14:第三勢力の誕生※デイビー視点
時間軸は11話時点直後まで戻ります。
馬小屋から歩き去る藤色の髪の少女を見つめながら、私は唇を噛み締めていた。
――アイシャ様は自ら剣を取り、戦に出るつもりだ。
鎧を身に纏った彼女の姿は相変わらず、いや、いつも以上に美しかった。
着替えの途中、下着姿のアイシャ様を拝むこともでき、眼福の極みであったのだが……そんなことを言って浮かれている場合ではない。
「おそらく陛下にこのことは知らせていないのだろうな。一人で戦地に赴く覚悟とは、アイシャ様、なんとも勇ましい……! ――ではなく、これは一大事だぞ。父に報告すべきか? いや、それでは陛下に知られてしまうだろう。そうしたらアイシャ様のせっかくの決意が台無しになる。それだけは避けるべきだろう」
コソコソと、アイシャ様とは反対方向へ這いずるようにして進みながら私は考える。
そもそも先ほどの光景を私が目撃したという事実自体がバレてはいけないことなのだ。やはり父に言うことはできない。
私は思っていたより重大な事実を知ってしまったかも知れなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――あのお見合いの席でアイシャ様に拒絶されてからというもの、私はずっと彼女を尾行していた。
どうして私を拒んだのか、その理由が知りたかったのだ。そしてどうしたらアイシャ様のお心を手に入れることができるのかを。
金と地位を最大限に使えば、城に忍び込むなど容易いことだった。
さすがに彼女の部屋まで行くことはできなかったが、暇さえあれば彼女の行動を追っていたと言っても過言ではない。そんな中で私は、彼女が城を抜け出して馬小屋に入るのを目撃した。
そのままじっと観察を続けていると、アイシャ様は驚くべきことに、馬小屋の中であらかじめ置いていたのであろう鎧に着替えた。しかもこんなことを呟いていたのである。
『兜を被って顔を隠せば、誰もわたくしと気づかないでしょうね。ただし、リリーの目を誤魔化す必要がありますが……』
この言葉を聞いただけで私にはすぐわかった。
アイシャ様は戦に出向くつもりなのだ。そのための鎧であるのだと。
今、このオネット王国には戦争の危機が迫っている。
プランツ大帝国からの宣戦布告を受け、まもなく開戦するだろうという話を宰相である父から数日前より聞き及んでいた。彼女が出発するのは明日あたりに違いない。
――だから私との婚約を断ったのか。
私は途端に納得がいった。
アイシャ様は私のことが嫌いなわけでは、なかったのだ。ただ国民や臣下を戦争に巻き込みたくない、その一心だったのだろう。だから私にあんな冷たい態度をしたのだ。
そうとわかれば話は早い。
アイシャ様は気高く美しく、聡明な方だ。しかし力は強くないだろう。あの方一人では敵に勝てないのは明らかだ。
だから私が参戦し、アイシャ様の手助けをして差し上げよう。そうすればきっとアイシャ様は私のこの熱烈な恋情が本物であると理解してくださるはずだ。
――助けてくださりありがとうございます。わたくし、あなたのことを見直しましたわ。あなたがわたくしの運命のお相手だったのですわね。
そしてきっと、そんなことを言って微笑むに違いない。
考えれば考えるほど、とてもいい案のように思えた。
父や陛下には話さない。これは私だけの計画なのだ。私は王国側でも帝国側でもない、第三勢力として戦場へ向かおう。
そうと決まれば後は時間の問題だ。なるべく迅速に人員を集め、行動を開始しなければならない。アイシャ様の危機をお助けできるのはラーダインの奴でも国王陛下でもなく、この私だけなのだから――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は普通の令息より、かなり友人が多い方だと思う。
もちろん地位もあるが、性別に関わらず昔から人に好かれやすい性質なのだ。だから協力者を集めるのにはそれほど時間はかからなかった。
今の王政を不満に思い、陰で愚痴を漏らしている者。そういう者たちに声をかけ、私の率いる第三勢力への加入を促したのだ。
「――この戦争に割り込み、勝利を掴めば、オネット王国とプランス大帝国を併合し、ヴォルール共和国を作ることを誓う。そしてヴォルール共和国を今まで以上に豊かにし、平穏な暮らしを約束しよう」
賛同者は多く、たったの一日で貴族の半分ほどが賛成してくれた。
アイシャ様が婚約破棄という偉業を成し遂げてくださったおかげで、王家への信頼がちょうど薄れていたおかげもあるだろう。剣を嗜む貴族やその私兵団が大勢集い、こうして私が率いる第三勢力は結成されたのである。
アイシャ様が王国兵団に紛れて出発なさった日の昼下がり、準備を終えた私たちもこっそりと王都を飛び出した。
私たちのことを国王陛下も父も知らない。あの二人は決して無能ではないが周りが見えない節がある。つくづく戦争向きではない人間だと思う。
すでに状況は大きく動き出している。
この戦いが一体どんな結末を迎えるかはわからないが、私の決意はただ一つ。
――絶対に、アイシャ様に私の力を認めさせ、愛を掴んでみせる。
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