第十一話 偽装
「ウソだろ……」
録郎の口から図らずも吐き出された言葉には、驚愕と脱力感が伴っていた。
結論から言えば、録郎の脱獄は驚くほどあっけなく完遂された。
リズの下げた棺桶に関して何も疑問を持たれなかったのは勿論のこと、所持品検査、身体検査の一切を二人の騎士はされることなくエグリジスを脱出。
そして、リズの私物の小型船に乗り込みまんまと出航。
船室に入り外からは見えなくなったところで録郎は棺桶の蓋を開け、現在に至るというわけである。
「言った通りだったろう?」
録郎が腰掛けた席の向かい側の座席で足を組んで座るルザリアはしたり顔だった。
「大臣たちを除けば皇帝に最も近いところにいる“十三騎士”がまさか国家犯罪者に、それも二人も与するなどとは誰も考えない」
詰まる所、ルザリアが示したエグリジス大監獄唯一の脱出方法というのは、“調和の騎士”たるルザリアの目が行き届いた状態で、同じく十三騎士の手を借りるというものであった。
「しかし、いくら国のお偉いさんが雁首揃えてるとはいえ、形式的なチェックすらしねぇもんかね? 大分警備ガバくねぇか?」
「ルニカスの社会なんてこんなモンだよ」
リズはシニカルな笑みを浮かべる。
「魔法至上主義というか、力あるものに対するおべっかみたいなものがメチャクチャ強い。上流階層に行けば行くほどどんどんそんな感じになってく。ある意味でそっから外れちゃってるチャン君たちみたいなのには分からないかもだけどね」
「そりゃまた窮屈そうな生き方だ。アンタらみたいに一番てっぺんまで行けば話は別かもしれんが」
録郎は“国民”から見た場合のルニカスの社会構造について率直な感想を述べた。
すると、リズは引き攣ったような顔をして一瞬ルザリアに目配せする。
録郎はその目線を追った。
すると、ルザリアの表情がわずかながらに暗くなっているのを見て取った。
――あれ? 俺、なんか言葉間違えた?
暫しの間、重い沈黙が流れる。
「そんなことよりロッキー! 乗り心地はどう? チャン|僕の船!」
それを最初に破ったのはリズだった。
「ロッキー? って、ああ、俺のことね。ああっと……良い船だと思うぜ?」
録郎は不意の問いによく分からないまま答えた後に、周囲を観察する。
「だが、なんか不思議というか。どういう仕組みなんだ?」
リズの船は録郎がよく知る船とは全く形が違った。
船は普通、帆を張り、自然の風か乗組員が使う魔法の風を受けて進むが、リズの船には帆が付いていない。
代わりに左右に水車のようなものが取り付けられており、それが独りでに回転し、その推進力で進んでいるようだった。
「詳しいことは企業秘密。極道のチャン君向けの説明をすると、チャン僕が無意識のウチに垂れ流している魔力を元手にその何千倍の魔力を発生させる絡繰がこの下に入ってんの」
そう言ってリズはゲシゲシと足元を蹴る。
「んで、その魔力を燃料にしてそこの水車みたいなヤツを回転させる術式を発動させ続けてるってわけ。
「へぇ。これ、一般に流通させねぇの? 魔法は門外漢だからよく分からんが、天気とか乗組員の体調とか不確かなモンに左右されなさそうだし、何より普通の船より速いから便利だと思うんだけどよ」
「当面そんな予定はない」
「資金が足りねぇとか?」
「いや、そうじゃない。単純にこの時代の手に余る」
録郎は訝しげに、眉をひそめる。
リズの発言の真意というよりも、その裏にある思考が全く読めなかった。
「忠告はするが、リズの話はまともに理解しようとしない方が良い」
横からルザリアが口を挟む。
「どういうことだ?」
「聞いたことはないか? 当代の“成功の騎士”は歴代で最も優れた智を有すると。思考の次元が違う。何か難しそうなことを言い出したら、『何か難しいことを言っている』とだけ思った方が身の為だ。まともに考えると、数日頭痛が止まらなくなる」
リズはルザリアの言葉に頬を膨らませた。
「そう怒るな。研究成果の自慢がしたいのはよく分かるが今はそんな場合ではないだろう?」
ルザリアにそう言われ、録郎はハッとした。
「そうだ。リズちゃん、そろそろ教えてくれて良いんじゃないのか?」
無論、どうして、録郎に“英雄殺し”の真の下手人を探させるのか。
その理由について。
「いや、ここじゃ話せないにゃー。大事を取って、色んな資料をチャン僕の自宅に置いてきちったから。詳しい話はそっちでしたい」
「それは構わねぇけどよ……どうやってそこまで行くんだ? 英雄ぶっ殺した男がうろついてとあっちゃ、どんな片田舎だろうが大騒ぎになんぞ?」
「ああ、その辺はぬかりナッシン! オール無問題」
リズは外套の内ポケットから小さな瓶を取り出し、それを録郎に投げ渡す。
「さぁ! それをぐびっと飲むんだ!」
その指示に録郎はぎょっと目を見開く。
「これを? 本気で言ってんのか?」
中には玉虫色に光り輝く、どろっとした質感の液体が入っていた。
「そーんな、警戒しなくても大丈夫だって! 毒とかじゃないからサ!」
助けを求めるように録郎はルザリアの方を見る。
するとルザリアは目を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
