れもん。
21歳、東京の大学生。そんな僕は、今日大きな嘘を吐いた。
「他に好きな人が出来たんだ。別れよう」
それを聞いた時の彼女の顔が脳裏に浮かび、なかなか寝付けない。ただひたすらに静かな部屋に、カチカチと秒針だけが鳴り響く。
こうも胸が締め付けられる秒針の音を、僕は生まれて初めて聞いた事だろう。まるで、心臓に取り付けられた時限爆弾のようだ。
そんなこんなで夜は明け、結局眠れることは無く朝を迎えた。
携帯の電源は切れている。どうやら充電を忘れていたようだ。
僕はベッドのそばにある充電器を挿し、暫くしてから電源をつけた。
画面には、86件のLINEと20件の不在着信。全部、彼女からだ。
「ブー、ブー、ブー」
どうやら、21件目の着信のようだ。通話をしたい気持ちをこらえ、僕はそっと携帯の電源を消した。
「はぁぁぁぁぁ……」
大きなため息が漏れる。こんな事なら、何も別れる必要は無かっただろうと。恐らく傍から見ていれば思われてしまうだろうか。
いや、間違いない。僕自身が僕に感じているのだから、他人からすればより強く感じるだろう。
重い腰を上げベッドから離れると、その足で冷蔵庫に向かった。
冷蔵庫の電気が眩しい。部屋はカーテンが閉め切りで、とても薄暗い。
僕はスト缶を1本取りだした。
「ほんとクズだなぁ……僕は」
自分自身に嘲笑し、かわいた喉にアルコールを流し込んだ。
「うま……」
こんな時でも、やっぱり酒は美味しい。
本当にクズで、本当に心が弱い。
ガラスのハートなんてものじゃない。これはもう、シャボン玉だ。触ったらすぐ弾ける、耐久力とは無縁の存在。
心も弱ければ酒も弱い僕は、一気に流し込んだアルコールで簡単に酔っ払い、そのままベッドへ逆戻りとなった。
今日は講義がなくてよかった。ぐっすり眠れそうだ。初めから、酒に頼っていればよかったなぁ……。
その日、僕は夢を見た。
大学を卒業して、今日別れたはずの彼女と結婚している夢を。
彼女のお腹は大きくて、僕も彼女もまるで太陽のように大きく暖かい。
でも、どこか遠い意識の中で、これは夢だと理解している。終わって欲しくない。終わらないで欲しい。
「カチ……カチ……カチ……」
聞き覚えのある音。一定のリズムで鳴り響く、静かで気味の悪い音。
はっと、急に意識は覚醒する。
「今から寝たら戻れるかな……」
もう一度目を瞑るが、1度覚めた目はもう塞がらない。
「バカか僕は……」
カーテンを開けると、外は真っ暗。何十時間寝ていたのか分からない。朝から夜まで、ずっと寝ていた。何かの病気じゃなかろうかと、少し疑いたくなる。
充電はとっくに終わっている携帯の電源をつけると、着信履歴はさらに増え、そろそろ100件を迎えようとしていた。
LINEの通知は、もう1000件を超えている。
最後のメッセージには「さようなら」と一言。
本当に終わったんだという悲しさと、やっと解放されたという安堵と、別れを告げた後悔と。
このぐちゃぐちゃに混ぜられた感情はなんなのだろうか。誰か僕の心を代弁してはくれないか。
僕は心の中で、満月に叫んだ。