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異世界の極道物語【第一章・完】  作者: 葵尋人
第一章 騎士と極道
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第八話 追憶、友への献身


「ふざけんなよ……友子(ともこ)ちゃん……」


 無意識のうちに録郎は呟いていた。


「アンタ、俺に約束したじゃねぇか。『悠慈(ユージ)と幸せになる』って。約束破んのかよ……」


 頬に熱さが伝っているのを、録郎は感じる。

 友子は悠慈の幸せそのものだった。

 それが砕かれたのだ。

 録郎にとって悲しまないという方が難しかった。


「……友子ちゃん、連れ出さねぇと」


 彼女に刺さった剣を抜き、その体を抱きかかえようとした時、録郎はふとあるものを眼に留める。

 それは部屋の窓だった。

 割れている。かなり大きなものがぶつかったのか、出来ている割れている後も大きい。

 ガラスが部屋の中にはなかったことと、カーペットに人が激しく蹴りつけたような足跡があったことから、何者かが窓を突き破って部屋から脱出しようとしたことは明白だった。

 録郎は友子を一度ベッドから戻し、窓から外の様子を見る。

 屋敷を囲う鉄柵の一部に破壊されたような痕跡があった。

 それを見て録郎はハッとしたような顔をして、慌てるような勢いで、割られた窓の穴から飛び降り、鉄柵に出来た穴から外に出た。

 録郎は走る。

 地面に出来た足跡を追って。

 頭をよぎった嫌な予感は無情にも的中してしまっていた。


「悠慈……」


 そこにいたのは、オフホワイトのスーツを着た天を()くような巨躯の男だった。

 普段後ろに()で付けた黒髪は血を浴びたせいなのか乱れてしまっている。

 ハンサムな顔立ちを台無しにしている仏頂面はいつにもまして酷く、爛々(らんらん)と輝いている筈の獅子のような黄金の瞳には光が無かった。


「よう、兄弟……」


 録郎に気付いた悠慈が声を掛ける。

 よく見れば目の周りは赤く腫れていて、泣きはらしたことが見て取れた。

 足元を見ると何者かの死体があった。


「友子が死んじまった……」

「ああ、俺も見た。誰に殺された?」


 死体は元の人間が誰だったのか、そもそもそれが本当に人間の死体であるかすら曖昧になるほどぐちゃぐちゃになっていて身元が分からなかった。


「……アウグステ・フィッツジェラルドだ」

「アウグステって……あのアウグステか?」


 黙ったまま悠慈は(うなづ)く。


「コイツがここで血塗れになって吐いてるの見て、俺も目を疑った。あの国の英雄がまさかって。だが、問い詰めたら吐きやがったよ。半狂乱で、ほとんど何言ってるか分からなかったが、これだけははっきりと『俺がやった』って。だから殺した。許せなかった。友子にあんなことをしたのが」

「悠慈……」


 録郎は何を言って良いのか分からなかった。

 愛する女のいない録郎がかける言葉など、今の悠慈にとっては全部嘘っぱちに聞こえるだろうから。


「兄弟、最後にお前の顔見れて良かったよ」

「お、おい。急に何言って……」


 突然別れを告げる悠慈に録郎は困惑する。


「花形の組長(おやっ)さんに破門してもらって、このこと警吏に洗いざらいぶちまけて来る」

「待てよ! 落ち着けって! 考え直せよ!」

「うるせぇ!」


 悠慈は怒鳴る。


「俺が殺したのはこの国の英雄だ。敵の組長(オヤ)殺したのとはワケが違う。埋めようが、溶かそうが警吏の連中は死に物狂いで、何カ月、何年がかりで死体を見つけるだろう。賄賂にこそ弱いが、アイツらは優秀だ。知らぬ存ぜぬを通したところで、俺がやったことくらいはすぐ暴く」


 録郎は言葉に詰まる。


「きっと、そうなったら俺を(かくま)ってるって理由で騎士共は明確に燈影会の敵に回る。その時、立場が危うくなんのは、俺を拾ってきた組長(おやっ)さんだ。(エンコ)詰めるだけじゃ、ケジメになんなくなる」


