第十五話 リズの部屋
リズは録郎の手を引っ張ってはしゃぐように屋敷を案内する。
屋敷の中は少女らしい可愛らしさに溢れた装いだった。
白とピンクを基調として、動物を模ったぬいぐるみや動物の絵画が至る所に飾られている。
そして、最後に通された彼女の寝室が最も少女趣味を全面に押し出した部屋であった。
まずベッドがハートマークだった。
それがあしらわれたマットレスや掛け布団が置かれているという意味ではない。
ベッドそのものの形状がハートマークなのである。
男女の交友を主たる目的とした宿屋にこういうものがよく置かれていたなと、録郎はそんなことを考える。
そして、そのベッドの上にも巨大なぬいぐるみが占拠している。
「二人とも、どっか適当なとこに座って」
リズはダイブするかのように、ベッドに飛び乗りそこに腰かける。
促されると録郎はライティングデスクを見つけ、そこに備えられた椅子に腰掛けた。
そのライティングデスクもまたハートがあしらわれた少女趣味丸出しのデザインだった。
「私はここで良い」
そう言ってルザリアが背中を預けたのは、そんなファンシーな部屋にあっては浮いているものだった。
本棚である。
四方全ての壁に木で出来た簡素な本棚が置かれそれが天井まで伸びており、その中はバインダーのようなものがみっしりと敷き詰められていた。
よく見れば、阿呆を具現化したかのようなデザインのライティングデスクにも同じようなものが乗っているのに気が付き、録郎はその内の一つを手に取る。
「“クリシュトキシン~世界最高と呼ばれる毒について~”?」
録郎はバインダーに雑な筆記体で走り書きされた文字を読んだ。
クリシュトキシンとは“一滴にして万人を殺す”とも言われる劇毒の名前である。
このバインダーに挟まっているものはその劇毒についてまとめられた研究レポートなのだと録郎は察する。
本棚にあるバインダーも全てそういった研究レポートの類なのだろう。
「兄は月国語が読めるのか?」
バインダーに書かれた文字を読んだ録郎に対して、ルザリアは意外そうに驚いた。
「別にアンタらの言葉が分かる非国民なんて珍しくないだろう」
録郎はシニカルな笑みを返した。
この国において魔法の使えない者は厳しい制限を受けているのだが、その最たるものが言葉の使用だ。
基本的に魔法を使える者が使う月国語という言葉でなく、建国神話において初代皇帝の母を殺したとされる北の蛮族たちが使っていた言葉の使用を義務付けられている。
“我堂録郎”という名前と“ルザリア・イシュトバーン”という名前を比べた時になんとなく違うという感覚を受けるのも当然のことで、そもそも二人が本来使用する言語が違うのだ。
ただ非国民と呼ばれる人々の多くは言語の学習という点で国民よりも優れているのか、その大半が喋らなくとも月国語を理解しているし、“極道”は無法者であるから街の往来で平気な顔をして月国語を話している。
「確かに、聞く話すくらいまでなら珍しくはないが……読み書きまで出来るのは珍しいんじゃないのか?」
ルザリアはリズに話を振る。
「そうだねー。チャン僕的には多分珍しいんじゃないかなと思うよ? 極道組織で幹部になれるかどうかにチャン僕たちの言葉の読み書きが出来るかどうかって相当関わってくるって聞いたことあるし。あ、ロッキーその辺の事実関係、質問ってもいい?」
「いいけど、後にしてく。今は別に話すべきことがあんだろ」
指摘を受けて、リズはけらけらと誤魔化すように笑った。
「うーん、でも困ったなぁ。まずどっから話せばいいもんか……」
腕を組みリズは顔を悩ませ、唸り声を上げる。
「アウグステ卿について。そこから話したら如何だ?」
「そっか。そうしようか」
ルザリアの意見にリズは同意する。
「アウグステ卿? なんで事件被害者の話をするんだ?」
被害者。一応、形の上では。
録郎からすればアウグステの死は自業自得である。
無論それが親友にとって最も大事な人であったというのもあるが――強姦殺人者に同情など出来ないだろう。
「ヤツの殺人前後の行動、おかしくなかった?」
