10:思ったより早い不穏な知らせ
「――アイシャ王女殿下! 大変であります。隣国プランス大帝国が我がオネット王国との平和条約を破棄し、その上で宣戦布告する模様だとの知らせが届きました!」
デイビー・ヴォルール侯爵令息との縁談を断った次の日の朝。
不穏な知らせは思ったよりも随分と早く届きましたわ。
オネット王国兵の団長が慌てた様子でわたくしの部屋へやって来て、開口一番に告げたその言葉に、わたくしははぁと深くため息を漏らしました。
――ちょうどリリーがわたくしの傍を離れている時で本当に良かったですわ。もし彼女に聞かれてしまったら絶対に大きな騒ぎになりますもの。
「そうですの。……ところで陛下はこのことを把握していらっしゃるのかしら?」
「はっ。国王陛下には既にお話しいたしました! ただ今国中から軍をかき集めている真っ最中であります!」
「あら、動きが早いですのね。もしかすると陛下はずっと前からこのことをご存じでいらっしゃったのでしょうか」
兵団長は「わかりませぬ。ただ、少し前からプランス大帝国の大使と何やらやりとりしていたご様子ではありましたが」と俯き加減に答えましたわ。
プランス大帝国の目的が一体何かまではわたくしにはわからないけれど、きっと無茶ぶりには違いありませんわね。そうでなくてはさすがの陛下とて戦争をしようなどとは思わないでしょうし。
つまり争う他に道はないのですわ。
「……正式に宣戦布告されるのはいつか、ご存じかしら」
「おそらく明日の早く、または本日中ではないかと思われます」
「わかりましたわ。では兵団長、わたくしから一つ重大な命令がございますの」
わたくしは紫紺の瞳をまっすぐ兵団長の方へ向け、彼に申し付けました。
「わたくしも自ら剣を取り、戦地へ赴くことといたします。ですからどうぞそのための手配等をよろしくお願いしますわね。――もちろん、このことは他言無用ですわよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
兵団長を説き伏せるのは大変でしたわ。
何せ、わたくしは少々剣が扱えるものの実際の戦に出向いたことなどありませんもの。力になれるなどと思い上がった考えはしておりません。
「わたくしは非力で、きっと大したことは何もできないでしょう。あなた方に迷惑をかけることになる可能性もありますわ。
そんなことはわたくしが一番わかっておりますわ。ですがそれでも、王太女として、ただ見ているだけというわけにはいきませんの。
愛する国を、臣下を、そして大切な人を力の限り守るということ。それがわたくしの役目であり、果たさねばならない使命なのです」
わたくしの覚悟を甘く見られては困りますわ。それこそ、自らの身を捨てるほどの決断なのですから。
わたくしが決して折れないだろうと悟ったらしい兵団長は、諦めたように深々と頭を垂れ、それ以上何もおっしゃることはありませんでした。
……どうやら同行を認めていただけたようですわね。
そうして兵団長が部屋を出て行ってからまもなく、部屋を空けていたリリーが戻って参りました。
兵団長の姿を見たのでしょう、「兵団長様と何を話していらっしゃったんです?」と彼女に問われましたが、わたくしはそれを笑顔で受け流し、なんでもありませんわと噓を吐きましたの。
彼女にこのことを直接明かすつもりはありません。これはリリーの泣くところを見たくないという、わたくしの我儘に過ぎませんわ。
どちらにせよ後で泣かせてしまうのですけれど、そのことは今は考えないようにしましょう。
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