やり直し開始
「うわぁぁぁぁ!」
僕は痛みを感じ、大きな叫び声を出した。息を荒く乱しながらそっと腕を確認するとなくなっているはずの腕はまだ自分の身体に付いていた。
「う、腕があるだとっ!」
驚き、慌てて周りを確認すると、僕はそこでやっと先程いたオークション会場ではない場所にいる事を知った。
白く清潔なシーツに、見覚えのある寝台。ここは、まるで幼き日を過ごした、10年前燃えて灰となった屋敷の自分の部屋だった。
何故僕は邸の自分の部屋にいるのか。この部屋は10年前のあの日灰となったではないか。そう自問自答する。しかし、答えなんて出るはずもなく、何故自分がこんな場所にいるのか全く解ったものではない。
きっとこれは夢を見てるのだ。そう、夢。
腕を失くし、気を失い、己の精神を保つために脳が起こした錯覚なのだと。これは僕が幸せだった時の記憶なのだろう。
よく見なくても、消えたはずの己の腕は身体に付いているし、身体は小さく、子供のそれになっていた。体が縮んでしまったからだろか、そこまで大きくもない寝台が大きく感じる。そう1人で思案していると、ドタバタと大きな足音が聞こえてきた。徐々に近づいていると感じ、扉の方に目を向けると、バンッと大きな音を立てて扉が開いた。
そして、ダークグレーの髪に、新緑を思わせる優しい色の瞳の男性と、残雪のように白いプラチナブロンドの髪に、波の音だけがただ聞こえてくる夜の海のように深い碧の瞳を持つ女性が入ってきた。
この2人は言わずもがな、僕の父と母だ。そして、2人とも僕の記憶よりやや若く見える。
「こ、これはどう言う…」
1人でぼやいていると、お父様とお母様は僕の元へ駆け寄ってきて、矢継ぎに話しかけてきた。
「エール、体は大丈夫か?怠さはないか?私が誰か分かるかい?」
「ああ、愛しのエール。こんなやつれてしまって、お腹は空いたない?どこか不調はないわね?」
2人の言葉を唖然と聞き流し、僕は脳内パニックを起こしていた。夢とは思えない両親の温もり。2人が触れた場所がほのかに温かい。これは、本当に夢なのか?もしかして、今までの出来事の方が夢だったのでは?
2人の温もりは僕の思考をバカにさせる。今までの出来事が夢だったなんてありえない。だって、こんなにもちゃんと記憶しているのだから。あの日からずっと悔やんでいたではないか。
じゃあ、夢ではないのならなんなんだ?
見上げれば、お父様の新緑の瞳と目が合った。
「お、お父様、お母様…」
掠れて殆ど聞き取れないような声で呟いたその言葉は、しっかりと2人に届いていたようだった。
___ガバッ
2人は僕を優しくも、強く抱きしめた。
2人の温もりが全身に広がっていく。この温もりは偽物なんかではないと訴えるかのように。
「やっと、返事をしてくれた。目が覚めてよかった。昨日まで生きた心地がしなかったよ」
「よかった、よかった、グスッ」
この2人は本物だ。偽物なんかじゃない。何故か根拠もないのはそう思ってしまうのは何故だろうか。
ああ、両親が生きている。まだ、温もりがある。そう思っていると、頬に何かが伝った。
僕は、あの時のように、陶器のように冷たくなっていないか確認する様に強く抱きつき返した。
ひとしきり泣くと、心が落ち着いてきた。お父様は僕の涙を拭き取ると家令を呼び出した。
「エールに食べられそうな食事を用意してくれ。あと、2人にもエールが起きたことを伝えておいてくれ」
そうお父様が言うと、家令は頭を下げてまた部屋を出て行った。2人というのは、あの日両親と共に死んだはずの兄と姉の事だろう。
僕は、食事が来る前にとりあえず状況整理をする事にした。
まず浮かんだのは、自分は今何歳くらいなのだろうか?というものだった。確かめるべく、ベッドを降りて鏡が置いてある机の前までヨロヨロと歩いて行った。お父様とお母様はヨロヨロと歩く僕を不安げな瞳で見ていたが、お構いなしに鏡は向かった。
そこに映っていたのは、真っ白な髪に深い蒼い瞳をした痩せ細った6歳くらいの少年だった。一瞬自分では無いのではと錯覚を起こしかけたが、顔自体は自分そのものだったので、自分だと理解することができた。
「…か、髪が白い。白い」
僕は鏡をガン見しながら無意識に言った。すると、両親が慌てて僕の頭を撫でながら大丈夫と何度も言った。
「そうよね、急にお父様と同じダークグレーの髪が真っ白になってたら驚くわよね。私たちの配慮が足りなかったわ。あのね、エール、その髪はお医者様が言うには高熱の後遺症なんですって。だから、もうエールには真っ白な髪しか生えてこないの。髪の毛の色が変わってもエールは私たちのかわいい子供だと言う事は変わらないわ!だから、大丈夫。安心して」
お母様はそう涙声で僕に言い聞かせた。
唖然だった。以前は、こんな事なかったからだ。18歳のあの日まで僕はお父様譲りのストレートのダークグレーの髪だったから。これは、過去に遡った代償なのか?これが代償なのだとしたら安いものだ。これから先両親や兄姉の命を救うことが出来るのなら。そう思った。代償が、大好きなお父様とお揃いだと喜んでいたダークグレーの髪が無くなる事だとしても。僕はそう思わざるを得なかった。
そして、真っ白に変わってしまった髪に誓った。絶対家族を救ってみせると。
もしも「続きが気になる」「面白かった」などと思って頂けましたら、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。
これとは別に『死に損ないの王子様〜僕はただの従者です!〜』も連載してるので、そちらの方もどうぞよろしくお願いします!