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異世界の極道物語【第一章・完】  作者: 葵尋人
第一章 騎士と極道
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第二十四話 イシュトバーン家の過去


 かつてイシュトバーン家は名家と言われた一族だった。

 少なくともルザリアの父が騎士として活躍していた頃までは。

 先祖代々優秀な騎士を輩出しルニカスの正義に寄与していた。

 特にルザリアの父はイシュトバーン家初めて以来の俊英(しゅんえい)と謳われ、十三騎士の称号を拝命するとの呼び声も高かった。


「ご主人様はそんな父上を尊敬し、とても幸せな幼少期を過ごしていたそうです」


 ニンフィットは煙草を咥え、炎魔法で火を点した。


「吸いますか?」


 録郎にも煙草を差し出す。

 それを録郎が受け取り口に咥えると、ニンフィットはそれにも火を点けた。


「……当時はこんな有様じゃあなかったんだろうな」


 録郎は煙を吐いた。

 フランボワーズを思わせる甘い香りが鼻腔(びくう)に抜ける。


「もっとお屋敷も綺麗で、使用人も大勢いたようです」


 “その頃”というのは、ルザリアの現在の年齢から逆算して約二十年前であろうと録郎は考えた。


「一体、何がありゃこんなことになるんだよ」

「父上様が財務大臣の子供を殴ったのです」


 予想だにしなかった回答に、録郎は口を半開きにした。


「……また、とんでもねぇことやったな」

「はい。しかもその理由というのが問題でして」

「なんでそんな大それたことやっちまったんだ?」

所謂(いわゆる)“非国民”の子供を大臣の子供が(いじ)めていたのです。それも凄惨(せいさん)で、猟奇的な形で」

「嘘だろ?」


 録郎には有り得ないことのように聞こえた。

 この国の民衆にとって、大臣の子供の命と非国民の子供の命の二つの価値を比べた時、その差は歴然である。

 それこそ、山ほどの金と一握りの綿(わた)を比べるようなものだ。

 勿論、騎士であった筈のルザリアの父がそれを承知していない筈がない。

 だからそれがどれほど人間的でない扱いだったとしても、非国民の子供を(いじ)めたことは大臣の子供が殴られる理由にはならない筈なのだ。


「本当です。ご主人様はそのことをとても誇らしく思っているそうです」


 録郎もその場面に居合わせたならきっと胸がすくような気持ちだっただろうと思った。


「ですが、この国の人々はそうは思わなかった」


 命の価値を量り違えたルザリアの父を前に、実子を殴られた大臣や同僚の騎士たち、またこれを知った国民達は怒りに震えたのだ。

 財務大臣はルザリアの父の失脚を願う騎士達と結託し、彼を免職に追い込んだ。

 職を失った父は屋敷の使用人達に見限られその全員が出奔(しゅっぽん)

 その際に財産の殆どを持ち出されてしまい当面の生活にすら困るようになり、結果イシュトバーン家は借金を抱えるようになってしまった。

 だが悲劇はこれだけにとどまらない。

 今までイシュトバーン家の人々を敬っていた筈の民草が嫌がらせをするようになったのだ。

 毎日のように壁に落書きをされ、家の前にゴミが置かれるのは当然のこと。

 家の敷地に石や凶器が投げ込まれ、酷い時には致死性の魔法が飛んでくることすらあった。

 そんな生活が続いた為に、ルザリアの母は心労で他界。

 尊敬していた父もルザリアが騎士学校に入学したのを見届けると、気が抜けたかのように息を引き取った。


「……酷ェ話だ」


 この国ではありがちな話だとはいえ、聞いていて気持ちのいい話ではない。

 録郎は嘆息(たんそく)と共に白煙を吐いた。


「この寂れ方と荒れ方はその時の名残ってワケか。だが、なんでアイツはこれを直そうとしねぇ?」


 十三騎士ともなればかなりの収入があるはずだった。

 それこそイシュトバーン家の屋敷を建て直すことも出来ただろう。


「十三騎士の地位をもってすら返せない程の借金があるそうです。ご主人様の父上は金貸しにすら嫌われていて、高利貸ししか相手にしてくれなかったそうで」

「借金が膨れ上がっちまったわけか」


 事情が事情なだけに、国もルザリアの借金を帳消しにしようとは動かなかった筈だと録郎は考えた。

 ルニカスの“国民”は“非国民”を嫌悪している。

 (たっと)い血よりも卑賎(ひせん)な血を優先した騎士の子供に温情を掛けるわけにはいかなかったのだ。


「……灰皿、貰えるかい?」


 録郎が気付くと、指元まで煙草が擦り減っていた。

 ニンフィットは自分のベッドの枕元に置かれた白い深皿を差し出す。

 山のように吸殻が積まれたその上に、録郎は吸い終わった煙草を押し付ける。


「……しかし、アイツにこんな事情があったのか。道理で話したがらねぇワケだ」


 自分から話しに行くような話題でないことは元より、恐らくこれはルザリアの心の傷に直結する話だ。

 自ら己の傷を抉るようなことはしないだろう。


「ところでアンタから事情を聞いたことをアイツに言っても構わねぇか?」

「それは、構わないです。自分から話したがらないだけですから」


 そう言いながらニンフィットは咥えていた煙草を、灰皿の中へとぞんざいに吐き出した。


「ですが、一応何をするつもりかだけは聞いてもよろしいでしょうか?」

「ルザリアの親父(オヤジ)さんについて」


 ニンフィットは怪訝な顔をする。


「父上様について一体何を聞くと言うのです? 私は全てを話しましたが」


 いや、と録郎は首を横に振った。


「なんで親父(オヤジ)さんが非国民の餓鬼(ガキ)を助けたのかその理由が分からねぇ」


 イシュトバーン家が騎士の家系というならば、そこでは魔法至上主義的な教育が施されていただろう。

 そんな環境で生まれる者は当然、差別主義者に限られる。

 だが、ルザリアの父は“非国民”を助け、その際に“国民”を傷つけた。

 人生のどこかで心変わりを起こすきっかけ筈なのだ。

 そして、慕っていたという父の“心変わりの切っ掛け”こそがルザリアが手を貸してくれる理由だと録郎にはそう思えてならなかった。


「それを答えてはくれないと思います」


 録郎の知りたいという思いをニンフィットはばっさりと切り捨てる。


「そりゃどうして?」

「それを話すことが父上様を著しく(はずかし)めることだからだそうです。だから、私も詳しい事情は知りません」


 ならば聞くのは骨が折れるだろうと思いながら、録郎は首を傾げる。

 一度は話せないならそれで構わないと思った筈なのに。

 どうして今さらルザリアの秘密が気になったのだろう、と


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