第一話 日常だったものの断片 その1
我堂録郎が組からの破門を言い渡される前日のこと――。
神聖国家ルニカスの王都からほど近い町に居を構える“製薬ギルドファイブハンドレッド”のギルド会館前には総勢二十人もの大の男達に取り囲まれていた。
道行く人々は彼らがいる場所を敢えて避けるか、どうしても通り過ぎなければならないとなったらあからさまに目を逸らす。
彼らの誰しもが剣や戦槌あるいは棍棒で武装していたということもあったが――何よりその出で立ちがこの国の人々にとっては忌むべき者達であることを示していたのである。
「おかあさん、あのひとたちおかしいよ。パーティーじゃないのにパーティーみたいな格好してる」
一組の親子が彼らの前を通り過ぎようとした時、娘の方が母親のスカートを引っ張りながら男達を指差した。
男達の服装は夜会や婚儀の場において正装とされる、俗に“スーツ”と呼ばれる形態だった。
「こら、やめなさい! あの人達に関わっては駄目!」
母親は娘の口を手で塞ぎ、彼らに気付かれまいと姿勢を低くして早足で通り過ぎる。
「……相変わらず嫌われてるねェ。俺ってば、涙ちょちょ切れちゃう」
男達の中で唯一、道の往来にソファーを置き、その上でふんぞり返っている男が、言葉とは裏腹にけらけらと笑う。
一つに結んだ黒い長髪、左目にはめた眼帯、素肌に赤いジャケットを着た男――我堂録郎だった。
「仕方ないですよ、頭目。生まれからして俺らは汚れてんですから」
録郎の一番傍にいた、十代後半くらいの年齢と思われる丸刈り頭が答える。
――ハレもケも弁えずに四六時中スーツを着ている男達には近づくな。
ルニカス国民にとっては常識だった。
何故なら、被差別民から突然変異した“厄災”が持つ生態の一つであるから。
ルニカスは国民の大半がそこに大きい小さいの違いはあれども、何もないところから火を起こしたり、水を発生させたり、晴天の日に雷を起こしたりといった原理不明の不思議な力――“魔法”を使うことが出来る魔法の国である。
ルニカス国教において人に授けた魔法はこの世界を作りたもうた創造神の愛の証であり、逆にこの力を使えないのは神に見放された者であるとされている。
故に魔法の使えぬ者は非国民と蔑まれ、職業、住居、使用言語、結婚や生き死にの自由に至るまであらゆる面で制約を受けていた。
そんな苦しむためだけにあった人々の中に、いきなり現れたのが彼らだった。
その性質は暴力と悪逆。
日々を懸命に生きる人々の暮らしの糧を掠め取り、私財や時に人生そのものを奪い取り、ただ原始人類的な膂力のみを頼りにした外道の衆。
そんな彼ら“厄災”は自らをこう名乗る。
屑の“道”を“極”めた者――極道と。
そして“製薬ギルドファイブハンドレッド”の前にたむろする極道達はその極道の中でも最大規模。
五大極道と呼ばれる組織の一つ、構成員総数三万五千人を誇る大組織“燈影会”に連なる者達だった。
その名を逆十字党。
“燈影会”の若頭――極道組織における実質的なナンバー2――である花形舜英をトップとした下部組織“花形組”。
その花形組内で若頭補佐――実質的なナンバー3――である我堂録郎が長を勤める組織である。
そして、そんな彼ら逆十字党は“仕事”としてここにいた。
「社長さーん。いらっしゃいますかぁ? いらっしゃるようでしたら扉を開けて下さい」
「冷静な話し合いをしに参りましたぁ。さっさと扉を開けろー」
ドンドン、ドンドンと二人の若者が固く閉ざされたギルド会館の扉に蹴りを入れている。
目下の逆十字党の職務はみかじめ料の取立であった。
みかじめ料というのは極道達が使う言葉で用心棒代を意味する。
生産系ギルドや個人の商店、飲食店等々と繋がりを持ち月々決められた金額を貰い揉め事が起こった場合それを解決するといった具合である。
そして、“ファイブハンドレッド”はそのみかじめ料を三ヶ月に渡って払っていなかった。
逆十字党側から催促しても、払う払うと言いながら払わない。
新しく用心棒を雇ったから縁を切るなどと言い出す始末。
だから強引に回収しに来たというわけである。
「我堂の頭目! 社長さん、出てこないっす!」
扉をノックしても反応がなかったため、若い極道はリーダーである録郎にその旨を伝える。
はぁー、と長く重たい溜息と共に録郎はえびぞり気味に天を仰ぎ、
「舐められちゃってるじゃあん! 録郎ってばすっごいムカつくゥ!」
子供のように叫んだ。
「右京」
録郎は自分の隣に控える先程の丸刈り頭に語りかける。
「俺たちゃ、今まで“ファイブハンドレッド”さんに何をしてやったァ?」