 悠慈の言っていることは事実だ。

 しかも、殺した相手が国家の英雄である以上賄賂は通じない。

 そもそも警吏もルニカスの国民である以上極道が嫌いなのだから。

 燈影会と騎士の全面戦争を避けることは出来ないだろう。


「……怒りに駆られて、俺は組長(おやっ)さんに恩を仇で返すようなことしちまった。組長(おやっ)さんよりも友子を取ったんだ。そんな俺に出来るのはもうこれしかない」


 燈影会と縁の無い人間になって個人として罪を背負う。

 実態はどうあれ少なくとも形式上は責任を取っているのだから、騎士側に燈影会と戦うだけの理由はなくなる。

 悠慈の考えは筋が通っている。


「お前の考えは分かった」


 録郎もその点は納得した。

 ――納得した上で録郎は悠慈の鳩尾(みぞおち)に拳を突き立てる。


「兄弟……なん、で……」


 不意打ちに崩れ落ちる悠慈の口頭部に録郎は手刀を打ち込み、その意識を奪う。

 倒れ伏す悠慈を見下ろしながら、録郎は懐にしまっていた紙巻き煙草とオイルライターを取り出し、それに火を点けて吸い始めた。


「……友子ちゃんは、親友(きょうだい)、お前にとっての幸せそのものだった。それを失って、奪った野郎をぶっ殺しても晴れねぇ怒りと悲しみ抱えて、冷たく暗い牢屋の中に一人ぼっち。そんなの悲し過ぎるじゃねぇかよ」


 録郎は紫煙(しえん)を吐く。

 煙草が妙にしょっぱいことに気が付いて、フッと短く笑声を漏らす。


「――もう、お前は十分(いた)んだ。こっから先の痛みは俺で良い。これくらいしかねぇんだ。お前の恩に、返せるモンは」


 そして、この後録郎は花形をこの場に付け“英雄殺し”になった。


 †

 

「アイツは関係ねェ!」


 狭い廊とそこに続く独房に録郎の叫びが反響する。

 真実を知られるわけにはいかない。

 録郎にとっての意地だった。


「そう言うと思った。しかし、ユージ・タカヤマの奥方(おくがた)と見られる女性の遺体が、アウグステが別宅として使用していた屋敷から発見されている。当日屋敷の周りをうろついていたという証言もある」


 ルザリアが突き付けた()()に録郎は体中の汗がいよいよもって止まらなくなっているのを感じる。


 ――どういうことだ!? 友子(ともこ)ちゃんの死体は花形の組長(おやっ)さんが隠してくれた筈だぞ!?


「それがなんだってんだ!」


 立ち上がり、録郎は吠えた。


「アウグステ卿がタカヤマ氏の奥方を殺害した。理由としては十分だろう、復讐心を抱くには。だから、アウグステ卿を殺害した」

「それこそそんなモン手前(テメ)ェの筋書きだろうが!」

「そうかもしれない。だが、タカヤマ氏を(ただ)すには十分な材料ではある」

「俺がやったって言ってんだろうが!」


 必死の叫びは最早虚しい。

 そもそも動揺してしまったが為に、ルザリアの中で少なくとも自分が“隠している”ことは確実になっただろうと録郎は考えた。

 まだ、録郎に出来ることがあるとするならば――


「……なぁ、お嬢さん」

「どうした? まだ言いたいことがあるのか?」

「このことは手下使って調べたことか?」

「いや、私の独自調査だが?」


 その言葉も怪しいものだと思いながら、録郎はルザリアの腰元に目を()る。

 装飾どころか(ガード)も付いていない無骨な大剣を帯びていた。

 

 ――手枷を壊して鉄格子を破るのに一秒。

 ――この時に格子を一本引き抜けばそれで十分武器にはなる。

 ――対して向こうの大剣はこの狭い空間では自由が効かず扱い辛い。


 録郎は真実を墓場に持っていく算段を――つまりはルザリアを今ここで殺害する算段を立てる。

 残された道はそれしかなかったから。

 

 ――殺して俺も死ねばもう真実を知る術はなくなる。

 ――捕まった人間が世を(はかな)んで、ってのはよくある話だ。死んでも不思議にすら思われないだろう。

 ――ああ、でも世を(はかな)んだ俺はどうしてこの女を殺したんだ?