「おかしいってのはどういう……?」
「巷で聞くようなアウグステ卿のイメージじゃなくないかな?」
それは確かにと、録郎は思っていた。
アウグステ・フィッツジェラルドを英雄たらしめたのはその強さではあったが同時に人格者としても知られていた。
国民と非国民とを分け隔てることなく接し、魔物により滅ぼされた村に支援をしたり、親を無くした子供の為に私財を投じて孤児院を設立したりと、慈善活動にも積極的であった。
また、この国にかつては存在した奴隷という制度を撤廃させたのもアウグステであると言われている。
「まぁ、確かに意外ではあったけどよ。あの聖人君主が実は裏では……なんてのはありふれた話じゃねぇの?」
「確かにありふれた話だね。じゃあ、どうして君の耳に噂の一つも入って来なかったんだ?」
録郎は目を見開く。
貴人、政財界の重要人物――そういった人々の闇に纏わる話はこの国の闇社会――つまりは“極道”に筒抜けになる。
“極道”は縦の繋がりも強いが、横の繋がりも広くまた強い為情報の伝達が速い。
国一番の英雄とも言われる男の黒い噂であれば、それこそ刹那の内に広まっただろう。
どんなに上手に情報をもみ消そうとしようとだ。
一体どうしてと考えかけたところで録郎はハッとした。
「ちょっと待て。そもそもなんでアンタらは、アウグステが友子さんを殺したことを知ってる?」
ルザリアもそうだったが、どういうわけか友子の死を把握している。
録郎に頼まれた花形が死体を隠したのにも関わらずだ。
「花形の組長さんにかかれば死体の一つ、見つからないように隠すのなんて朝飯前の筈だ。実際、そこのルザリアも本当は死体なんて見つかってないとも言ってる。どうやってそれを知った?」
「……流石に“殺し屋”と言われた極道なだけはあった。彼は死体を隠し、そこで殺しがあった痕跡までも完璧に消し去った上、鷹山悠慈が破壊した窓も空き巣が侵入したように偽装した。とてもいい仕事をしたぜ、チャン君の親は」
「そりゃどうも」
花形に向けられた称賛が、まるで自分に向けられているのと同じであるかのように録郎は気恥ずかしそうな顔をした。
「って、歯の浮くようなお世辞はいいんだよ。一体どうやって知ったんだよ?」
「それで監視してた」
リズが指差した場所はライティングデスクの上だった。
見ると、そこには鼠がいた。
しかもただの鼠ではない。
真に迫ってこそいるがよく見れば、無機物だと分かるぬいぐるみの鼠だった。しかし、ぬいぐるみであるにも関わらず本当に生きているかのように動いていた。
「なんだこりゃ?」
「“使い魔”とチャン僕は呼んでいる。コイツは見たモノを記憶してあとからそれを映し出すということが出来るんだ」
この“使い魔”には鼠の他にも梟やヤモリなど様々な動物をかたどったものがあり、その場その場において使う動物を変えながら不審に思われない距離感を保ち常にアウグステを監視していたのだとリズは語る。
「なるほど、友子さんを殺される場面も見ていた、と」
「そういうこと」
「……助けることは出来なかったのか?」
録郎のその問いに一瞬動きを見せたのはルザリアだった。
そんな彼女をリズは、
「ルジー。良いんだ。彼の気持ちも考えてやれ」
と宥める。
「本当にすまないと思っている。だが、分かって欲しい。あの場で鷹山友子を救うことを出来るだけの力があるなら、あの日よりも前にアウグステを殺していたってことを」
リズは断言する。
アウグステは死ぬに値する人間だったと。
その上でエリザベス・ヴィシャスでは殺せなかったと。
「見張ってたのは機をうかがう為。君の親友の最愛の人が奪われたあの日もまた、私はアウグステ卿に付け入る隙がないか探っていた」
彼女のその眼差しに曇りはなかった。
「だったら話してくれ。アウグステ・フィッツジェラルドは何だったんだ?」
促されてリズは話し始める。
「――きっかけは、酒場の女主人の言葉だった」
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