第二話 日常だったものの断片 その2
わざとらしく気の抜けた録郎の振る舞いに用心棒の男は腹を立てる。
「ふざけんじゃねぇぞォ!」
腰に帯びた剣を抜き録郎に切りかかる。
だが、
「おぼっ……」
その剣が録郎に届くことはなかった。
録郎の近くにいた右京が、男の顔面に右拳をねじ込んでいたのだ。
「良いパンチだ、右京」
「有難っス。恐縮です」
倒れる男、カランコロンと地面に落ちる剣。
「えー、こちらの再三の催促を無視し、御ギルドはみかじめ料の支払いをバックれ続けました。幣団体は御ギルドの支払い期限に関しまして、度々の延長を行い続けたにも関わらずです」
何事もなかったかのように、録郎は話し続ける。
「非国民風情がァ! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」
別の用心棒が怒りに任せて腕を振るう。
「これでも食らって死ねェ! “グレイテスト・ヒーター”!」
その動きに合わせ、人間ほどの大きさを持った火球が発射される。
これこそルニカスの人々が持つ奇跡の力。
魔法の一つ。
用心棒の男が放った火の魔法は凄まじい威力を持ち、直撃しさせすれば人一人は容易く殺傷することが可能であった。
用心棒達はこれを見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
ギルドの女性たちもきゃあと喜びの歓声を上げた。
しかし――
「――その為、今までの利息分も併せまして、そちらの有り金全部頂戴致したい次第でございます。かしこ」
録郎は火傷の一つを負うこともなく、微動だにせず喋り続けていた。
「なっ!? どうして!?」
驚愕したのは、火球を放った男だった。
「ちょっと、どういうことなの!? アンタ達、強いんでしょ!?」
「全然効いてないじゃない! しっかりしなさいよ! 私たちのお給料がかかってるのよ!」
ギルドの女達からの非難の声が上がる。
それに対して、男たちは口々と反論する。
「ち、違う! 今のは……えっと……そうだ! 手加減してやったんだ! なっ! そうだよな!」
「そ、そうだよ! 魔法も使えない半端モン相手だから手加減してやっただけだし!?」
「俺たちは“元騎士”だぞ!? こんな奴ら、本気出せばどうにだってなるわ!」
聞こえてくる言葉の大半が情けない言い訳であったが一つだけ録郎の興味を惹くものがあった。
具体的に言えば“元騎士”という言葉である。
“騎士”とはルニカスの国家元首たる皇帝に仕え国を守護する魔法戦士のことだ。
国民の大半が魔法を使える国にある以上、その治安を納めるには並み以上の魔法の質が求められる。
故に騎士になることは難しく、同時に騎士だったというだけで一定以上の強さが保証されているのだ。
「……なるほど、社長が俺たちを切るって言い出した理由も頷ける」
無論、いくら極道と聞こえの良い呼び方をしたところで所詮は魔法の使えない賤民。
そんな連中に払う金が惜しくなったというのもあろう。
だが、それ以上に元騎士という肩書とそれを裏打ちするだけの強い魔法に心惹かれたのだろうと録郎は考察する。
「涼しい顔してんじゃねぇぞ、優男! もうこっからは本気だ! いくぞお前ら!」
「おう!」
「食らいやがれ!」
最初に火球を放った男の言葉を皮切りに元騎士達は一斉に魔法を放つ。
それは大地をえぐるような雷。
それは骨の髄まで凍てつかせる吹雪。
それは家屋の建材から根を伸ばした樹木の鞭。
とにかく多種多様な魔法が録郎目掛けて襲い掛かる。
「洒落臭ェ!」
しかし、それら全てを録郎は張り手一発で搔き消した。
「なっ!?」
この光景には元騎士達も驚愕を隠せない。
後ろの女達も啞然としている。
「何驚いてんだ、ちょっと強い程度の魔法じゃ極道に傷一つ付けられねぇ。そんなこと当たり前だろうが」
録郎の言葉を聞いてさえ、用心棒達はなおも困惑していた。
はぁ、と録郎は溜息を漏らし、
「君ら、元騎士って言ったっけ? ああ、そうだろうなって感じだ」
あからさまに呆れたような顔を作って、頭痛を感じているかのように手で頭をおさえた。
ルニカスの国民にとって皇帝に仕える騎士は誰しもが憧れる職業である。
それには国民に語り継がれる神話や英雄物語の影響という面もあるのだが、憧れの一端には給金も関わっていた。
ルニカスの騎士に与えられる給金は末端の雑兵であろうと、騎士でない国民の平均年収の約三倍。
一部の巨大商業ギルドを運営するギルドマスターや、土地を多数所有する大地主といった例外はあれど、基本的に一番稼げる職種であるのは間違いないだろう。
そんな騎士を敢えて辞める理由とは何なのか?