 ――こんな良い女となら、涅槃(ねはん)に行くのも寂しくないと思ったから?


 自分が成そうとしていることが砂上の楼閣(ろうかく)であることに気付きながら、録郎はいざ手枷を壊そうとする。


「アハハハハハハハッ!」


 ――と、しただけに終わった。

 急に大声を上げてルザリアが笑い出した所為で録郎は呆気に取られ、体が固まってしまったのだ。


「あ? え? なんだ?」

「ああ、いやすまない。予想以上に可愛い反応をするものだから。ツボに入ってしまった」


 そう言われても、録郎には理解不能である。


「順を追って話そう。まず、そもそも私がここに来た目的は(けい)を取り調べることではない」

「……は?」

「次にタカヤマ氏の妻の遺体が見つかったというのは嘘だ」

「いや、ちょっと待て」

「さらに言えばアウグステ卿を殺害したのはタカヤマ氏でもない。真の下手人は別にいる」

「待ってって言ってんだろ!」


 矢継ぎ早にもたらされる情報量に録郎は叫び声を上げた。


「頭の中で整理する時間をよこせ! (おのれ)は会話が下手か!」

「……ごめん」

「分かりゃ良いんだ、分かりゃ」


 ふー、と録郎は息を整える。


「色々、聞きたいことはあるが、まず一番聞き逃せないのは“真の下手人”ってヤツだ。そんなモンがいるって言うのか?」


 言ってから、もしかして“悠慈が()った”という言質(げんち)を取る為に大仰(おうぎょう)な嘘を吐いているのではないかと一瞬考え、すぐにそれはないと結論付ける。

 そもそも冷静に考えれば、仮に悠慈を真犯人であるとルザリアが決めつけているならば、録郎に事実確認をするまでもなく、本人を捕まえて聞き出すという考えに至る方が自然な流れである。

 本当にそれが出来るかどうかは別問題ではあったが。

 しかし、ルザリアが噓を吐いていないという前提に立ってすら、悠慈が殺していないということが録郎には信じられなかった。

 何故ならば、殺害のその場を見ていなかったとはいえ、当の本人が返り血塗れの姿で証言していたのだから。


「君や、タカヤマ氏が知らない事実がある――ということだ。その全容を把握しているわけではないがね」

「……"悠慈”がやってないことは分かってるが、“本当は誰がやったか”までは分かってないってことか?」


 ルザリアは頷く。


「その通り。そして、(けい)には“本当の下手人”を探して貰いたいのだ。それを頼みに来た――というのがここに来た真の目的だ。警吏の馬鹿共が怠った取り調べを隠れ蓑にしてね」


 冗談にしか聞こえない言葉を録郎はけらけらと笑い飛ばす。


「探せだと? 晴れて監獄(ゴク)暮らしのこの俺に?」

「勿論、君にはここから出て貰う」


 あまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な発言だった。

 刑務官の長という彼女の立場を考えれば懲戒処分ものである。


「馬鹿を言うな。一度入ったら死ぬまで二度と抜け出せない、脱獄不可能のエグリジスってのは、子供(ガキ)だって知ってることだ。それこそここの主であるアンタが知らないワケねぇ」

「全く逆だ。ここを知り尽くしている私だから安全な出方を知っている」

「分かった。なら出られるとしよう。だが、何故俺が探さなきゃならない? アンタが自分でやるわけにはいかないのか?」

「詳しいことについて言及するのはまだ避けさせて貰うが――これについては(けい)にしか出来ない」


 ルザリアは断言した。

 つまり、録郎が動かないと言えば、悠慈が助かる道はないのだ。

 実質、退路が塞がれているも同然だった。

 であるならば、答えは一つ。


「だったらやってやろうじゃねぇか!」


 命を賭しても親友(きょうだい)を救う。

 最初から決まり切っていたことだ。

 ルザリアにどんな思惑があるかなど知ったことではなかった。



「面白かった」


「続きが気になる」


「更新早くして欲しい」


そう思ってくださった方々へ。

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