表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の極道物語【第一章・完】  作者: 葵尋人
第一章 騎士と極道
32/32

エピローグ 殺害依頼


 貴人が多く住む王都の中央には雲を舐めるように背の高い城が存在していた。

 名前を“モスコヴィネス城”。

 この国を統治する万世一系の皇族が住む城である。

 そして、その城の周囲には騎士達を育成する学校や各種省庁の本部や国の(まつりごと)を担う大臣達の一族の屋敷が集められ、それらを守るように高い壁で囲まれている。

 貴人の中の貴人、(かつ)てルニカスが幾つかのバラバラな国だった頃の王に連なる血筋の居住区であることから、壁の向こう側を“青血区(せいけつく)”と呼ぶ。

 麻薬に(ふけ)り、極道が蔓延(はびこ)るを許す皇歴始まって以来一の愚臣と言われる法務大臣“インキタトゥス五世”が住む屋敷もまたこの“青血区”にあったのだが、その屋敷の前は珍しく喧騒に包まれていた。


「やい貴様、止まれ!」


 壁の外側と比べて数百年は時代が進んでいるかのような知的でシステマティックな街並みに似つかわしくない粗野な怒鳴り声が響く。

 簡素な鎖帷子(チェーンメイル)で身を固めた二人の男の門番がそれぞれ手に持った長槍をすじかいに組み、堂々と屋敷に踏み入ろうとする人物に警告を告げたのだ。

 不審者という言葉が似つかわしい人物だった。

 豚を模した黒い覆面(マスク)を被り、黒い外套(マント)で体を覆い男か女かすらも一見では分からない。

 

「ここを何処だと心得ている!?」


 門番の片割れの問いに、


「法務大臣サマのご自宅でしょう?」


 と答えた声からやっと男だということが示された。


「なら理解出来るだろう!? お前のような胡乱(うろん)な奴を通すわけにはならんのだ!!」


 黒豚覆面(マスク)の男はけらけらとわざとらしく笑い声を上げる。


「いやいやいや。勘違いしてくれるなよ。(あたくし)ゃ、お国の偉いお人に危害を加えようだとか、屋を荒らそうだとか、そういうことを考えとるわけじゃあありません。ただ、こちらで働いている“ケイシー・トスカーニ氏”に用があるんです」


