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13:戦地への旅立ち

「リリーは、どうしてそんなにわたくしのことを慕ってくださいますの?」


 ――出立の前日の夜。

 部屋で一人、お夕食をいただいていたわたくしは、隣でわたくしを見守っているリリーにそんな問いかけをしておりました。


 わたくしがあの婚約破棄騒動を起こしてからというもの、城にわたくしの味方はほぼいなくなりましたわ。

 元々陛下がわたくしを嫌っているせいで、陛下の不興を買いたくないのかして他の使用人たちはわたくしとあまり関わろうとはいたしませんでした。その上にあんな醜聞を引き起こしたとなれば、疎まれて当然ですわ。


 だってわたくしはお飾りの王太女だと、皆が思っているでしょうから。

 首が飛ぶのを恐れて誰も大っぴらには言いませんが、王太女がこんな無能である以上、わたくしが即位した際に国を運営するのは宰相になるだろうと噂されているそうですの。しかもわたくしが宰相令息であるデイビー様にあんな態度をとったものですから、もしかすると廃太子になり、次期宰相が国王になるのではないかだなんて話まであるらしいですわ。


 それなのにリリーだけは、以前までのように、いいえ、それ以上に優しくわたくしと接してくれます。いくら専属侍女とはいえその行動はむしろ不自然に思えましたわ。

 それが一体どうしてなのか、わたくしは不思議でなりませんでしたの。


 彼女は澄み渡った美しい碧眼でわたくしを見つめると、ほんの少し頬を染めながら言いました。


「……それは、リリーがアイシャ様に救われたからです」


 まるで恋する乙女のもののような、そんな声音でしたわ。

 しかもその内容はまるでわたくしに心当たりのないものでした。わたくしがリリーを救っている、だなんて。


「わたくしは一度もあなたの命を助けたり、力になったりしたことはありませんわ。ただ少し仲良くさせていただいた、ただそれだけのことですのよ? それに今は、こんな非力なろくでなしだというのに支えられてばかり。救われているのはわたくしの方でしょう」


「いいえっ。アイシャ様は自分のことをいつも非力だと嘆いていますけど、リリーはそんな風には思いませんよ。だってアイシャ様、いつも誰かのために必死に頑張っているじゃないですか!

 ……覚えてますか、リリーとアイシャ様が出会った時のこと」


 言われて、わたくしは頷きましたわ。

 その頃はまだ伯爵令嬢として生きていたリリー。わたくしはとある社交パーティーで偶然彼女と出会い、少しお話しをしましたの。そして名前を伺って、「ではまた」と言って別れた。

 ただそれだけの話ですわ。


 なのに、


「初めて出会ったあの日、ボロボロのドレスを着ていてみんなから笑われていたリリーに優しく話しかけてくれて。それだけじゃなく、リリーのこと、『可愛らしいご令嬢ですわね』だなんて言ってくださって。それが心からの言葉だとわかったから、とっても、とぉっても、嬉しかったんです。

 アイシャ様にとっては普通のことだったのかも知れません。でもその日からずっとアイシャ様は、リリーの女神なんです。

 それだけじゃなく、アイシャ様はいつでも誰にでも優しくて、素敵で。本当に……素晴らしい人なんです」


「――」


「ですから絶対、リリーはこれくらいのことでアイシャ様を嫌いになったり見捨てたりはしません。いつでもリリーはアイシャ様の味方ですよ」


 そう言って微笑むリリーは、嘘を言っているようには見えなくて。

 わたくしは目頭が熱くなるのを感じながら、「そうですの」と答えるのが、やっとでしたわ。


 ――あなたの方が、わたくしより何百倍も何千倍も優しいですわよ。


 リリーはきっとそうは思っていないのでしょう。

 たった今、わたくしがどれほど救われた気持ちになったのかを。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『ありがとう。大好きでしたわ』


 ――この胸の感謝がどうか伝わりますように。

 そんな願いを込めながらベッドの上に書き置きを残し、長年過ごした部屋を立ち去ります。

 もうここへ戻ることは、きっとないでしょう。そう思うとなんだか名残惜しくなりましたが、後悔はありませんでしたわ。


 今頃リリーは、少々の金でわたくしが雇った料理長によってろくでもない理由で呼び出されていることでしょう。そして戻ったらわたくしがいなくなっているのですから、自分で仕掛けておきながら言えることではありませんが、リリーのことを考えると胸が痛みますわ。

 こんな形での別れになってしまったことを、彼女は一体どう思うかしら。そんなことを不安に思ってしまうわたくしはどこまでも女々しくて情けないに違いありませんわ。


 ――だって、リリーにだけは嫌われたくないのですもの。


「アイシャ王太女殿下、お待ちしておりました」


 考え事をしながら歩いていると、いつの間にか、王国兵団の元までやって来ていたようですわ。

 わたくしへ向けて深々と頭を垂れる兵団長にわたくしは頷き、あらかじめ隠し場所から持ち出させていた鎧を彼から受け取って身に纏います。それだけで準備は万端でしたわ。


 馬に跨り、わたくしはまっすぐに前を向きました。

 後ろ髪を引かれる思いももちろんあります。しかしそれを全て振り切ると、愛用の短剣をスッと天高く掲げ、叫びましたの。


「――目指すは遥か国境の地。愚かなる帝国の者どもへ王国の剣を突きつけるため――皆の者、出発ですわよ!」


 号令に従って馬が走り出し、他の王国兵たちが続々とわたくしの後を追います。

 こうして、わたくしたちは戦地へと旅立ったのですわ。

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