第九話 来訪者は棺桶と共に
我堂録郎の“取り調べ”が終わって三日後のことだった。
エグリジス勤めの刑務官達は困惑していた。
見慣れた石造りで灰色一色の侘しい施設の中に極彩色の異物があったのだから。
それはズルズルと大きな棺桶を鎖で引きずっている。
胸部の中に人一人を匿っているのではないかと感じるようなとんでもないものを装備してこそいたが、背丈と顔立ちから言って十代前半ほどの少女だった。
ライムグリーンとレモンイエローのメッシュが混じるショッキングピンクに染めた髪をツーサイドアップにしている為か見た目の印象がより幼く感じる。
頭の上には炎や雷といった光源を発生させる魔法の使用者が自身の目を保護する目的で使用する偏光鏡という黒いレンズがはめ込まれた眼鏡のような魔法道具を乗せていた。
フリルが多くあしらわれたシアンブルーを基調としたドレスの上から、裾を引きずるほど長い白い外套を羽織っており、その見た目が発生させる彼女自身の胡乱さをより強調している。
「ちょっと君、どこの所属? ちゃんと許可貰って来てる?」
一人の若い刑務官が意を決し怪しい少女に詰め寄る。
「チャン僕? 科学庁だよ?」
「科学庁? どうしてそんなところから?」
科学庁というのはルニカスが抱える研究機関だ。
研究対象はルニカス国民にとって最も重要な魔法は言うに及ばず、生物学、植物学、気象学、天文学、民俗学などといったように列挙しきれないほど多岐に渡る。
だが、だとすると疑問なのはそこ所属の研究者がどうしてこんなところにいるかということ。
「それにチャン僕って……」
もう一点、若い刑務官が疑問に思ったのはこの少女の言葉遣いである。
無礼だとかそういったこと論ずる以前の問題として、コミュニケーションに致命的な欠陥を抱えているとしか思えなかった。
「チャン僕のことは気にしなくて良い。チャン君の人生においては今日の夕餉の内容よりもどうでも良いことだ」
「いや、そういうことじゃなくてね……」
「そしてチャン僕が来た目的は研究以外の何物でもない。何故なら、チャン僕がチャン僕だから!」
少女の言動に頭を抱える刑務官をよそに、少女は辺りを見回し、額に手を当て遠くを観察するような仕草をした後、
「ねぇ、ルジーどこ?」
と刑務官に声を掛ける。
刑務官は声にならない悲鳴を上げる。
「ル、ルジーって。なんて口の利き方するんですか! イシュトバーン団長に聞かれたら首が飛びますよ! 物理的に!」
ルジーはルザリアの愛称である。
十三騎士は平の騎士にとっては雲の上の人であり、それを愛称で呼び捨てるなどあってはならない不敬であった。
「いやー。でもルジーは昔っからルジーだからなー」
「でもじゃない! 礼儀ってものを考えて下さい!」
と、このように刑務官が騒いでいると、“老獪”の雰囲気を漂わせる別の刑務官が物凄い剣幕でやって来た。
「あ、先輩。ちょっとこの娘に注意してやって下さいよ。科学庁からやって来たらしいんですけど、口の利き方がなってなくて失礼なんですよ」
先輩と呼ばれたその男に、若い刑務官は助けを求める。
「この大馬鹿者!」
怒号と共に鉄拳が落ちた。
――若い刑務官の頭に。
「痛っ! 何するんですか!」
「何するんですかじゃない! お前こそ何してくれたんだ! このお方はヴィシャス卿だぞ!」
長い沈黙が流れた後、
「■■■■■■■■■!?⁉」
若い刑務官は顔面を蒼白させ、発音不能の訳の分からない声で叫んだ。
「ヴィシャス卿ってあの、“成功の騎士”のエリザベス・ヴィシャス卿!? 科学庁の長官で歴代最高の賢者とも名高いあの!?」
「あぁっと、エリザベスって言われるのむずがゆいから親しみを込めてリズちゃんって呼んでくんないかな?」
胡乱な見目の少女リズから無理難題が要求され、刑務官の若者は言葉に困る。
目の前のリズも“十三騎士”の一人ならば、この若者にとってはルザリアと同じ殿上人ということになる。
親しめる筈がなかった。
「いえ、そんな恐れ多い! ああ……先程はなんというご無礼を……申し訳ございません!」