 門番の男達はその名前を聞くと、


「ウチの料理長を出せだと!? 馬鹿も休み休み言いやがれ!」

「テメェみてぇな馬の骨が、トスカーニさんと知り合いなワケあるかってんだ!」


 憤慨を見せる。

 この国にあって門番たちの振る舞いは珍しいものであると言えた。

 料理人という職業の社会的な地位は低く、受ける扱いは農耕用の馬や牛と同じ程度だ。

 何故ならば料理は魔法が使えなくても出来る仕事だからである。

 使い切れない金を稼ぐギルドの運営者や大商人ならばいざ知らず、魔法の才気(レベル)が低い者には最低限の人権しかない。

 料理人もその例外ではなく、どんな立派な貴人の家で勤め、幾人もの徒弟を育て上げようとその働きは認められず、誰かから信頼を勝ち取るということもないのだ。

 だのに、この門番たちは――少なくとも魔法の腕に覚えがあるから門の前に立っているであろう者達はトスカーニなる料理人に敬意を表している。

 ヒューと男は覆面の中で口笛を鳴らした。

 よく知った顔が、意外な評価を受けていることに感心して。


「君らが(あたくし)を疑うってぇのもよく分かる。何しろこんなに怪しい風体だ」


 せせら笑いつつ覆面の男は肩を竦めた。

 門番の男達は怒り顔で、目の前の不審者の喉元に槍の穂先を突き付ける。


「残念ながら、お慕いしていらっしゃる、そのトスカーニと(あたくし)ゃ、()()の関係なんですわ。大人しく呼び出しちゃくれないもんですかねぇ?」


 表情こそ見えないが、門番達から見て不審な男は生殺与奪を握られているというのに落ち着き、それどころか逆に門番達を小馬鹿にしているような雰囲気すら見て取れる。


「くどい! 帰れ! 帰らないというなら……」


 死ねと、門番の一人は叫び覆面の男を刺し殺そうとした。

 だが、その時――


「待て!」


 門の向こう側からの一喝が響き、門番は手を止めた。


「トスカーニさん!」


 門番達は振り返って声の主の名を呼ぶ。

 その人こそ、(くだん)のケイシー・トスカーニだった。

 ――彼の料理人(コック)という職業を先に知った上で実物の彼を見たのならきっと十人が十人皆、嘘だと断じただろう。

 着ているコックコートがはち切れそうなほど隆々とした岩肌を思わせる屈強な肉体。

 巨漢という範疇(はんちゅう)にすら余る、凄まじいという他ない身の丈。

 雪よりも遥かに白い髪は腰のあたりまで伸ばされ、どうあがこうと調理にとっては邪魔になるだろう。

 何より面構えが、調理というどこか牧歌的にすら思える概念からはあまりにも遠い凶相(きょうそう)だった。

 この男の黒白が逆転した異様な瞳に(にら)まれたのなら、その夜の夢に出てくるだろうと思うほどに。


「すいません! 不審な男が貴方(あなた)の知り合いだから呼び出してくれとふざけたことをぬかしておりまして。すぐに片づけますんで」


 門番の男たちは門の方に向かってやって来るトスカーニに対して腰を低くし弁明を図る。

 しかし、返ってきたのは、男達にとって意外な言葉だった。


「それは大変ご苦労だった。しかし、お前たちの働きはただの徒労だ。何せその男が言っていることは本当なのだからな」


 途端に門番達の顔が蒼褪(あおざ)め、持っていた槍を傍に捨て、慌ててトスカーニの前に膝を付き、


「も、申し訳ございません、トスカーニさん! この人、いやこのお方が貴方の知り合いだとは知らなかったんです!」

「腹ァ、切ってお()びします! だから、このことは、何卒どうか手打ちというわけにはいかないでしょうか!?」


 と冷や汗を流しながら謝った。

 それを見てトスカーニは短く笑声を漏らす。


「構わん」


 トスカーニの言葉に門番達は『へっ?』と驚きながら顔を上げた。


「聞こえなかったか。構わんと言った」

「で、でも……」

「お前たちが気付かなかったのは、珍妙な格好でやって来たコイツに非がある。謝る必要はない」


 覆面の男を(にら)みながらトスカーニは門番達に許しを与える。


「トスカーニさん……」


 門番の男達は感激して祈るようにトスカーニ対して手を合わせた。

 その一方で非を(とが)められた筈の覆面の男は小さな悪戯(イタズラ)を見つけられた子供のように頭を()きながらお道化(どけ)ていた。

 その様子に呆れたようにトスカーニは鼻を鳴らし、


「分かったのなら、顔を上げて仕事に戻れ」


 と門番達に命じる。


「はい!」


 威勢の良い返事と共に門番達は槍を取って立ち上がる。


「それと、この男を通して貰うぞ」

「いや、ですが、それは旦那様の許可が……」


 屋敷に人を入れるという手前、家主の伺いを立てなければと門番はその命令に対して躊躇(ためら)う。


「あの薬中(バカ)には俺から話を通しておく。気にするな」


 その言葉を聞き、門番達は再び


「はい!」


 と威勢の良い返事をして門を開け、


「どうぞ中へ!」


 つい先程まで殺そうとしていた相手に対して(うやうや)しく首を垂れ、門の中へと導いた。


「これこれはご丁寧に」


 門番達に向かって皮肉を投げると、覆面の男は屋敷の中へと悠然に向かうトスカーニを追いかける。


「命拾いしたな」


 追いついた覆面の男に、トスカーニが声を掛ける。

 

「いやぁ、マジで死んじゃうかと思った。ありがとよ、()()


