01:「婚約破棄を宣言させていただきますわ!」
「ラーダイン・ペリド公爵令息。ここに、わたくしの名において、あなたとの婚約破棄を宣言させていただきますわ!」
――とある夜会にて。
オネット王国の王太女であるわたくし、アイシャ・アメティスト・オネットは、婚約者……いいえ、たった今から赤の他人となる青年へと、そう高らかに宣言しておりました。
今まで賑やかだった夜会に突然響いたその声に、出席者たちは皆唖然となりましたわ。
それはそうでしょう。王太女がこんな場で、まさか婚約破棄などという愚かなことを口にするなんて誰も思っていなかったのですから。
そして中でも一番驚き動揺していたのは、わたくしにまっすぐ指を差された彼――ラーダイン・ペリド公爵令息だったでしょう。
「……アイシャ、それは、何のつもりだい」
ともすれば言葉を失って失神してもおかしくないような状況なのに、ラーダインはあくまでも冷静に言葉を返します。
わたくしはそんな彼の姿を誇らしく思いながら、しかし紫紺の瞳を鋭く細めましたの。
「わたくしがもうあなたを愛することができなくなってしまったからですわ、ペリド公爵令息。これは王太女であるわたくしの決定、逆らうことは許しませんわ。……それと、今からわたくしとあなたの婚約関係は無くなるのですから、どうぞ呼び捨てはやめてくださいませ」
自分でも驚くくらいに冷たい声が出ましたわ。
ラーダインはわけがわからないという目でこちらを見返しておりました。それでも彼は言葉を続けたんですの。
「アイシャ……王太女殿下、一体何があったのか教えてくれませんか。何か僕に至らぬ点があったなら謝罪いたします」
自分で命令しておきながら、彼によそよそしい呼び方をされるとなんだか悲しくなってしまいます。わたくしはそんな自分をまだまだですわね、と内心で叱責し、
「別にあなたに非があるわけではありませんわ。ただ単に冷めてしまった……愛想がつきたというだけのことですの。それ以外は何もなくってよ。これ以上わたくしの視界にあなたが映るのは目障りですわ。婚約は破棄。ご理解いただけましたわよね?」
できる限りの拒絶の言葉を吐きましたの。
これで、彼との関係は終わりですわ。
もちろん今この夜会で婚約破棄したのは意図的なこと。わたくしのラーダインへの一方的な婚約破棄は、こうして多くの者の目に触れる場で行ったわけですからまず間違いなく貴族たちの話題になることでしょう。そして王家の力をもってしてもこの醜聞は覆せませんわ。
ペリド公爵家はわたくしに反感を抱き、この先ずっと近づこうとは思わないに決まっています。だからラーダインとはもう二度と会うことはないでしょうけれど。
――でも、それでいいのですわ。
わたくしはできるだけ悪役っぽく見えるように頬を歪めて笑います。
そして悲しげな目を向けてくるラーダインを置き去りにして、一人、足早に会場を後にしましたの。
今にも溢れ出してしまいそうになる涙を、必死でこらえながら。