『続・青少年の憂鬱』
会議はその後も俺を無視して続けられていった。時間にしておよそ五時間。真面目で優等生な俺でもそろそろ発狂しそうだ。俺以外の変態連中は、和気藹々といた雰囲気。・・・・・・恨めしい。死ねばいいのに。
すると、やっと話がついたのか、爺が俺の方を向く。
「ちょっと待たせたね、雅樹くん」
ちょっとじゃねぇだろ、とツッコム気力も残っていない。どうやら、ここにいる世界最強のオタク達には五時間などちょっとらしい。自分の好きなことをしている間は時間の進みが早く感じるのだろう。俺としては迷惑なだけだ。
「では、発表しよう」
まるで何かの授賞式のようだ。てか発表なんてしなくていいです。
「天見雅樹どの、貴方が人として男として立派に更正したことをここに証します。―」
爺はその後も長々としゃべっていたが、俺はポカンと口を開け、呆然としていた。
「・・・・・な、何やってるんですか?」
「『青年教育委員会』会長・・・・・、ん?一体何かね?」
「いや、・・・・・何してるのかと・・・・・」
「見て分からんかね?どっからどう見ても、雅樹くんの表彰式じゃが?」
「表彰って何の・・・・・?」
爺は一体何を言ってるのか分からないという顔をする。というより、途中で邪魔されてご機嫌斜めのようだ。
「そりゃ雅樹くんがこの五年間の間で萌え男子として成長したことを祝してだよ。うん、うん、いろいろあったな、暗い独房に入れられながらも、脳内に作った妹に「おにいちゃん」と呼ばせて孤独を耐えきったあの日々・・・・・」
「・・・・・」
何か分からんが、爺の脳内ではもう五年の月日が流れているようだ。しかも萌え男子・・・・・・最悪なネーミングだ・・・・・・。しかも独房に入れられてるよ・・・・・・しかもすごい変態だし!
この爺も残り少ないなと思っていると、ここでやっと事態に気づいた役員が爺に耳打ちする。
「ふむ、ふむ、なんじゃと!?」
と爺が慌てている。
「・・・・・・少し勘違いしていたようじゃな」
「少しじゃないでしょう・・・・・・」
俺は呆れる。ボケが始まったか・・・・・・。
「なにを言うか!人間寛大でなければいかんぞ!幼女から熟女まで深く、深く愛していけるようでないとっ!」
それってただ節操ないだけだろ・・・・・。熟女は百歩譲って良いとしても、幼女はまずいだろう。
「しかし、せっかく四時間五十五分かけて作った証明証が無駄になってしまったわい・・・・・」
え!?待たされてたのってそれが理由!?話し合いってたったの五分かよ!ふざけてんのかよっ!?ふざけんなよっ!?
「まぁ、いい」
「・・・・・良くないですけど、いいです」
「では改めて雅樹くんへの指令を発表するぞ」
「し、指令ですか?」
なんとなく嫌な予感がするんですが・・・・・。こう靴ひもが両足同時に切れた上に、靴底に穴が開いてた時くらいに。
またしても重苦しい沈黙。でも分かっている。こういう雰囲気の時はだいたいろくな事にならないって事を。
「題して雅樹くんを萌え男子にしてしまおう作戦じゃ!」
「それだと萌えてるのが俺なのか、萌えられているのが俺なのか分からないんですが・・・・・」
「するどい指摘じゃ!!」
そう言うとまた会議が始まってしまった。「何がよいかの?」「雅樹萌え」「それだと雅樹くんが萌えられる立場だろ」「あ、そっか」「でも雅樹くんを受けにすれば・・・・・」「おお、萌えだ・・・・・」「これはすごい!萌える側の壁と萌えさせる側の壁を超越している!」「では我々は敬意を持って彼をこう呼ぶとしよう・・・・・」声なき声によって心が一つになる。
『萌えラ〜』と!!!
