Fase.1-1 Atonement for Imaginal
初めまして、アマユズキと申します。
この物語は、基本的に三話完結モノとなります。
『現在→過去→現在』で1Faseとなり、物語は展開していきます。
2030.6.21. 東京
潰れた色で濁っている雲が、世界の果てまで覆っている気がする。
先など見えぬ、重々しい雲。
手を伸ばせば届きそうだが、届かない。
だが私は今、誰よりも一番雲に近い場所にいる。
5年前の“あの事件”以降、私たちがいつものように見上げていたあの青い空は、消えてしまった。
“学園”の仲間たちや、先生たちと、笑い合って見上げたあの空。
その空も、もう見る影もない。
消えたのは、あの空だけではなかった。
あの時の幸せも、平穏も、愛も、理性も。
私の目の前から、無慈悲に消え去った。
ごぉっと風の轟音が耳をかすめる。
高度500mの高さにもなると、さすがに風が強い。その風によって、髪が無造作にかきあげられる。
この風もあの濁った雲から来ているのだと考えると、鳥肌が立ちそうだ。
「ガガッ」
「こっちは準備ができたぜ。そっちはどうだ。久々の獲物で、ヨダレ垂れちまってるんじゃねぇか?」
耳に付けた通信機から、知っている男性の声がノイズ交じりに聴こえる。
ザーッという音が奥から聞こえるが、かろうじて声は拾えているようだ。
流石にこの高度にもなると、通信はまともに出来ない、か。
「平気。それに、私がそんなケダモノじゃないこと、あなたはよく知っているでしょう」
「ちっ……おもしろくねぇな。こういう会話のノリについていかなくちゃ、世の中うまくやっていけねぇぞ?」
「……もう、うまくいっていない」
「がはは、そりゃそうか。うまくいってりゃあ、俺らみたいなのと関わり合いにもならねぇしなぁ」
がははと頭に響く笑い声。通信機越しでもうるさい。
もはや通信を切ってしまいたいところだが、任務の号令は必須のため、我慢する。
「まぁ冗談は置いといてだな、獲物の補足はもうできてるのかい? 補足次第連絡よこす手筈だったじゃねぇか」
「補足は完了してる。ただ……」
「何だよ、じゃあ早く言えよ。早く獲物を貫きてぇって、俺の愛機が嘆いてやがるんだよなぁ。早くしねぇとそこらへんの人間までやっちまいそうだ」
「あなたの愛機に意志なんてないでしょう」
あなたの愛機の飢えは、あなた自身の飢えよ。
そう言おうと思ったが、寸前で留まる。
「それに、周囲の人を巻き込んだら……分かってるわよね」
「わかってるって、本当に冗談が通じねぇなぁ」
「とにかくよぉ、そろそろおっぱじめようぜ」
「ええ」
私は嵐のような風で顔を覆った髪を手でかき上げ、呟く。
「“離動式兵装、展開”」
ギィィイイィィィン。
私の一言で、背後から気味の悪い音が聴こえ始める。
強い風音にも負けないような轟音。
昔ながらのSFの、タイムマシンで移動するときの音のような、不思議な音。
その音と同時に、身体の隅々から透明の“何か”が背後から覆いかぶさってくる。
触手のような“何か”。
透明なため、勿論のこと視認できない。
しかし、私はそれがどこにあって、どう動いているのか、自分以上に理解している。
複雑怪奇な人間である自分よりも、単純な機械の方が理解できる。
透明な“何か”の六つの触手の先端の内、二つは腕へ、二つは胸へ、二つは足へと移動する。
虫に這われるような感覚に陥りそうになるが、豪快に吹く風が私の触覚を狂わせてくれていた。
その“何か”の触手の先端は各部位で固定され、動きが止まる。
そして“何か”は渦を巻いて身体を包み込んだ。
「ヒュ~、毎回聞くたびにえっぐい音するなぁ、ソイツ。苦しくねぇのかい」
「……慣れた」
この兵装にも、この世界にも。
こんな私にも。
「ガガッ」
通信機から、再度ノイズの音がする。
「どうしました。いつも以上に声のトーンが低いですね。気圧のせいでしょうか?」
別の男性の声が聴こえてきた。丁寧な口調で訊ねてくる。
「あぁ、そういえば確かに機嫌悪そうだよなぁ。何だ、あの日か?」
「うるさい。平気」
少し語気を荒げて一蹴する。相変わらずのデリケートのなさだった。
「はぁ。レギさんはそういう冗談を控えるべきです。精神的なダメージが任務にまで影響しかねませんよ」
「うっるせぇなぁ相変わらずよぉ。硬すぎるんだよおめぇは。オリハルコンでできてんのか?」
「あなたこそ一言多すぎるんです」
「ケンカしない」
少し荒く、しかし単調に二人を制止すると、喧嘩の声はぴたりと止んだ。
これも毎回のルーティンである。どうせ静かになるのなら、最初から静かでいてくれればいいのに。
「状況を開始します」
そう言いながら、身体を前に傾ける。
一歩進んだ先は、遠く離れた地面とアリのように地を這う車たち。
落ちないように右手で背後にあるポールを掴む。
「おっ、そうだな、早くおっぱじめようぜとか言っといて無駄口叩いちまった。この陰キャメガネのせいでね」
「陰キャメガネとは誰の事を言っているんです。チームの中でもメガネは私しかいませんが」
「自覚してるじゃねぇかよ」
「状況開始」
一度注意してもまだ止まない口喧嘩をよそに、通信機の通信遮断ボタンに左手の指を置く。
こういう類の言い争いは無視に限る。
どうせ、勝手に始めたら、彼らは勝手についてくるのだ。
ポールから手を離し、身体を完全に前に倒し込む。