「先方で作った“傷薬”についた苦情の処理とかやりましたね。あの、体に緑色の斑点ができたとかっていう」
「雑な顧客リスト頼りに一軒一軒回ってご納得していただいたんだよなぁ。ありゃ、骨が折れたね!」
「ライバルギルドへの嫌がらせ」
「相手方の建物の前で日がな一日、下ッ手クッソなヴァイオリンやらフルートやら演奏したのは、素敵な思い出だわ!」
「取引している材料が高過ぎるから値下げするように脅せとかも言われましたね」
「商業ギルドの社長さんが不倫してるって証拠を掴んだ方には金一封を贈呈いたします!」
「ありがとうございます。あと、自分らを嗅ぎまわってる記者を殺せとも言われましたね」
「流石に可哀想だったから実行はしてねぇな!」
その場にいる子分たち全員に聞こえるように録郎は声を張り上げた。
「と、まぁ俺たちは“ファイブハンドレッド”さんには十分尽くして来たわけだ。こんだけのこと、みかじめ貰ってねェ月もやってこっちは誠意を見せた。なのに、この扱いはどうだ? 不義理もいい所だろうよ」
録郎はわざとらしく悲しそうな声色を作って手で涙を拭うような仕草をする。
ちなみに、手は濡れていない。
「手前ェら、なんで俺たちがこんな扱いを受けるか分かるか?」
問いを投げかけながら、録郎は立ち上がる。
「いえ、分かりません!」
子分たちは声を揃えて高らかに叫んだ。
「馬鹿野郎! そんなモン、相手さん達が極道を恐いと思ってねェからよ! 軽んじたところで、どうってことはねェ。そう思われてるってハナシだ!」
子分たちの注目が、一様に録郎へと向けられる。
そして、彼らにやるべきことを示す。
「それじゃあ、極道駄目だよな? 恐がられてなきゃ。こんなクズ共を頼ってくれるヤツらがいるんだから。じゃあ、恐い人達にならなくちゃ。どうせ俺たち生まれついて魂まで腐ってんだ。だったらトコトンおっかねぇクズになろうぜ?」
――優しい笑みと共に。
「ウオォォォォ!! 頭目ィィィイイイ!!」
「やっぱ最高だァァアアアッ!! 俺たちゃアンタに一生着いていくゥゥゥ!!」
録郎に言われた通りの屑共は歓声を上げる。
あまりの声量に地が揺れ、道行く人々が震えながら耳を塞いだ。
「よし、良い心がけだ野郎ども! だが、五月蠅ェ! 耳が痛ェから黙れ!」
瞬間、湧き上がっていた逆十字党の極道達は嘘のように沈黙した。
そして、それを確認すると録郎は自身の座っていたソファーを指差し、
「右京」
と、丸坊主の子分に指示を出す。
「へい」
自分の名を呼ばれただけで、右京と呼ばれた丸刈り頭の極道は録郎の言わんとすることを汲み取り――ソファーを担ぎ上げる。
そして、
「そぉいッ!」
そのソファーを固く閉ざされたギルドの扉に目掛けてブン投げた。
ガシャァァアアアン!!
轟音を立て、ギルドの扉はそれを取り付けていた壁の一部と共に吹き飛んだ。
「ぎゃああああ!! なんか入ってきたァァッ!?」
突然のソファー。
散乱する瓦礫と砂埃。
ギルド会館内にいた者達の中に大混乱が巻き起こる。
そんな、胡乱のるつぼになったギルドの中へと、極道達は悠々とした足取りで踏み込む。
「なんだテメェらは!?」
製薬ギルドには似つかわしくない、所々が錆びた粗末な鎧を纏った強面の男が極道達に向かって叫ぶ。
録郎はそんなことを意に介さず、悠然と辺りを見渡した。
見ればあちらこちらに同じような格好をしている男達がいた。
数は三十人ほど。
二階に続く階段の周りに人口密度が集中している。
彼らの顔に見覚えはなかった。
今度は、部屋の奥に目を遣る。
十人ほどの女達が身を寄せ、涙を流しながら震えていた。
彼女たちの方には見覚えがあった。
“ファイブハンドレッド”で働く事務員達である。
「君ら、このギルドに雇われた人達?」
状況から察するにギルドマスターが新たに雇うと言っていた用心棒達だろうと当たりを付け、録郎は訊ねる。
「こっちの質問に答えろ!!」
――男の反応を見るに自分の考えは正しいのだろうと結論付け、録郎は億劫そうに肩を鳴らす。
相手の要求に乗るような形になることが録郎にとってはなんとも釈然としなかったが、こちらの素性と要件を伝えることにする。
「燈影直系花形組内逆十字党の皆様でーす。私、一応、頭目を務めさせていただいております我堂録郎と申しまーす。集金に伺いましたー」
嘘をつきました。
次の回こそは明日の0時に投稿されます。
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