第十八話 不死身の英雄
「兄も知っているかと思うが国家において指定された禁呪というものがいくつか存在するだろう?」
「まぁ、そういうものがあるってことくらいは」
「その内の一つ、“ロンバルド”について書かれたたった一つの書物が国立図書館の宝物庫から紛失していた」
録郎は絶句した。
いくら極道が魔法に疎くとも、その魔法の名前くらいは聞いたことがあった。
「おいおい。それって確か人間を不死身にする魔法で“国宝”だろ? そんなモンが無くなったってのか?」
「ああ、もう三年前になる」
確かにこれは国家機密だった。
下手に国民に知られてしまえば、皇室が転覆しかねないとんでもない不祥事である。
「言うまでもなく、犯人どころかその痕跡すら見つかっていない。魔法書も行方知れずのままだ」
「流れからすると、ソイツをやったのもアウグステってことなのか?」
「ああ」
「そう言い切れる根拠は?」
能力的にも可能ではあるし、今までの話を聞く限りそういったことをやりかねない人間ではある。
しかし、所詮は状況証拠に過ぎない。
その証拠を差し出したのはリズだった。
「今から半年ほど前だが、実際にアウグステが死んで蘇った瞬間を見ている」
そう言ってリズは指を鳴らした。
するとライティングデスクの上にいた鼠の“使い魔”の目が光り出し、水面に月が照らされ移し出されるかのように、床の上にその時の光景が映し出された。
ブロンド髪で全身鎧を纏うハンサムな男が街を歩いている。
アウグステである。
すると突然、頭の上からローブをすっぽりと被り顔を隠した何者かが背後から迫り、ナイフで首を刺し、そのまま走って何処かに消えていった。
アウグステはその場に倒れ、石畳の道に血だまりが広がる。
「……なんだ、コイツは?」
「分からない。追跡しようとしたが、途中で見失った。それよりも、問題は次だ」
すると、映し出される光景が点滅し、次の瞬間には自分の首に刺さった短剣を抜きながら立ち上がるアウグステが映し出されていた。
「今見たのはアウグステ殺害から五時間後の光景だ」
「なるほど、時間はかかったみたいだが確かに蘇ってるな」
アウグステが不死身の肉体を得ていたのは真と言わざるを得ないだろう。
「だが、それだとよく分からなくなる。死なない人間を一体どうやって殺したんだ?」
少なくとも悠慈には犯行は不可能である。
録郎が“セイヴ・ザ・クイーン”の鉄棘を破壊出来なかったように、極道の拳では魔法で変化した物体を破壊することは出来ない。
不死を得た肉体もそれは同様である。
「殺せないなら、死ぬまで何回でも殺せばいい。そう考えたのだと思う」
本当にそれで死ぬかは定かではないが、不死身の人間がいると仮定し、それを殺そうと思った時にまず考えることだろう。
しかし、人間を殺すということは意外と労力がいるものなのだ。
一回、二回ならば現実的であるがそれが百回、千回となると荒唐無稽と化してくる。
「いや、何回も人を殺せる方法はあるんだ」
リズはそう言うと、ライティングデスクの上に置かれたバインダーを指差す。
「まさか、これを使ったってのか?」
バインダーに書かれたタイトルは“クリシュトキシン~世界最高と呼ばれる毒について~”だった。
「実際にアウグステの体内からもクリシュトキシンが検出されてる。おまけに遺体を科学庁の研究室まで運んでくれた警吏の一人が翌日不審死を遂げていると来た」
それを聞き録郎は事件の全容を理解する。
「そうか。アウグステが友子さんに興味を持つように仕向けたのは、ヤツを悠慈に殺させる為。そして、殺させた理由は毒を注入する隙を作る為だったってことか」
ここまで迂遠な方法を取らざるを得なくなったのは、アウグステが通り魔に襲われたせいで――あるいはこの通り魔自身が殺害計画の立案者かもしれない――警戒心を強めたからだ。
警戒されては毒を手に入れたとしても宝の持ち腐れになってしまう。
盛ってあることにあらかじめ気づかれている毒など無毒も同然である。
武器に塗り不意撃ちで、というのも警戒されていては不意を付けない。
気づかれたが最後、記憶破壊で全てが台無しになるだろう。
だから、殺害された直後の一番無防備な瞬間を狙ったというわけだ。
「これで分かっただろう。兄でなければ真実に迫れないその理由が」
ルザリアの発言に、ああ、と録郎は納得した。
クリシュトキシンという毒が使用されている以上、これは“極道”である録郎にしか出来ない仕事だった。
「アンタらは、俺に笹木組を内偵しろって言いてぇんだな?」
真の“英雄殺し”に毒を渡した相手。
それもまた“極道”なのだから――。
「面白かった」
「続きが気になる」
「更新早くして欲しい」
そう思ってくださった方々へ。
もしよろしけば広告下の【☆☆☆☆☆】より評価をしていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。