恐怖はない。
やがて私の頭が重力に引かれ、身体が空中に投げ出された。
「あっ、もう始めやがった! 俺らも位置に付くぞ!」
焦った声が聴こえた直後、通信が途切れる。私が切る前に勝手に切ったようだ。
空中に飛び出した私の身体は、徐々に速度を増して落ちていく。
落下時の風の抵抗を全身で受け止める。
気持ちいい。
身体の筋肉がはがれそうなほどの風圧だが、自分の身体を痛めつけているようで、心地いい。
自分を叱ってくれているようで。
自分を罰してくれているようで。
自分を、破壊してくれているようで。
自虐的な性格だ、と言われることもある。それは自覚している。
だが、私は自虐をして悦に浸っているわけではない。
むしろ、怒りの闇の深い穴が、延々と深まるだけだ。
先ほどまで遠かった地面が、一気に距離を詰めてくる。車の車種や人の顔も認知できるようになってきた。
恐怖はない。
この街で一番高いビル“EVANA跡”から飛び降りて任務を開始するのは、私のルーティンなのだ。
勿論、無駄に飛び降りているわけではない。
この兵装を有効活用するためにも必要な工程なのだ。
「……」
先ほどの彼らとの会話を思い出す。
彼らの言っていることに間違いはなかった。
私は今、身体が強張っている。
久しぶりの任務のせいではない。無論、飛び降りているからでもない。
今回の任務は、いつもの任務とはまるで違う。
いや、“私にとって”、任務の重みが違うのだ。
落下時の強い空気抵抗を身体全身で受け止めながら、身体を地面と平衡にする。
地面との距離まであと10メートルのところで、目を閉じ、ある場所を念じた。
自分を信じて。
世界を信じて。
“想像”を張り巡らせて――。
意識がほんの一瞬、弾けとんだ。
「カ、カノン……!?」
意識が弾けとんだ一瞬で、落下時の風圧の音は消えていた。
突然静かになったせいで、気分がおかしくなりそうだが、かろうじて誰かの声が聴こえる。
目を開けると、私は古びた書斎のような場所に立っていた。
落下時にイメージした通りの場所である。
窓は木の板で締め切られ、薄明かりだけが頼りになっている書斎。
机が中央に置かれ、机の上は資料で山積みになっている。
埃をかぶっていそうな本たちは本棚の容量を超えているようで、床のあちこちに積まれていた。
「お、おい……」
声の正体は、その中央の机から立ち上がった場所にいた。
身なりが少し貧相な、30手前の男性。
突然部屋の中央に姿を現した私に驚いているようだった。
ずっと机で資料を読んでいたのだろう。驚いた拍子に彼は立ち上がって、資料が床にばらまかれる。
“血の謝肉祭”、“犯罪組織SEVENS”、“アメス教”……。不穏な単語の羅列がその資料には刻まれていた。
私はその資料に一瞥し、彼の方に向き直る。
「……お久しぶりです、レイ先生」
かつての“学園”時代の、専任の講師だったレイ・ウェーバー先生。
最後に別れてから五年たつが、姿は全く変わっていなかった。
相変わらずの趣味の悪いネックレスをしている。
あの時の、先生のまま。
「なぞ急にそこに……それもイマジナルの一種なのか……?」
「はい。先生のお陰で、ここまで出来るようになりました」
私は先生の質問に、にこりと冷ややかに笑って答える。
“イマジナル”。
この世の異能力者が持つ基礎的な能力。
魔法使いも、魔術師も、変身する超能力者も……。異能という異能の根幹をなす、重要な能力だ。
頭で想像したものを、現実に実現させる能力。
想像力と自分への信頼力で、この世にないものを顕現させる力。
全てを失った私に、レイ先生が教えてくれた、私の個性。
「そうか、この五年で随分と成長してたんだな……」
話せる相手だと判断したのか、レイ先生は机に付属する椅子に腰かけ、話を続けた。
「あれからずっとどうしてたんだ? 犯罪組織に入ってるっていう嫌な噂も耳にしてるが……」
「そんなわけ、ないもんな……?」
あれから、というのは五年前の事件のことだろう。
レイ先生は恐る恐ると私に問う。彼の固唾をのむ音が聴こえる。
「……。すみません、先生」
私は一切表情を変えず、先生に謝罪する。
その私の対応のせいか、先生の表情が曇った。
「なぜ謝る……?」
「そ、そうだ、一緒に夕飯を食べないか? 先生作りすぎてしまってなぁ」
「すみません先生……」
私はゆっくりと、先生の元に近づく。
先生も、何かを察したのか、ごまかそうと作っていた笑顔をやめ、神妙な顔で椅子から立ち上がった。
真剣な眼差しで私を見つめている。
「これが、私の果たす責任なんです」
久しぶりの任務。
身体が強張るほどの、重要な任務。
“私にとって”の、命よりも重い任務。
私はこれから。
「先生を、殺します」
第一話読んで頂き、誠にありがとうございます。
関係ない話で申し訳ないのですが、最近『攻殻機動隊』を見たいなと思っていまして。
偶然見かけた『2nd GIG』のOPのRiseのOPムービーがかっこよすぎて、興味ワキワキです。
しかし今契約している動画サイトでは見れず、悶々としております……。
じゃあいっそこの悶々を糧に、自分なりの攻殻機動隊っぽい雰囲気のモノ作っちゃうか~と思って作り始めました。
更新頻度にばらつきがあるかもしれませんが、これからもよろしくお願いいたします。
誤字脱字・感想・指摘がありましたら、遠慮なくコメントください。




