第三十話 正しさの為に
「彼女は地に伏していた御父様を背負い、獣に見つかり辛い岩場の洞に移すと、傷から毒を吸いだし、少々手荒な方法で傷を塞いでくれたそうだ」
ルザリアはイシュトバーン卿が助け出された時の状況を語る。
「手荒な方法……」
録郎は顔を引き攣らせる。
友子が緊急時に傷を塞ぐ際の手荒な方法に身に覚えがあったからだ。
具体的には焙るのである。
傷口を、炎で。
そして火傷で傷を潰すのである。
「そりゃさぞ痛かっただろうな」
経験則から来る感想である。
実際に録郎がこれをやられた際は、丸一日はうなされながら眠ることになった。
「悲鳴を上げて、気を失ったそうだ」
「そりゃまぁお気の毒に」
「だが、傷が完全に治り体力を取り戻すまでの間も水や食料を届け続けてくれたそうでね。御父様はそれに関して文句一つ言う気になれなかったと言っていたよ」
一瞬寛大な対応だと録郎は思ったが、冷静に考えれば当然のことだった。
友子が現れなければ野垂死んでいたのは間違いなかったのだから。
「まぁ、なんだ。アンタの親父さんは極道に命を救われたから考え方を変えたってことか」
臨死体験を経た為にそれまでの価値観が変わる。
よく聞く話であると録郎は思った。
逆に言えば死ぬ目にでも合わなければ、個人の生きて来た何年何十年の価値観というのは変わるものではないのだ。
「彼女に言われた言葉もあったそうだがな」
「何を言ったんだ友子さんは?」
「“あなたも私も同じ人”と」
それは、この国の教えと全く逆の考え方だった。
「自分が助けられた時、御父様は疑問に思ったそうだ。見ず知らずの、況して違う生き物に対して如何してこんなにも必死になるのかと。それでこのように返された。“あなたも私も同じ人。怪我をしたら痛いし、痛いのが続いたら死んでしまうし、死ぬのは怖い。だから助けるんだ”、とね」
その言葉を聞いて録郎は懐かしさに胸が溢れそうになる。
親友が愛した女が、おっとりと笑っている情景が目に浮かぶ。
蛮野友子という女は殺し合いとなれば誰より強く残酷な癖にそこには常に躊躇いがあり、争いから一たび離れればそんな和睦主義的なことを口にするのだ。
録郎の顔には自然と微笑みが湧き上がった。
それと同時にこの話が何故、イシュトバーン卿の誇りを傷つけるのか理解する。
「……親父さんは、恥ずかしく思ったんだな。死んでやっと、しかも子供に諭されて俺たちと手前ェが違うことに気付いたのを」
ルザリアは悲しそうに笑い、
「私はそうは思っていなかったのだけれどね」
と伝えた。
目の前の録郎にも、櫟の下に眠る父にも。
「理解った後にしてみれば当たり前のことだった。そんな当たり前のことに死してやっと悟った自分が愚者に思えて仕方なかったのだ。だから、御父様は……」
「初めから分かっていたように振る舞ったのか」
ルザリアは頷く。
虚栄心と羞恥心。
ただ国民として当たり前に生きていた若き日のイシュトバーン卿は、屹度それまでに愚行を重ねていたのだろう。
魔法を使えぬ人々を不当に苦しめ、追いかけ回すことが当たり前だったかもしれない。
そんな業の積み重ねは、当然が翻った後にそのまま苦しみになったのだ。
「真実を知らない者の中でだけは、御父様を自身で理想としているような清廉な人にしたかったのだがな。それも兄に負けた為に叶わなかったな」
話してくれたことについて録郎は一つ、気になっていたことを訊ねた。
「嘘を吐いても良かったんじゃねぇか?」
それもルザリアには出来た筈だった。
「決闘の上での約束ごとを反故にするなど、それこそ御父様に合わせる顔が無くなってしまう」
録郎は言葉に詰り、暫くお互いに痛いような沈黙が続く。
何と言って良いか悩んだ挙句に先に口を開いたのは録郎だった。
「……気休めにもならんかもしれねぇけどよ。俺はアンタの親父さんを恥ずかしいヤツだなんて思えねぇな」
信念を貫いた挙句に無残な死を遂げた者にとってどれだけの救いになるかなど分からなかった。
しかし、録郎には本心からこういうしか他がなかったのだ。
「分からなかったのは仕方のねぇことだ。この国がそういう風に出来ちまってるんだから。だから、俺には親父さんを悪く言うことなんざ出来ねぇし、目の前で手前ェは恥ずかしいヤツだなんて言われてもきっと俺はそいつを否定する筈だ」