「はぁ……しゃあねぇな……我が血、我が精を与えし父母に感謝を込めて、いただきます!」
勢いよく瓶の中身を呷る。
「あ、見た目ほど味は悪くねぇな。なんかこう、ハーブ酒みてぇな味がする」
「そっか、そっか」
リズはにっかりと満面の笑みを浮かべていた。
「ちなみにこの薬の効果ってのは何なんだ?」
「髪の色がチャン僕と同じになる」
録郎は自分の髪の毛の結ばれている部分を手に取ってよく観察する。
「ああ、なるほどね。こりゃ見事なピンク色だ、馬鹿野郎」
一瞬、リズの胸倉をつかみ掛け、すぐにその手を止めた。
少しでも手を滑らせれば、触ることになってしまうからだ。
彼女の武装を。
ルザリアはそれを見て口を抑え、苦しそうにぷるぷると震えている。
「何笑ってんだ、ゴラッ!」
「いや、すまない……可愛いい髪色だったから、つい」
「ついじゃねぇ、ついじゃ。喧嘩売ってんのか」
録郎は涙目になっていた。
別に黒髪にこだわりがあったわけではないが、いくらなんでもここまで奇抜な髪色は辛過ぎた。
「大じょび、大じょび。髪だけじゃなくて、下のお毛々までちゃんとピンク色になってっから」
「新手の拷問か?」
「でも、これで人に見られても安心っしょ?」
全力のスマイルを見せるリズに、録郎は冷ややかな視線を送る。
変装が目的なら、アンダーヘアまで染める必要性はない。
素っ裸で街中を歩くわけではないのだから。
「――ああ、確かに安心だな。でも、これちゃんと元に戻るよな? こんな髪じゃお婿に行けなくなっちゃう」
「薬の効果は十日くらいで消えるから。その点は大じょび」
「それは良かった。だが、この目と“刺青”はどうすりゃ良い?」
緑色の目の持ち主はルニカスにはあまりいないことに加え、録郎は隻眼という真っ先に目に留まる身体的特徴を持っている。
その上、“刺青”を露出して歩くなど、自分が“極道”ですと触れ回っているに等しかった。
あー、と暫く気の抜けた声を上げていると、リズはあっと突然声を上げ、偏光鏡を録郎に投げ渡した。
「それで顔隠しといて」
「急に雑になったな」
そう言いつつも偏光鏡を掛ける録郎をよそにリズはゴソゴソと自分の座席の裏を漁る。
「何してんの?」
「いや、チャン君にお洋服のプレゼントがあってさ」
リズは座席の裏から取り出した服を録郎に渡した。
「何だこりゃ、燕尾服じゃねぇか」
「そだよ」
一般的に貴族や大規模ギルドのマスターの家などに仕える執事という職務にある男性が着る服である。
「チャン君の捜査の拠点をルザリアの屋敷にしようと思ってね。で、よく分かんない人が出入りするよりその家の関係者って方が自然っしょ? だからチャン君をルザリアに仕える執事ってことにしようと思って」
「本気?」
録郎はルザリアにも前後関係を確認する。
「アンタ、こういう算段だって知ってたのか?」
「無論。何だ? 兄は不服か?」
「いや、そんなこたぁねぇよ」
最初から友の無実の罪を晴らす為になら何でもすると録郎は決めていた。
それを思えばルザリアに仕えることは軽いことだと言える。
しかし重要なのはルザリアの気持ちであった。
「それよりも、アンタの方こそ家の中に俺がいて不服はねぇのか」
その問いにルザリアは短く笑声を漏らした。
「兄はおかしなことを聞く。不服などあるわけないよ。顔のいい男が傍にいて、むしろ嬉しい」
「お、おう。そうか」
面と向かって容姿を褒められることに、録郎は気恥ずかしさを覚え、顔を赤くする。
「家にいる間中、兄に何をやらせようか。今から楽しみだ」
その言葉に録郎は首を傾げ、顎に手を当て、熟考しているかのような仕草をする。
短い沈黙が流れる。
「家にいる間中って、アンタ、エグリジスに戻るんじゃねぇのか?」
「いや? 暫く戻るつもりはないが?」
「いくらアンタが偉いとはいえ、仕事があんだろ。大丈夫なのか?」
「長期の休暇を貰っている」
録郎は嫌な予感が過り、藁にも縋るような気持ちでルザリアに確認を取る。
「旦那は家にいるんだよな?」
「――それは、二十八にもなって独り身の私に対する挑戦か?」
ルザリアの顔から表情が消えていた。
しかし、録郎はそれを無視し立ち上がる。
そして、リズの方に向き直ると、両腕、両足、そして頭を床に付ける体勢を取った。
「な!? 突然、“土下座”だと!?」
リズは驚愕した。
それは極道の世界に伝わる礼法の一つであった。
主に目上の人間にどうしても聞き入れてもらいたい願いがある時や、重大な失敗を犯した際に謝意を示す為に行われる。
「この通りだ。拠点にルザリアの屋敷を使うことだけは止してくれ!」
「……一応、理由だけ聞こうかな?」
録郎は顔を上げると叫ぶ。
「未婚の女の家に! 恋人でもない男が上がるなんて! 破廉恥極まる!」
途端に周りの空気が凍り付いた。
「面白かった」
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そう思ってくださった方々へ。
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