3 公式兄妹
諸富はどうやら、馴染みの薄い相手から直接話しかけられることや、たとえ親しくなってきた相手でも自分が話題の中心になることが、とにかく苦手なようだった。
せっかくかわいいのに、制服が野暮ったいデフォルトのスカート丈ではもったいない、と伊藤と浅野に詰め寄られたときには、おろおろ、まごまごするばかりで、完全に二人のおもちゃにされていた。
その時たまたま美術室にいたから、というだけの理由で意見を求められたオレは、強固にデフォルトの膝下を推奨しておいた。けれど、結局、膝のすぐ上の丈にしている大多数の女子たちより少し長めの、膝の真ん中くらいに落ち着いたようである。ほんの数センチのことで大騒ぎしてご苦労なことだと思ったけれど、結果を見せられると、伊藤や浅野の審美眼にも一理あると言わざるをえなかった。確かに、その丈は諸富に似合って、様になっていた。
伊藤と浅野がそうやって遠慮なく諸富を構うようになって、一年の雰囲気はぐっとよくなった。自分のからにこもりがちだった諸富が、うまく部の人間関係に馴染んで軌道に乗ったのだから、彼女を構って反応を引き出しつつ、さりげなく周囲につないでいくオレの役目は終わったと見なしてもいいはずだった。
もともと、女の子はそんなに得意じゃない。些細なことで急にわっと盛り上がったり、思いがけないことで傷ついたと怒りだしたり、謎の多い生き物だという印象が強かったので、オレは無礼にならない程度に愛想よくしつつ、一線を引いて接していた。
けれど、諸富はオレの中で、ちょっとした別格になりつつあった。
何せ、反応が面白い。
読んでいる本のことを聞けばあんなにとうとうとしゃべるのに、前髪を切ったことを指摘するととたんにあわあわと口ごもる。
そのくせ、また本を読んでいる、と思って不意打ちで声を掛けると、案外周りの話もちゃんと聞いていて、豊富な知識に裏打ちされた切れのいい受け答えをする。
予想ができないのだ。
最初のうちは、オレがからかうと、ひたすらどぎまぎしたり困り顔でどもっていたのが、声を掛け続けたせいで少し慣れたらしい。数週間すると、オレが構ったときには、ちょっとむっとした顔で少しずつ口答えもするようになった。それがまた、子猫が怒っているときみたいで、面白い。
そうやってオレがちょっかいをだす度に、浅野と伊藤が笑いながら諸富に加勢し、オレをやり込めに掛かるというのがお決まりのパターンになっていた。
「諸富、中間結果、載ってたじゃん」
六月のはじめ。その日は進路指導室前に、一学期の中間テストの総合順位三十番までの名簿が貼り出された日だった。諸富は二十七番。特進が四十人で、例年、普通科にも、気を吐いて上位に食い込んでくる面子が何人かいるので、まあまあの成績のはずだ。
諸富は、口の中で、はい、と呟くと、ぱっと持っていた本で顔を隠す。
「今日は何?」
カバーの掛かった文庫本の表紙の角に指を掛けて、ふざけて少しめくった。
タイトルだけがちらっと見えた。
『ソロモンの指環』。
聖書か神話の本だろうか。それか、ファンタジー小説。
わっと、浅野と伊藤がはやし立てる。
「あー、先輩えろっ! 女の子の本めくるなんてダメですよー!」
「んなわけあるかよ」
その本を自分の顔の前に出したのは諸富自身なんだから、冗談半分にちょっとめくったくらいで、濡れ衣である。
「そんなこと言って、本当は下心満載なんでしょ。だめだめ。薫ちゃんは天使なんだから」
浅野が腰に手を当てて凄めば、伊藤も拳を握る。
「そーそー、小木曽先輩なんかにあげませんよっ」
「あげるもあげないもないだろ。オレだってそんな気で言ってるんじゃないし」
「じゃあ、何で薫ちゃんばっかり構うんですか?」
にやにやしながら浅野が追及してくる。
「美術部の特進は貴重なの。諸富が部を辞めたらオレだけになっちゃうじゃん。それじゃ、来年の勧誘のときお前らが困るだろ。勧誘は新二年生の役割だぞ。特進からだって貪欲にスカウトしていかなきゃ、文芸部に食われるぜ」
「特進同士だから、薫ちゃんの心配してるんですか?」
伊藤はリスみたいにくりっとした目を素早く瞬かせて、わざとらしく言う。
「じゃあ、先輩は抜け駆けなしですよ。公式お兄ちゃんとしてなら、薫ちゃんに話し掛けてもいいですけど」
「だーかーら、なんで話し掛けるのに伊藤の許可が必要なんだよって。普通に世間話してるだけじゃん。そもそも、諸富はオレのことなんか、一ミリも引っ掛かってないだろ」
オレが笑いながら言うと、つられて浅野と伊藤もけらけら笑った。
「先輩、いい人だけど女嫌いのクールキャラですもんね。薫ちゃんは天使だし、双方あり得ないかー。公式兄妹ってことで決着ですかね」
「そもそも、その、諸富が天使って何なんだよ」
それでまたどっと笑って、その話は終わりになった。諸富は終始、まごまごしていたけれど、会話のテンポの速さと、自分が話題の中心になっている居心地の悪さから、口ごもってしまって結局何も言えなかったようだった。