ルザリアは驚いたように目を見開く。
「なんか言ったらどうだ?」
自分で言って気恥ずかしくなり、録郎は顔を赤くした。
「……正直なところ土の中の死者の想いは私には分からない。だから、私の気持ちを返すしかないのだが」
そう前置きした上でルザリアは忌憚の無い気持ちを口にする。
「嬉しいよ、御父様のことをそんな風に思ってくれて」
目も眩むような笑顔と共に。
録郎は何故か頭がぼうっと熱くなるのを感じた。
それを誤魔化すように咳払いをする。
「ところでアンタがアウグステ殺しの下手人探しに協力すんのは、友子さんが親父さんの恩人だからか?」
不明な感情の泥沼に足を踏み入ることを恐れて録郎は、もう一つ気になっていたことについて話を向ける。
「そういう感情もある」
ルザリアの答えは煮え切らないものがあった。
「もちゃっとした言い方だねぇ。それだけじゃねぇってことかい?」
その問いかけにルザリアは『ああ』と肯定する。
「兄ならば分かるのではないか?」
「当ててみろってか?」
「そう取って貰っても構わない」
録郎ははぁと嘆息を漏らしつつ、
「勘でしかないが」
と前置きし答える。
「アンタも、俺らとアンタらが同じ人間だと考えているから、とか?」
平等に扱うという言葉は耳触りが良いが、綺麗なだけの概念ではない。
例えば罪を裁く時、その人が魔法を扱える場合も扱えない場合も関わりなく、同じように裁くということを意味する。
この場合で言えば、どんな貴人であろうとも一人の人間を殺めた罪からは逃れられないということである。
録郎はルザリアの表情を見た。
正当を導き出したことに対する驚きを露わにしていた。
「兄のことが少し恐ろしくなる。極道というのは、皆兄の如くに勘が鋭いものなのか?」
「俺を買い被り過ぎてるよ、お嬢さん」
年上の女性に使う言葉として『お嬢さん』というのは適しているのだろうかとそんな疑問を抱きつつ録郎は謙遜を示す。
「お嬢さんという呼ばれ方は恥ずかしいが。けれど、兄の言葉が正しい。誰もが平等に裁かれるべきだから、本来罪有る人間が罰を受けるべきだと私は考えている」
あまりにも真っ直ぐなルザリアの考え方に録郎はシニカルな笑みを浮かべ、
「例えば俺や悠慈が他に罪を重ねたとしてもか?」
と、問いを投げる。
極道というのはそもそも犯罪者集団なのだ。
皆、罪を重ねている。
人を苦しめ、未来を閉ざし、時には命すらも奪った。
そんな人間に冤罪の一つや二つがあったとしても仕方のないことなのではないか?
録郎はそのように考えていた。
「その罪は別に裁かれることだろう」
そう何の臆面もなく答えるルザリアに録郎は眩しさを覚えた。
穢れの知らなさに、また自分の貯めた穢れの多さを思い知らされたのだ。
「……それと、兄に裁かれなければならない罪があるというのは出来れば聞かなったことにしたい」
「どうして?」
録郎はそれを意外に思った。
短い付き合いだけでもルザリアが生真面目な気性であることが見て取れていたから。
「正直申し上げると、兄の顔を私は綺麗だと思っている。それが牢獄の中でただ枯れていくだけなのは惜しいだろう?」
録郎は反応に困る。
自分の見目について自覚はあるが、それでもこうまでストレートに表現されるとどう返して良いのか分からないのだ。
「便宜を図ってくれるってなら、精々潔白の証明とやらに身を粉にさせて貰おうか。必ず真犯人を見つけてやろう」
やっと出た言葉がこれだった。
ルザリアはその言葉に満足気に笑う。
あれこれと録郎が考えている間に小さな声で呟いた言葉はきっと聞こえていないだろうと思いながら。
「それに御父様を肯定してくれた人のことは如何しても、特別に扱ってしまいたくなるのだ」
実際にその言葉は録郎の耳には届いていなかった。
《第一章“騎士と極道” 了》
次のエピローグの投稿を持ちまして『異世界の極道物語』の『第一章 騎士と極道』は完結とさせていただきます。
『第二章』以降の投稿は約二ヶ月後となります。
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