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地上一センチの天使  作者: 藤倉楠之


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2/15

2 引っ込み思案

 アシモフ事件以降、オレはなんとなく気になって、部活に顔を出すたびに諸富の様子を観察していた。


 内気そうで、引っ込み思案。自分からはあまり周囲に声を掛けていない。話しかけられても、消え入りそうな声で一言、二言返すくらい。それから、隙あらば本を広げている。


 同学年の子たちは、普通科ばかりだった。

 美術部は、文化祭では共同制作もあるし、夏休み中の油絵制作もあって、拘束時間が意外に長いので、勉強に重心を置く特進科生からは敬遠されがちなのだ。


 この高校では、普通科は、社会や理科の選択授業でクラス間のシャッフルがあるし、体育は男女に分けて三クラスずつ合同授業になるので、クラス間の交流も多い。そういう場面や、部活を通じて人間関係が広がり、クラスを超えてすぐ仲良くなる。


 だが、特進科はカリキュラムが全く違うので、普通科とは授業が重ならない。お互いに、近寄りがたい雰囲気になるので、オレは結構、最初に気をつかった。今では普通に接してくれる部活の男友達も、最初は、なんとなくお互いにぎこちなく、恐る恐るだったのだ。


 そういうことを全く考えていなさそうな諸富の様子を見かねて、オレは時々彼女に声を掛けるようになっていた。はじめは、一番気になっていた、本を読んでいるとき。こんなことをしていたら、私に近寄らないでください、と看板を立ててその下にうずくまっているようなものだ。


「何読んでるの」


 明るい口調に聞こえるように気をつけつつ、覗き込む。


 彼女はびっくりしたように顔をあげて、大きい瞳でオレを見返した。色白の頬にぱっと赤みが差す。


 声を掛けただけなのに、なんだか、悪いことをしたような気になる。

 でも、ここでオレが引き下がったら、本当に、諸富はアンタッチャブル扱いになってしまう。


「その本」


 オレは無神経なふりをして、指さした。


「……あの、先輩、御殿女中ってご存じですか」


「ゴテンジョチュウ?」


 お笑い芸人か何か……なわけはないだろうな、文脈的に。オレの怪訝そうな表情を読んで、諸富は続けた。


「江戸時代の、女官の役職です。将軍の奥さんたちが住んでいる、大奥でお仕えしているメイドさんたちですね」


「ああ、御殿、女中ね」


 ようやく漢字が思い当ってオレはうなずいた。


「その御殿女中をなさっていた方から、大奥の様子を聞き取って書かれたドキュメンタリーなんです。聞き役は、明治時代に活躍された江戸文化の研究家で。大奥の様子を直接見聞きした人たちの証言を書き留めた資料としてすごく貴重なインタビュー研究なんだそうです」


 SFとはまた全然違う。

 そして、これまた、内容的には受験には何の役にも立たなさそうな本である。面白そうだけれど。


 オレは一応思いついた、細い可能性に賭けて聞いてみた。


「じゃあ、明治文語文で書かれてるってこと?」


「明治文語文……」


「ほら、K大やW大の過去問では時々あるじゃん、現代文のくせに古文みたいな文体の」


「K大とかは雲の上過ぎて、知らなかったです」


 諸富はきょとんと首をかしげる。


「つまり、純粋に趣味で読んでるってこと?」


 彼女はまたふわっと頬を赤くしてうなずいた。


「面白いの」


「はい。すごいんですよ。大奥の仕組みから、いろんな役職のお仕事内容、そこでの衣装や食事のしきたり、お化粧の習慣みたいなものまで書かれているんです。愚痴やボヤキみたいに読めるところがあって、そういうのはまさに、現代のお仕事している女性と共通するような悩みだったりもして。ドラマや映画でしか見たことないような場所が、でも本当にあったんだなあ、って実感してわかる感じで」


 オレはうなずきながら聞いていたけれど、諸富の感動したポイントは半分くらいしかわからなかった。それでも、オレにも一つ分かったことがあった。


 諸富は、何を聞いても、一文か二文でしか答えない、内気全開の子だけれど、本のことを聞くと、人が変わったみたいにとうとうとしゃべる。目がきらきらして、三倍くらい元気になる。


 面白い子だな、というのが、その時の印象だった。


 ◇


 オレがちょくちょく読書中の諸富を狙ってちょっかいを出しているうちに、諸富の同学年の子たちが次第に彼女に話しかけるようになった。


 遠巻きに、結構気にして見ていたのだ。読書中に話しかけてもうっとうしがったりせず、意外に長いセンテンスもしゃべるし、にこにこした顔にもなる、ということが分かれば、女子は早い。

 しかも、かわいい女の子が大好きだと公言してはばからない、面倒見のいいおばちゃんタイプの一年生コンビ、伊藤カナエと浅野アカリは、諸富に話しかける機会を虎視眈々と狙っていたらしい。


「ねえねえ、何読んでるの?」


「ドラマ原作のあの小説は読んだ? 漫画とかも読む?」


「特進科の子ってちょっと怖いなって思っちゃってたんだけど、全然そんなことないね! 薫ちゃん、ふわーっとしてて話しやすいし、よかった! あ、薫ちゃんって呼んでいいよね? あたしのことはアカリって呼んでね」


「あ、ずるい! わたしはカナね。薫ちゃんをアカリに独り占めはさせないぞ」


 といった調子で、押せ押せで話しかけ、あっという間に、一年生女子グループに組み込んでしまった。


 ……そう、諸富はかわいいのだ。


 線がちょっと細くて、仕草も表情もふわふわしている。小柄で華奢。色白で、髪も瞳もすこし色素が薄くて茶色っぽい。まっすぐの髪の毛をゆるっと二本のみつあみにして、両側に垂らしているところは、少し表情の乏しい整った顔立ちと相まって、小さい女の子が抱えて歩くお人形のようだった。何より、あの引っ込み思案なところが、懐に入ってしまうと、おふくろ女子たちの庇護欲を搔き立てるらしい。


「薫ちゃんはあたしたちが守るぞー!」


 伊藤と浅野で、タッグを組んで、盛り上がっている。

 いや、そこまでは期待してなかったんですけども。


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本作品と双子関係の長編「天の川とアイスコーヒー」もご覧いただければ幸いです。後輩、諸富薫の側から見たお話です。

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本作品は、黒森冬炎様主催「着こなせ!制服~お仕着せ企画~」参加作品です。他の参加作品もぜひお楽しみください。

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フッタ

― 新着の感想 ―
[良い点] いたなぁ~~。カナ・アカコンビ。 こういうキャラクターは必ずクラスにワンセットは存在していましたね。(小中高、学年を問わず) 結構仕切り上手で、女子グループのリーダー格で、『うちらのシマに…
[気になる点] 薫さんが孤立してしまわないように、気を遣ってあげていたのですね。いい人じゃないですか、一先輩。 でも、薫さんからだと、対人距離が近過ぎで、自分ばかりちょっかいを出されているように見えて…
[一言] 先輩ナイスと思いきや、ちょっと違った方向に。
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