会議室に綺麗に声が重なって響く。
萌え男子と同じくらい嫌だ・・・・・。明らかに、マヨラーとかのパクリで、古い。時代遅れだ・・・・・・。
「うむ、決まったようじゃな。『萌えラー』の雅樹よ―」
「異議あり!」
机を叩いて立ち上がったのは明神さん。叩かれた机にはさっきの一撃で縦に割れていた・・・・・・。
「『萌えラー』ではありません!『萌えラ〜』です!『〜』の部分が大事なのです!間違えないでください、それは雅樹くんに対する侮辱ですっ!」
毅然と言った。周りも同意するように頷く。
「私が悪かった、許してくれ雅樹くん!」
それを受け、爺は土下座をせんばかりの勢いで俺に謝る。それはどうでもいいが、それよりも妙な二つ名をつけられた事の方が問題だ。こんな呼び名で呼ばれたら、すぐに飛び降りたくなるな、まじで。アイ・キャン・フラ〜イ・・・・・・。
「彼も許してくれるでしょう。見てください、会長、雅樹くんの嬉しそうな顔をっ!」
「おお、明神くんっ!」
二人はひしっと抱き合う。俺の引きつった表情を見て嬉しそうだなんてどんな目をしてやがる!
二人が離れると爺はまた俺に向き直る。
もうどうだっていいから早く家に帰してくれ・・・・・・。
死んだ魚の目をしている俺に、爺は唐突に告げた。
「雅樹くんには、女の子に悪戯をしてもらう」
「はい・・・・・、て、え?えええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
爺が何気なく言うから危うく頷く所だった。それ以前に、いたずら・・・・・いたずらって・・・・・・犯罪じゃないの?
爺は付け足す。
「もちろん、犯罪になるような事ではないよ。ただの悪戯と考えてもらっていい」
「・・・・・・ただの悪戯」
俺はどこか呆然とこの単語を呟く。結局は悪戯は悪戯じゃんか。
「うむ。ただのスカート捲りじゃ」
「なんだ。スカート・・・・・・捲り・・・・・・、て、えええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
さっきから俺は叫んでばかりだ。ああっ?悪いかっ?しょうがないだろうがっ!優等生にも限界はあるんだよっ!?心で叫んでみても、どうにもならなかった・・・・・・。
「スカート捲りって立派に犯罪じゃないですかっ!」
「何故じゃ?」
「何故って・・・・・」
「小学生はスカート捲りをしても別に痴漢とかセクハラにはならんぞ?」
「そりゃそうですよ。小学生は子供で俺達は大人なんですからっ!」
なにを当然のことを―
「私は子供じゃっ!」
「はい?」
「私は子供なんじゃぁぁ!!」
爺は喚き出す。その叫びには魂が込められていた。
「大体、子供と大人の境界線とはなんじゃ?それは心!心なんじゃよ!私が自分自身を子供と思っている限り私は子供なんじゃ!」
無茶苦茶な理屈だ。頭痛がしてくる。あろうことか会議室にいる人も一様に頷いている。明神さん・・・・・それでいいんですか?ただ一人、俺の味方をしてくれそうな、女性である明神さんまで納得していた。だが、ここで抵抗しないと俺は変態街道まっしぐらである。『萌えラ〜』の雅樹として警察のブラックリストに載ること間違いなしだ。そして、いずれは国際的犯罪者・・・・・・。
「そんな・・・・・・屁理屈を」
「屁理屈ではない。絶対普遍の真理!国民の総意!」
いつの間にか全国民が変態にされている。とりあえず謝っておこう。・・・・・・ごめんなさい・・・・・・。あぁ、こんなに罪悪感を抱いたのは生まれて初めてだ。
「・・・・・・」
俺にかつてない絶望感が襲いかかる。
医者に余命半年を宣告されたぐらいのショックだ。
俺の呆然とした態度をどう解釈したのか爺は笑ってやがる。楽しそうに、きっと悩みなんて一つもないのだろう。
「そうか、そうか、どうやら雅樹くんも納得してくれたようじゃな」
なんだろう・・・・・この絶望と共に沸き上がる震えるような感情は・・・・・。もう真面目とか優等生とかどうだっていい。なんたって俺の今後の未来を左右する問題だ。
「ふ、ふふ、ふ」
「笑う程嬉しいか」
会議室は微笑ましい雰囲気に包まれようとしている。
「ふざけんなー!!」
ぶち壊してやる!
「みんな死ねー!世界なんて滅んじまえー!!」
「ど、どうしたのじゃ、一体!?」
爺が仰天する。他の人も同じような反応だ。
最前列にいる眼鏡をかけた人がなんとか俺を抑えようとする。
「いけません、会長!萌えない症候群の症状が出ています!」
「それはいかん!皆の者!取り押さえるのじゃ!」
俺は数十人の変態によって取り押さえられる。
「俺は萌えない症候群なんて奇病じゃねー!」
俺の嘆きは会議室に悲しく響き渡っていた。
変態ですが、何か?
はい、もう変態だらけですねっ!
これからもどんどん変態さが増していきますっ!