プロローグ 英雄殺し
「今日、この瞬間を以ってお前を破門とする」
整えられた口髭が印象的な黒い背広を着た中年の男が冷然と告げた時、近くの木々がごうごうと風に揺れた。
それに驚いたのか幾匹かの烏が、ぎゃあとけたたましい鳴き声を上げて青々とした葉の中から飛び出してくる。
「ああ――」
と呆けたように漏らしながら天を仰いだのは異様な風貌の青年だった。
左目に眼帯をしており、もう片方の瞳はルニカスに暮らす人々にはあまり見られない翡翠のような澄んだ緑色。長い艶やかな黒髪を後ろで束ね、極めつけは龍の皮で作られていると思わしき赤い色のジャケットを素肌の上に着ている。
そんな“悪目立ち”といった言葉が最も似つかわしい男は、そんな印象に似つかわしくない殊更に曇った表情を浮かべていた。
「一応聞いとくがよ、花形の組長さん」
眼帯の男は上体を戻し、目の前の紳士風の中年に向き直る。
「俺ァ、どうして組を抜けなきゃならねぇ?」
花形と呼ばれた男はそんなものは明白だろうと、眼帯の男の足元に目をやる。
そこにあったのは元がなんだったのかさえもはっきりしない細切れ肉の山だった。その中に混じる華美な装飾を施された金属で出来た何かの欠片が、或いはそこにあったのが何だったのかを伝えているかもしれなかったが、きっと多くの人が見ても判ずることは出来なかっただろう。
「録郎、手前ェが人、殺しちまったからだろう。しかもよりにもよってこの国一番の英雄を、だ」
肉の山の正体。
それはバラバラに引き裂かれた死体だった。
しかもただの死体ではない。
神聖国家ルニカスに於いて最優と謳われた英雄、“栄光の騎士”アウグステ・フィッツジェラルドの死体である。
「お前も知っての通り、そこの御仁は空から落ちて来た龍の群れから民草を救った英雄。皇帝からの信頼も厚かった。それを殺したことの意味が分かるか?」
眼帯の男、録郎は押し黙る。
「お前がただ一人の男だったら良い。だが、そうじゃねぇ。お前はこの花形舜英の子分。花形組若頭補佐の我堂録郎なんだ。俺や組の名前背負っている以上、お前一人がしでかしたことで起こるあらゆるものが俺や組にも降りかかってくるんだよ」
国中から愛された男を殺した報復がどれだけのものになるかなど計り知れない。
しかも、人というものは理不尽なもので個人がしたことの責任を、その人間がそこにいたというだけで、そこで何かの肩書を背負っていたというだけで、その組織にまで求めるものなのだ。
花形はさらに録郎に詰め寄る。
「事が事だけに、本家の方にも騎士達が大挙するかもしれねぇ。会長が死んで、燈影会潰れたら、お前の指だけじゃ話にならなくなるんだ!」
だから、お前には組織とは無関係の人間になっても貰う。
そうすれば組織の計略などを疑わせる余地もなく、ありふれた騎士殺しで話を終わらせることが出来る。
その為の破門――つまりは極道界からの追放処分。
花形が言わんとしていることはこういうことである。
「――分かったよ」
そう言われて理解してか、或いは花形の言葉を聞く前からその理屈を分かっていたのか、録郎は首を縦に振り、どこかに向かって歩きだした。
「だったら、さよならだ」
すれ違いざまに伝えられた言葉に、花形は顔を歪めて俯いた。
花形の後ろから聞こえてくる、かつーんかつーんという録郎の足音はどんどん小さくなっていく。
だんだんと花形は泣きそうになっていた。
そんな時、不意に足音が止んだ。
「おやっさん」
自分の名を呼ぶ愛しき子分の声に花形は振り返る。
「体、壊さないでくれよ。いつまでも、元気で」
花形は顔を両手で覆った。
目の前に映るものを今すぐにでも忘れたくなった。
何故なら理不尽に自分を切り捨てた親分に向けられた顔が、その身を気遣う言葉と共に向けられた表情が。
陽だまりのような、優しい笑顔であって良いわけがなかったのだから。
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