【短編】ネコ禍
作者的には、「天敵狩り」とは姉妹作というか同じことを裏表両面から描いた作品という位置付けです。
20✕✕年。未知のウイルスにより、人類は猫のような耳としっぽが生える奇病に見舞われた・・・らしい。
らしいというのは、それが私の物心つく前の出来事だったから。
それから10年経って、街はすっかり猫耳としっぽの付いた者で溢れかえってる。
もうどこが発生源だったのかも皆忘れてしまったけれど、とにかくこの世界のどこかで発生した奇病は、治療法を考える暇もないほどに凄まじい感染力で世界中に広がっていった。
他の多くの感染症と違って見た目で明らかに感染者を判別できるわけで、当然各国の首脳も慌てて海外からの新規入国を防ぐ措置を取ったけど、すでに潜伏期間の間に感染者が世界中を移動してしまってたんだ。
さらに厄介なことに、この奇病はかなりの確率で母子感染した。
運良くそれを逃れた子も、ことごとく周囲の大人や兄弟や友達から病気をうつされていった。
そして、新しく生まれてくる命の多くも奇病に蝕まれていくと―――
人間たちは、意外なほどあっさりウイルスの存在を受け入れた。
何しろ、死にもしないし別段苦痛もない。ただ、姿とほんの少し体質が変わるだけなのだから。
最初の患者の発生から数年後、ようやく感染を抑えられるワクチンが開発された。でも、もう焼け石に水だった。
すでに人類の過半数が感染者となっていて、接種率は思うように伸びなかった。
結局、人間の多くは多数派の方と一緒になりたいと思うものなんだろうね。
そして、昔は道徳の授業で「病気に感染した者への差別はいけない」と習っていたのが中学に上がる頃には「病気に感染していない者への差別はいけない」と習うようになり、その頃には地球にいる人間のほぼ全員が感染者となったのだった。
そして今。私を含めて街を歩く者は誰も猫耳としっぽを隠さなくなり、大多数の者が病気の広がりよりも経済活動の活発化を選択した結果、喫茶店では猫舌に対応したメニューが標準になり、ファッション誌には猫耳やしっぽに合うコーデの情報が当たり前のように載るようになった。
道では、日本人と白人の女の人が、「私は5年前に感染しちゃって」「私ハ7年マエヨ」などと話す声が聞こえてくる。
人間の総ネコ化という現実の前では、国も肌の色の違いも関係ない。
皮肉にも、その昔誰かが願っていたらしい「みんなで一つの世界」が、この奇病をきっかけに実現するかもしれないのだ。 人間の世界は―――の話だけど。
「ただいま、ミック」
私は玄関のドアを開けると、居間にいるミックに声をかけた。
「やあ、お帰り聖菜ちゃん」
新聞を読んでいたミックが、むずかしい顔で私に語りかける。
「君は、これからは誰もが互いに傷つけ合わないような世界が『普通』になっていくかもしれないって言ってたけど、これを読んでるとやっぱり僕は人間はそんなに簡単に差別をやめないと思うな」
「そうかな・・・」
「ああ。新しく『普通』というものが現れても、決まってそこからはみ出してしまう存在が出てくるものさ。大体、人間は今まで僕の同族に対して・・・」
「分かったよ。確かにミックの言う通りかもしれない。でも、もしそうなったらせめてあなた達はもっと良い世界を作っていって」
そう私は語りかけた。ウイルスの影響で二足歩行し、人間並みの知能と言葉を得た飼い猫のミックに向かって。
(2025.7.24追記)
この作品を書くにあたり、「ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット」や「猫神じゃらし!」のにゃんこウイルスMの話などの既存作品は特に意識していません。
なので、それらに似ているのは偶然です(弁解)。