 面目ないとでも言わんばかりに覆面男は(うなじ)を掻いた。

 その反応に、トスカーニはフンと鼻を鳴らす。


阿呆(あほう)()()、お前のことじゃあない」


 ちらりとトスカーニは覆面男の足元を見る。

 外套(マント)の下からキラリと光りが放たれる。

 その正体は刃物の切っ先だった。

 “刀”と呼ばれる片刃の剣が存在する。

 北の海を隔てたエイジア大陸から伝来した剣類で、覆面の男が頼みにしていた武具だった。

 ――覆面の男は門番を殺して屋敷に踏み入るつもりだったのだ。


「……お優しいことで」


 ちゃきりと、男の外套(マント)の中で音が鳴る。

 刀を鞘に納めたのだ。


「死んでも無駄に(にお)うだけのこと。ならば、生かした方がまだ良いだろう?」


 呆れたような覆面の男に、トスカーニは説明した。

 何故、無益な殺生をさせなかったのかを。


「言われてみれば、違いない」


 覆面の男は呵々(かか)と笑う。

 そうこうしている内に二人は屋敷の中へと足を踏み入れた。

 そして、エントランスから一番近くにあった両開きの大きな扉を開く。

 ダンスホールと思しき、広い部屋だった。

 トスカーニは、その最奥(さいおう)の玉座に腰掛ける。

 主であろうインキタトゥス五世の断りもなく、ただの料理人(コック)が我が物顔で。

 足を組み、コックコートのポケットから銀で出来たシガーケースを取り出し、そこから一本葉巻を(くわ)えるとポンポンと腰回りや胸の辺りを叩き出した。

 すると、葉巻の先にオイルライターの火が差し出された。


「貸してやろう」


 ライターの持ち主は覆面の男だった。

 苦々し気な顔をして、トスカーニは煙を吐いた。


有難(ありがた)いが、オイルライターは良くない」


 一般的に葉巻の火はマッチで点けるものとされている。

 オイルライターで火を点けるとどうしても気化した油の臭いが移り葉巻の香りが損なわれてしまうからだ。


「辛いもんだ。親切ってのは、かけてやった分が返って来ねぇ」

「突然押しかけて来て、親切も何もあったものじゃあないがな」


 トスカーニは再び煙を吐き出す。


「……それで、一体如何してこんな所までやって来た? “青血区(せいけつく)”には潜り込むだけでも骨だろう」

(あたくし)の雇い主から伝言を預かってる」


 億劫そうにトスカーニは髪を掻いた。


「例の十三騎士殿か」

「そ。あの英雄を裏で色々糸引いてぶっ殺した、ね」


 玉座の肘掛けで葉巻の灰を降りつつ、トスカーニは訊ねる。


「今度はどんな頼みごとだ?」


 と。

 覆面の男は答えた。


「我堂録郎を見つけ次第消せ」


 トスカーニはポロリと葉巻を落とした。


如何(どう)いうことだ捕まってエグリジス送りだったろう、あの男は?」


 兄弟と呼ぶ男の疑問に真なる英雄殺しの使いは答える。


「ああ、捕まった。今も臭い飯食ってる最中だろ」

「それを何故、見つけ次第消せと?」

「“極道”は最後の最後まで油断ならねぇんだとよ。要するに(ぼう)は、脱獄して自分に復讐しに来ると思ってんだ。あんだけ回りくどい計画、まず自力で真実に辿り着くなんざ無理だと(あたくし)ゃ、言ったんだがね」


 覆面の男は肩を(すく)める。

 対するトスカーニは、


「クッハハハハ!」


 声を上げて笑った。


「おい、どうした兄弟!?」


 急な笑い声に覆面の男は仰天する。


「いやぁ、本当にそうなら愉快だと思ってな。あの花形の秘蔵っ子の一人と殺し合えるのだろう?」


 ぞくりと覆面の男は背筋を震わせる。

 トスカーニは獲物を前にした、飢えた虎狼(ケモノ)の形相を浮かべていたのだ。



これにて第一章完結となります。


第二章の投稿は2ヶ月くらい先になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