勿論、故郷に残した母が病気になってしまいその世話をしなければならないといったこともあるかもしれない。
結婚を機に相手の家業をしなければならなくなったということだって考えられる。
しかし、録郎と相対する者達は到底そうは見えなかったし、そうでなければギルドの用心棒になどならないだろう。
「騎士学校でなぁんも学んじゃいねぇんだ。どうせ、手前ェの怠け者が原因で、周りの笑い者になって逃げ出した口だろ?」
であれば、騎士を辞めた理由は簡単――挫折だ。
同輩やあるいは後輩が出世していく中で自分だけは下でくすぶっているまま。
それを己の努力で改善もせず、程度の低い場所なら上に立てると踏んで逃げ出したのだろう。
録郎の言葉に、ぐぬぬと用心棒達は顔を歪める。
「まぁ、俺にとっちゃどうでもいいことだが。君らの後学の為に、このお優しい我堂サンが教えてやろう。元々、極道は魔法の使えない非国民だ。でも、魔法の使えないただの人じゃあ惨めに生きることしか出来ない。だから、逆にこう考えた。“ただの人”でしかないなら“ただの人”であることを極めれば――つまりは肉体と精神を磨けば良いってな」
国民の大半が魔法を使える以上、魔法を使えない非国民から成立した極道は脅威たりえない。
だが、現実として極道はルニカスの人々にとって忌まわしき“厄災”となっている。
それは何故か。
答えは単純で魔法を頼りに出来ないからだ。
「“一念岩をも通す”とはいったモンでな。一日何万回と振るい続けた拳は魔法を割り、苛め抜いた体は何より硬い鎧になった。手前ェらの目の前にいる野郎どもは、そういう連中なんだよ」
録郎が語る“極道”という生き物の性質。
自慢の魔法を実際に砕かれた事実。
この二つの為に用心棒達はすっかり意気消沈していた。
それを見るや録郎は子分たちに号令をかける。
「よし、これにて我堂録郎の極道講座は終了! 野郎ども! やれ!」
「へい、頭目!」
その言葉を皮切りに子分たちは一斉に用心棒達に襲い掛かった。
拳で、武器で、極道達は戦意を喪失させた用心棒達を痛めつける。
「や、やめてくれ! 俺たちが悪か……アガッ!」
「助けてくれ! もうアンタたちには関わら……ブベラッ!」
「右手がぁぁぁ! 俺の右手がどこにもねぇよぉぉぉ!」
辺りは阿鼻叫喚に染め上がる。
その中をゆったりとした足取りで歩きながら、録郎はさらに命令を下した。
「逆らう奴らは半殺し。逆らわなくても半殺し。金目のモンは全部奪え。女子供は傷つけるな。縛って俺らが何やってるか、目ん玉かっぴらかせてでも見せつけろォ!」
「分かりやした! 頭目ィ!」
子分たちは言われた通り暴力を振るいながら、快活に笑って答えた。
「頭目、階段の所に人が集まってます。多分、社長は二階かと」
一人の用心棒を頭蓋骨固めしながら録郎に近づいてきた右京が耳打ちした。
「感謝。出来る子分を持って俺は嬉しい」
言われるまでもなく分かっていることではあったが録郎は笑みを返すと階段の方に向かって歩き出した。
「ひぃぃぃぃい!」
階段周りに割り当てられた不幸な五人の男たちは皆悲鳴を上げる。
――このままじゃ殺られる。
恐怖にブルブルと震える体で剣をなんとか抜き、
「うぉぉぉおおお!」
叫びながら録郎に向かって突進する。
録郎は億劫そうに肩を鳴らしながら、剣を躱し男の顔を掴んで床へと叩きつける。
そして、固まっている残りの男たちを腕の一振りで薙ぎ払い二階へと足を進め、廊下の真ん中ほどにある広い部屋前へと進んだ。
そこには“GUILD MASTER”と書かれた表札がかかっている。
「失礼しまーす」
録郎は扉を開けた。
その瞬間だった。
「“ムステラ”」
何者かの声が録郎の耳に入ると同時にギルド会館の屋根が切断されたかのように、街頭へと落ちた。
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