第六話 ルザリア・イシュトバーン
録郎が生れ育った国。
神に愛を授かりし人達の国――国民の大半が大なり小なり魔法を扱える国、神聖国家ルニカス。
そんな魔法の国にはそれを守護する魔法を扱う騎士達がおり、それは守護する分野ごとに十三に分かれていた。
そして十三の騎士団にはそれぞれ十三人の長とそれに対応した称号があり、その名を送られるのはその時代最強の十三人であった。
ルザリア・イシュトバーンはそのうちの一つ。
“調和の騎士”の名を与えられた騎士である。
「こりゃまた、トンデモねぇ大物が出てきたもんだ」
録郎の感嘆に、ルザリアはフッと短く笑声を漏らした。
「俺、なんか変なこと言った?」
「いや。あのアウグステ・フィッツジェラルドを殺しておきながら、私なんぞを大物というものだから。つい、ね」
「そりゃ、あれに比べりゃなんだって“なんぞ”だろうよ」
録郎は呆れたように苦笑する。
彼を現す“栄光の騎士”という呼び名が示す通り、アウグステ・フィッツジェラルドもまた最強の十三人の一人であり、しかもその十三人の中でも最強との呼び声も高い人物“だった”。
「ところでよ、アンタがいるってことはひょっとしてここって“エグリジス”だったりする?」
録郎の問いにルザリアは小さく首肯する。
やっぱりか、と録郎は思った。
“調和の騎士”ルザリアが率いる騎士団が守護しているものとは、“人々の善性”であった。翻ってその職務とは“人々を善たらしめる為に悪性に苦痛という名の罰をもたらすこと”。
平たく言ってしまえば“調和の騎士”が率いる騎士とは刑務官なのである。
ルニカスに点在する十五の監獄。
その中で罪人の恐怖たらんと痛みという名の罰を与え、時に死という裁きを与える者達の全決定権を担うのがルザリア・イシュトバーンなのだ。
そして十五の監獄の内、“調和の騎士”が直々に治める監獄がある。
その名こそが“エグリジス大監獄”。
ルニカス最大規模を持つ監獄にして、魂さえも残すべきでないと判断された重罪人たちが行き着く、見て触れる地獄である。
「つかぬことお伺いするが、俺がどれくらい眠ってたのか、覚えはあったりするかい?」
エグリジス大監獄は、ルニカスが存在するセレーネ大陸から遠く離れた絶海に浮かぶ要塞のような孤島である。
録郎が出頭した警吏詰所が存在した町からだとかなりの距離があった。
少なく見積ったとしても十日は掛かるだろう。
「何故そんなことを聞くのか分からないが……。十日は寝ていただろうな」
訝しげな顔でルザリアが答えた内容は録郎の概算通りだった。
「いや、かなりの間寝かされたとすりゃ、この落とし前どう付けてくれようかと思ってよ」
「……この有様で報復を考えるのか」
けらけらと笑い声を上げる録郎に、ルザリアは肩を竦める。
「それよかお姉さんさぁ。わざわざこんな所にご足労下さったんだ。何か俺に用があるんだろう?」
録郎はぴょいと飛ぶように立ち上がり、格子に顔を近づけ舐めるようにルザリアを見つめた。
「こっち来て相手して貰えるなら歓迎するぜぇ。最近ご無沙汰だからさ。欲しくない? 夢心地ってヤツ?」
ルザリアは溜息をつき、首を振った。
「いや、床が固いな。柔らかなベッドの用意があれば前向きに検討したい所だが」
その言葉に録郎は尻餅をつくような勢いで床に落ちた。
「……ッ痛……カーッ! 釣れないねェ!」
勢いよく尾てい骨を打った痛みに悶えながら、録郎は可笑しくて堪らなさそうに哄笑する。
「爆釣なんだがな。まぁ、良い。それより仕事に移させて貰う。二、三、兄に訊ねたいことがあるのだが構わないか?」
「ひょっとして、事情聴取ってヤツ?」
「その通りだ。警吏どもめ、兄をいじめることに躍起になって本来の職務を忘れてしまったようでな。余計な仕事が増えてしまったというわけだ」
「なるほどねぇ。こんなしょうもねぇ仕事、子分にでも吹っ掛けたらどうなんだ? いっぱいいるだろ、アンタには」
「それが困ったことにこの独房への立ち入りを許可されているのは私を含む十三騎士と大臣連中だけと来た。第一級の国家犯罪者様は待遇も違うというわけだ」
