第十七話 英雄の真実
アウグステの監視を始めた経緯を説明された録郎はアウグステの魔法について当たりを付けた上で、リズに答えを求めた。
「で、仮説ってのは証明されたのかい?」
「答えが出たのはすぐだったよ」
リズは皮肉たっぷりな笑みを見せる。
「監視を始めた初日の朝だった。とある町の裏通りに女性を誘い込み、乱暴を働いた」
録郎は予想していたその事実に、けれど渋い顔を浮かべる。
「女性はその行為の間無抵抗だったし、声も発さなかった。いや、それどころか何の反応も示すことはなかった。その人物にとって良いにしろ、悪いにしろ何かしらの反応は示すはずなのにだ」
既にアウグステの真実を知っていたであろうルザリアは、それにも関わらず沈痛な面持ちだった。
一度聞いただけで慣れるような内容ではないのだ。
特に女性であれば余計に。
「事が終わった後も女性は無反応だった。まるで何もされなかったかのように――」
録郎は無意識のうちに懐を漁る。
直後、自分が煙草を持っていないことに気が付く。
「このようなことがその日のうちだけで計十回。そしてそれらすべて明るみになっていない。何故だと思う?」
監視した行動が悉く誰からも知覚されなかったという事実。
まるで最初からいなかったかのような反応をされた二人の兄の存在。
勝利という栄光だけが残りその過程を誰も知らない英雄の活躍。
「……“記憶”を消されたからか?」
――それを導き出すだけの条件は揃っていた。
「その通り。アウグステの使う魔法は“記憶破壊”だったんだ。しかも“思い出”という意味の記憶ではなく、正しい意味で“記憶”を破壊出来る」
この意味についてだけは首を傾げた録郎にリズは語る。
記憶は一般的に『あの日はこの人と森に出かけた』や『この日はあのお店に行ってこれを食べた』といった思い出を表すものであるとされているが厳密に言えばこれは違うらしい。
例えば人は全く意識せずに立ったり歩いたりすることが出来るがこれは“記憶”である。
例えばベッドの上に置いてある大きく柔らかそうなものを見た時にそれが“クマ”という生き物の“ぬいぐるみ”であることが分かるというのも“記憶”である。
アウグステが“マデュカヌマヴと呼んでいたその魔法はそれら生物が持つ記憶に分類されるもの一切を喪失、あるいは無くした記憶を破壊し修復不能にするのだ。
雨のように地上に降って来た龍を殺せたのはこの為だ。
空を飛ぶこと、嚙み付くこと、口から火を噴くこと、さらには歩くことさえも忘れてしまった龍などただの蜥蜴も同然である。
いくらだって殺せるだろう。
そして、実際に戦った場面を見た者達の記憶の中から、アウグステ・フィッツジェラルドが勝利を収めたという事実だけをとどめておき、戦いの様子は忘れさせていた。
こういった戦いを繰り返してきたから、実像の存在しない栄光だけが積み上がった“無敵の英雄”が誕生したというわけだ。
品行方正という人物評も同様だ。
“マデュカヌマヴ”という魔法が好色な本性による行いを無かったことにした。
だから、誰もがアウグステの表面的な振る舞いを本性であると信じたのだ。
「クソが!」
ばきっと音を立ててライティングデスクの天板にヒビが入る。
怒りに任せ、録郎が拳を叩きつけたのだ。
「つまり友子さんは、この下種が欲情したせいで死んだってことじゃねぇか! ふざけやがって!」
アウグステはあの日も獲物を探していたのだろう。
すると偶然、友子を見かけた。
友子は見目麗しく男性のそういった感情を誘発させてもなんらおかしくはないだろう。
好色な人物ならなおさらだ。
しかし、行為に及ぼうとしたその時に友子からの抵抗を受けた。
いつものように“記憶破壊”を試みたが、熟練した“極道”である友子はそれが持つ性質上魔法を弾く。
頼みにして魔法が効かなかったことにアウグステは焦った挙句、自分の本性の露見を恐れ、突発的に友子を殺害したのだ。
――録郎にとって胸糞の悪くなる話だった。
“極道”として己の両手を血に染め、他者の血を啜るような生き方をしていた録郎だったが、その目をもってしてもアウグステ・フィッツジェラルドは人間の屑と断じることが出来た。
「……ただの名誉欲と色欲だけの愚物ならば良かったのだがな」
しかし、ルザリアはその評価すら温いとする。
「どういうことだ?」
「度が過ぎていたんだ。特に色欲の方が」
「度が過ぎてた?」
ああと、リズは頷いた。
「『アウグステは通り魔的に女性を襲いそれがたまたま鷹山友子だった』――確かにこの言い分は真実のように聞こえる。だが、仮に真実だとして、何故自分の別宅から遠い場所にいただろう鷹山友子を選んだ?」
「そういえば、確かに……」
当然の理屈ではあるが、アウグステの屋敷から近い町にも女はいた筈だ。
加えて言えばアウグステは警吏官のトップだった騎士。
対する友子は極道として名をかなり挙げていた。
一時期はその名前を聞くだけで逃げ出す同業他社や警吏官が山のようにいたほどだ。
その友子のことをアウグステが知らない筈はない。
アトランダムに相手を選ぶとしてもまず避ける手合いである。
「だが、だとすると友子さんはどうして……」
「警吏官達の間でこんな話が熱を帯びて広まっていた。“美しき食人鬼”」
「“食人鬼”って、まさか……」
「勿論、君が知らないわけないな。鷹山友子――そう呼ばれていた次期はまだ蛮野友子だったかな? 彼女の異名だよ」
警吏たちの間に広まっていた話はこのような内容だった。
かつて、“食人鬼”と呼ばれ恐れられていた女の極道がいた。
その“極道”は誰よりも強かったが、同時に寒気がするほどの美貌の持ち主でそんな彼女の美貌を前に敢えて殺されに来る男が後を絶たなかった――というものだ。
後を絶たなかったかどうかは録郎としては微妙なところであったが、そういう手合いが本当にいたのは事実だった為、特に反論はしなかった。
「……噂を流してアウグステの興味が友子さんに向くようにしたってことか? でも、何の為に?」
「ユージ・タカヤマにアウグステを殺させる為」
ルザリアが答えた。
「ちょっと待て。アンタ、兄弟は殺ってないって言ってなかったか?」
「ああ。確かにアウグステは殺されたが実際には死んでいなかった」
ここが録郎には理解し難い点だった。
アウグステはそれが人間だったかどうかすら分からない状態になるまで痛めつけられていた。
あれを指して死体ですかと訊ねられれば、録郎は間違いなく死体であると答えるだろう。
実際に死亡も確認されているのだから。
「リズ、私は今から国家機密を漏洩しようとしているが目を瞑って戴けるか?」
「良いよ、別にー。てか、ロッキーの脱獄を手引きした時点でチャン僕たち、国家反逆罪も同然だし、気にする必要なくね?」
「確かにな」
ルザリアはリズの答えを受けて口角を吊り上げる。
「ガドー、今から話すことは他言無用で頼みたいのだが構わないか?」
「ああ、良いぜ。これでも口は硬い方だ」
ルザリアは偏光鏡の向こう側に映る録郎の瞳に一点の曇りがないことを見て取ると話始める。
「アウグステは不死性を獲得していたのだ」
全ての元凶のもう一つの真実について。
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