「私からもお詫び申し上げます! 後で私の方からきつくしかっておきますので、どうかこの場はお許し下さい」
二人の刑務官はリズの前に跪く。
「大丈夫だってば、そんな謝んなくて。それより、そんなに申し訳なく思うならルジーのこと呼んできてくんないかな?」
「はい、直ちに!」
二人は勢いよく直立し鋭い動きで敬礼をすると、ルザリアを探しに行った。
「……なぁ、ちょっと良いか?」
雑居房の出入口付近で監視をするふりをして遠巻きにリズと同僚の二人のやり取りを見ていた男が、雑居房の中で囚人達の所持品検査をしていた男に声をかける。
「……なんだよ、こっちはまだチェックが終わってねぇんだ。後にしろ」
「こんな形骸化した検査やっても意味ねぇよ。エグリジスに外からモノ持ち込むなんて出来るワケねぇんだから」
「まぁ、それもそうだな。で、話ってのはなんだ?」
「ヴィシャス卿いるだろ?」
「ああ、さっきからお見えになってるが、別に不思議なことじゃない。彼女は我らがイシュトバーン団長の友人だし、そもそも五日前の朝礼でも来ることは伝えられてた」
「そりゃ、分かってる。俺が言いたいのはそういうことじゃねぇ」
所持品検査中の男は寝床の中に房の住人が無断で食堂から持ち出したと思われるカビの生えたパンを見つけ、
「うへぇ」
と、うんざりとした顔をしながら外にいる相棒に投げつけた。
「ちょ、汚ぇモン投げるなよ」
「ハハハハハ、悪い悪い。で、なんの話してたっけ?」
「ああ。実はさっきから気になってることがあるんだ」
「気になってること? なんだ、ヴィシャス卿のパイか?」
「それも気になるがそうじゃねぇ。あの人、棺桶引きずってるだろ? あれなんだろって思って」
「ああ、“セイヴ・ザ・クイーン”のことか」
そう言いつつ、房の中にいた男が出て来て、見張りの男に鍵を閉めさせる。
「“セイヴ・ザ・クイーン”?」
「棺桶型決戦兵装なんだそうだ。なんでも見た目、棺桶なんだがあの中にはぎっしりと魔道具やら動力源の魔法石やらが詰め込まれてるらしくてな。彼女の声を認識して鉄の杭を自動で精製、発射出来る機構になってるんだそうだ」
「ほへぇ。何言ってんだかよく分からねぇけど凄ぇ。でも、あれ、いつも持ち歩いてんの?」
「ああ。団長の話によると研究品の中でも特にお気に入りらしいからどこに行くにもぶら下げてるんだと。それがどうした?」
「いや、凄い邪魔だなと思って」
「まぁ確かに私生活しづらそうだけど……と、お前」
突然話をピタリと止めると、男は相棒の脚を小突き自分は姿勢を正す。
小突かれた側はなんだと首を傾げたが、その理由はすぐに分かり相棒に続いてすぐに姿勢を正した。
――自分達のすぐ近くを、先程の二人を伴ったルザリアが通り過ぎたのである。
「やぁ、リズ。よくぞ、ご足労いただいた。道中いかがだったか?」
ルザリアはリズの前に立つと態と仰々しい振る舞いをして首を垂れる。
「ちゃおっすおっす、ルジー! チャン僕は元気だったよぉー」
「それは良かった。では、早速案内しようか」
「おう! と、その前に……」
リズはじっとりとした視線を後ろに控えた二人の刑務官達に向ける。
ルザリアはそれに気が付き、
「ああ、そうだったね。すまないが、諸君。ここからは私一人で良い。通常の職務に戻りたまえ」
と部下の二人に申し付ける。
「はっ! 了解いたしました!
二人は敬礼し、立ち去っていく。
「……くそう。俺たちのこと邪魔者扱いして」
そして、殿上人から離れると新人刑務官は小声でぼやいた。
「まぁ、ここ来た理由考えりゃそりゃ邪魔だろ」
先輩刑務官が答えた。
「そういえば、研究に来たとか言ってましたね。何の研究ですか?」
「極道の生態と分化」
新人刑務官は途端に顔を引きつらせる。
「じゃあ、ヴィシャス卿の用があるのって……」
「おう。間違いなく十三騎士以上にしか立ち入りが出来ねぇあそこだ」
その言葉が意味するところ。
それは国家犯罪者“我堂録郎”の独房のことだった。
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