ルザリアから見て遥かに下の身分の警吏達の尻拭いをしなければならないことに、録郎はいささかの同情を覚える。
とはいえ、あの場における警吏達の感情も分からないではなかった。
警吏官の最高責任者たる人物は、正しく殺されたアウグステであったのだ。
彼は全国民に慕われた英雄だ。
そんな彼を個人的に慕う部下は沢山いただろう。
ならば警吏の騎士達にとって、録郎は正しく仇である。
職務を忘れてしまうのも無理はないと言える。
「ヒッヒヒヒ。アンタにも色々立場ってのがあんのか。苦労するねェ。分かった。こんな小市民で良ければ協力を惜しまないぜ」
「感謝痛み入る。では、まず――兄の名と職を答えて戴こう」
「結構形式的なところから行くねぇ。我堂録郎、住所不定無職です!」
瞬間、ガンと鈍い音が鳴ったかと思うと、凹んだ鉄格子にルザリアの右拳が突き刺さっていた。
女だてらにとんでもない馬鹿力だと録郎は舌を巻いた。
「失礼。だが、こういう場面で茶化さないで戴きたい」
「すまんすまん。けど、本当に職がねぇんだ、俺。極道、破門になっちまったから」
「では、そうなる前の職と肩書で良い。答えてはくれないか?」
「燈影会直系花形組若頭補佐および花形組内逆十字党頭目。これで良いかい?」
「ああ構わない。次に当日の状況と、犯行動機について語っていただこうか」
その問いに、録郎は殊更不機嫌そうな表情をした。
「状況もへったくれもあるかよ。花形の組長さんに急に呼び出されて何のことかと思ったらいきなり破門だと言いやがる。組の為に、組長さんの為に尽くしたことの俺をだ!」
「兄に落ち度があったんじゃないのか?」
録郎は再び立ち上がり、今度は額を鉄格子に思い切り打ち付けた。
つーっと、一筋の赤が録郎の顔に通る。
「ねぇんだよ! 俺に落ち度なんか! 少なくとも全く思い浮かばねぇ! だってぇのに、組長さんには取り付く島もねぇと来た! こんな馬鹿にした話があるか!?」
そこまで捲し立てるように言うと録郎は鉄格子から額を外し、ふーと自分を落ち着かせるかのように息を整えた。
「……まぁ、それであの日の俺はかなりイラついてた。そんなんで街中でアイツに肩ぶつけられてよ。無性に腹が立ったんだよ」
「それで、街はずれの森に引っ張って、アウグステ卿を殺害した――そう言いたいわけか」
録郎は頷いた。
無論、これらの話は全て嘘である。
花形が録郎を破門にしたのは、少なくともアウグステが死ぬよりも後だ。
破門されたことについて八つ当たりをし、結果として殺したでは通らないのだ。
とはいえ、ルザリアはその場に居合わせたわけではないからその事実を知らない。
これで通る筈だと録郎は考えた。
だが――
「なるほど、よく出来た脚本だ。劇作家にでもなっては如何かな? 万雷の喝采を聞けるだろう」
ルザリアはそう言うと鉄格子の前ににじり寄り、録郎に向かって微笑を浮かべる。
「だがね、ロクロウ・ガドウ。ここは劇場ではないんだ。今ここで披露出来るのはたった一つの真実だけ。分かってくれるね?」
あっさりと嘘は見破られた。
「脚本? 一体アンタなんの話をしてやがる」
だが、それでも録郎は至って冷静であった。
確かにこの嘘が露見したことで花形組、ひいてはその大本営たる燈影会に多大な迷惑をかけるかもしれない。
しかし、本当に守りたい真実にだけ踏み入られなければ、録郎にとってそれで良かったのだ。
「君が誰かを庇っているのなんて分かっていると、そういう話をしている」
瞬間、録郎の背筋がぞわりと粟立った。
だらだらと、冷たい汗が止まらない。
「いや、“誰か”という言い方は卑怯だな。はっきり言おう」
ルザリアの口元が緩む。
「燈影会直系花形組若頭ユウジ・タカヤマ。兄が庇っているのはその男だろう?」
今聞いたことが間違いならば良かったと、録郎は思った。
それはまごうことなく自分の親友の名前、隠したかった真実を示していたのだから。
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