見れば、二人とも周りを警戒している様子だ。一体何があったんだろうか。


「何があったんだ?」


 寝ぼけ眼を擦り、僕が誰にともなく問うた時――、


「失礼、しますっ!」


 開けっぱなしだった馬車の窓から、車内へと何かが飛び込んで来た。

 それまで退屈としか言いようがなかった馬車旅は、一瞬で混乱を極めたのだった。



 馬だ。馬が猛烈な勢いで馬車と並走しているのが見える。

 だがその馬を操る人物の姿がどこにも見当たらない。その理由は、たった今僕の膝に突っ込んで来た少女――桃色の髪の彼女がたった今まで馬に跨っていた張本人だからに違いなかった。


「だ、誰なんです!?」


 母が悲鳴を上げた。父が何やら御者に向かって怒鳴り、馬車が急停止する。

 ちょうどそれと同時に僕の膝の上に乗っていた人物がガバッと勢いよく顔を上げた。


「うわぉっ! ら、ラーダイン様のお膝!? すみませんっ。今すぐ退きますので!」


 膝から飛び降り、急ブレーキで傾ぐ馬車の地面に降り立った彼女は大きく姿勢を崩してこける。わけがわからないながらも僕が手を差し伸べると、「申し訳ございません!」と言って元気に立ち上がり、


「こんな姿を見せてしまい……そしてたいへん皆さんを不安にさせてしまったこと、お詫び申し上げます。

 気を取り直しまして、名乗らせていただきます! リリーと申します! ラーダイン様に急ぎの用事があり、至急お会いしたくやって参りました次第です」


 こんなことを言い出した――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「これは実はラーダイン様とお二人でしかお話しできない内容でして。非常に申し訳ございませんが、人払いをお願いできますか?」


 桃色髪の彼女は、アイシャの侍女だという。

 きちんと話したことはなかったが、確かにお茶会の時などに見かけたことがある気がする。確かアイシャが、僕以外に心を開けるたった一人の相手だと言っていた人物の名前がリリーだったのを思い出した。


 馬車に飛び込んで来るくらいだ、信用ならない不審者なのはわかっている。もしかするとただの偽者で、僕を暗殺する気なのかも知れない。

 でもリリーの切迫した表情を見て、なんとなく僕は彼女の言葉を信じる気になってしまった。僕は両親が止めるのを振り切って馬車を降り、彼女の言う通り二人で話すためたまたま近くにあったカフェに入った。



「それで、話したいことって?」


 カフェで向かい合い、適当に注文した紅茶を啜りながら僕は尋ねた。

 対するリリーは僕の方をじっと見つめている。そして言った。


「――ラーダイン様は、アイシャ様を愛していますか?」


 言うまでもなく僕は固まった。

 なぜ、今その質問が出るのか。もしかして……と自分勝手な考えが思い浮かぶ。もしかするとアイシャが僕との復縁を望んでいるのではないか、と。


 でも、ならばなぜ、直接アイシャの侍女が公爵家の馬車に乗り込んで来るのかはまるでわからなかったけど。


「愛しているか愛していないかで言ったら、間違いなく僕はまだアイシャ……王太女殿下を、愛しているよ。もちろん女々しいのはわかってるけど、どうしても忘れられなくてね」


「アイシャ様を怒ってはいらっしゃらないのですね」


 リリーがどこか安心した顔で微笑む。

 その顔を見て僕はとある可能性に思い至った。もしやこの侍女はアイシャに言い付けられ、僕に国への叛意があるかどうかを調べて来るように言われたのでは?と。

 そうは思いたくなかったが充分に考えられる話だ。王国に叛く目は早めに摘んでしまいたいだろうから……。


「なら、アイシャ様を、あの方をどうぞ助けてください」


 だから次にリリーが口にした言葉は、僕にとって意外すぎるものだった。


「アイシャを助けるって……? ちょ、ちょっと待ってくれ。それはおかしいじゃないか。

 君も知っての通り僕とアイシャはもう婚約者同士じゃない。彼女は僕を拒絶したんだ。それに彼女の横にはデイビー・ヴォルール侯爵令息がいるじゃないか」


 婚約者であるデイビーがアイシャを支えるべきだろう、と、僕は少しばかり怒りを覚える。

 愛し合うアイシャと彼を見ていることなんて僕にはできない。それとも僕に負け犬の気持ちをこれ以上に味わえと言うのか。


「デイビー様はアイシャ様の婚約者なんかじゃありません! アイシャ様が愛しているのはあなた一人に決まってるじゃないですか!

 もちろんわかってます、このお願いが勝手なことくらい! でも、でもそれじゃあアイシャ様が死んじゃうんです! あの方はいつもいつも一人で抱えてばっかりだから」


 それからリリーが語ったのはあまりにも信じられない話ばかりだった。

 そして全てを聞き終えた僕は、自分が今まで勘違いをしていたのだと知った。いいや、勘違いをさせられていたと言った方が正しいだろうか。


 アイシャは戦争のことも、オネット王国が負けるだろうということも、知っていたに違いない。

 その上で僕を戦禍から遠ざけようとしてこんなことをしたんだ。そして自分自身はわざわざ危険な戦場へと旅立っていった。

 僕に罪悪感を与えないように婚約破棄をしたに違いない。そうでなければなぜデイビー・ヴォルールとの縁談を断る?


 全ての条件が繋がっていく。そうか、答えはこんなに簡単なことだったのか。


「どうして僕は気づいてあげられなかったんだろう。アイシャが僕のことを想ってくれていることくらい、知っていたはずなのに」


 そう思うと同時に、アイシャが僕に頼ってくれなかった悔しさが胸に湧き上がる。

 僕がこんなに馬鹿だから、アイシャは悲壮な決意をしてしまったんだ。僕がもっと頼り甲斐のある人間なら……。


 しかし悔やむのは後回しだ。リリーの話ではアイシャが旅立ってからすでに一日近く経っている。一刻の猶予も残されていなかった。


「君の馬は、すぐに呼びつけられるかい」


「あれは実はリリーの馬じゃなくてペリド公爵家本邸からお借りしたものなんですけどね。……もちろんすぐに乗ることはできますとも。行きますか、ラーダイン様」


「もちろん。行き先はプランス大帝国とオネット王国の国境地帯と言ったね」


「はい! まもなく両国軍が激突する見込みの超危険地帯です」


 僕は戦いというものがあまり得意ではない。男にしては、多分弱い方だと思う。

 それでも姫君一人くらいは守れる自信があった。……守らなくてはならないと思った。


 両親に何も言わず行くのは申し訳ないが、止められるのは目に見えていたので、旅立ちの挨拶をするのはやめにした。

 カフェを出た僕ら二人は、いつの間にか店先にやって来ていた黒馬に跨る。リリーがどこからか取り出した長剣を片手に、静かに走り出す。


 ――待っていてアイシャ。今すぐ行くから。


 まるで英雄にでもなったかのような言葉を心の中で呟くのだった。

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