嵐の始まり
僕が何故か過去に戻ってから3週間が経った。といってもこれが現実で夢じゃなければの話だが。
今まで何度も夢じゃないのかと、目を覚ます度18歳の自分に戻っていないかと確認しているが、結局元に戻らず今もこうして過去を生きている。正直なところ、2週間が過ぎた頃には夢だろうと、夢じゃなかろうと僕は家族を守ってやると、深く考えることを辞めた。
僕はあの日からコツコツと魔法の練習をしている。その実、大人たちにバレないように遊びに行くと言って、こそこそと庭の端で石を浮かせたり木の棒を燃やしたりして練習をしている。
最初のうちは魔力の使い方を体に覚えさせ、完璧に魔力を把握できるようになったら、それなりに大きい魔法の練習をしようと考えている。本来は、専門家なら見てもらわないといけないものだが、前回も少しは使えるようにしていたので大体のコツは知っている。
しかし、強力な魔法を使った事があるのは、あの事件の無意識に放った時だけ。要は、ほぼ分からないという事だ。現在練習に使用している浮遊やちょっとの燃焼などは簡単に出来るが、強いものは些か難易度が高い上危険なので練習したくても出来ない。それに、強い魔法を使えば直ぐに私兵達が駆けつけ、大騒ぎになる事は目に見えている。だから、迂闊に大きな魔法は使えないのだ。
そして、今現在僕は魔法の練習をしている。と言うのは嘘では無いが、本当のところ今さっき転んだ時に手足出来た擦り傷を治癒で治しているだけである。証拠隠滅だ。高熱を出して記憶障害になったと思われているので、家族がとても過保護になってしまったのだ。数日前、少しの擦り傷で半泣きになられたので、今回泣かれるのは避けたい。そう思いながら転んで出来た傷を癒やしていく。
最後に手の擦り傷を癒そうと術を展開した時、木が揺れるガサガサという音が聞こえ、その直後、遠くから誰か知らない人達の話し声が聞こえた。
「今回の仕事は侯爵家の坊ちゃんか。侯爵家の人間はこの世のモノとは思えないほどキレイだとかいうじゃねえか。あの美への執着心の塊みたいな旦那が望むんだ。どれ程美しいのか見ものだな!」
1人の男がそう言った。侯爵家と言う事は、バーリントンの話をしているらしい。
「そうですね。あの侯爵のご子息。あぁ、想像するだけで胸がいっぱいになりそうですよ。フフッ」
話をしている間に話し声はだんだん大きくなっていき、遂には姿が見えるまで近づいた。
「うえぇっ、気色悪いこと言うんじゃねぇ。大体、あの旦那どんなけ子供を集めれば気が済まんだよ。そろそろ兵団もお前の気配を無くす術に気付く頃じゃねぇか?」
子供を集めるとは、子供達を誘拐をして回っているという事だろうか。それに、侯爵家子息という事は狙いは僕かお兄様たち。だけど、お兄様たちは誘拐されるような年齢じゃ無いし、大体寄宿学校へ行っているから居ない。そうなると、狙いは僕という事になる。
それに、今の会話で、どうして私兵たちにバレず敷地内に侵入できたか分かった。しかし、何故僕には効かない?そう思考を巡らせながら、僕は彼らに見つからないように木陰に身を潜めた。
「まぁ、君の言うことも一理ありますね。それに、この術は僕より魔力が高いものには効きませんしね」
納得だ。侵入者は僕より魔力が低いんだ。僕よりも魔力が劣っている様な奴らなら、私兵に頼らずとも僕だけで相手出来るんじゃないか?そう思ったが、相手は2人。まだまだ練習中の魔法では侵入者にどれだけ対抗できるか分からない。それに、僕が倒して仕舞えば不審がられる。
なら、あいつが出来るなら僕も出来るはずだから、気配消しをして直ぐに私兵達に伝えた方がいいだろうか?でも、それをすると、私兵が奴らを捕まえて、尋問して、情報を引き出してから、兵団に通報して、誘拐された子供達を助けに行くことになる。
それでは些か時間がかかり過ぎる。それに、僕はその子供達の気持ちがよく分かる。きっと、気が狂いそうな程の恐怖で怯えてるはずだ。今直ぐにでも助けてあげたい。もう大丈夫だよって言ってあげたい。でも、今の僕に助ける事が出来るだろうか?そう葛藤している間に侵入者は、僕がさっきまでいた場所の直ぐ近くまでたどり着いていた。
「じゃあ、さっさと誘拐してとんずらするぞ!」
そう言うと、奴らはズカズカと庭に侵入して来た。
僕の気持ちは、子供達を早く助けたいという方に傾いていた。どうすれば最速で子供達を助ける事ができる?そう考えた時、僕にはある案がパッと浮かんだ。決めたら即行動。僕は、先程いた場所で遊んでいるフリをし始めた。
「こっちがうさぎさんで、こっちがくまさん!くふふっ、お父様に見せたら褒めてくれるかなぁ?」
僕は、遊んでいる無邪気な子供を装う為、魔法練習に使用していた枝を持って絵を描くフリをした。正直、子供のお絵描きなんてぐちゃぐちゃで何か分かったものでは無いから、てきとうな円を描いて絵を描いていればバレないだろうと思い、雑な円を書く。
奴らは、僕がいる事に気づいた様で、息を潜めながら僕のに近づき、背後から襲って来た。
「暴れんじゃねぇぞ」
男は僕の口元を抑え、大声出せなくされた。勿論、口を押さえられるのは想定内なので、気にすることもなく、必死に逃げようとするフリをしながら、僕は奴らに気付かれないように元から引きちぎっておいた服のボタンを地面に投げつけた。
「んー!んー!」
これできっと、僕が誘拐された事は屋敷にいる誰かには必ず伝わるだろう。そう思いながら、僕は無抵抗で大人しく誘拐される事にした。