この世は残酷で出来ている
少し長めです。
目を覚ますと、そこは冷たく汚い檻の中だった。檻には布がかけてあるらしく外の様子を確認することはできず、着ていた服は全て剥ぎ取られ、僕は汚らしいボロボロの布を身に纏ってい、左足では鎖が嵌められ檻からは決して逃げられないようになっていた。
ここは何処なのか、自分はどうなってしまうのか、家族はどうなった?1人暗い檻の中にいると考えがどんどん悪い方は偏っていく。独りぼっちで、心細い。8歳の僕には気が狂うような時間だった。
時折、布の隙間から僕を監視する目が怖かった。その目が僕を監視していることを知っているけど、知らないふりをしてやり過ごしたんだ。
檻の中で起きてからどれくらい経ったのか分からなかったけど、感覚的に大体2、3日は経っただろうというくらいの時だった。革靴の様なコツコツという音が檻に近づいて来たのだ。僕は、また布の隙間から目を覗かせるのかと思い、俯き左足についた鎖を見ていた。しかし、布の隙間からは目は見えず、やって来た大人は僕が入れられている檻を動かし出したのだ。
大人は2人いた様で、呑気に会話をし始めた。
「あの美貌で有名なバーリントン侯爵の子息かぁ、すっげ〜高値で売れるんだろうなぁ。ましてや、侯爵は死んだから、あの血を受け継ぐ最後の1人なんてフレーズで売ったらきっと俺が一生働かなくても遊んで暮らせるくらいの金になるんだろうな」
1人の男が呆れた様な口調で言った。
「そうだな。ご主人様は本当に金儲けが得意なこった!まさかパーティーに乗じて、あの警備が堅いって有名な侯爵家に押し入って、侯爵殺してその子供連れてくるなんてやる事がえげつねぇよな」
僕はもう1人の男の言葉に目を見張った。正直今の精神年齢でこの話を聞けば計画的犯行だった事に目を見張るのだろうが、あの頃の僕はまだ幼くて、無垢で、何も知らない愚かな子供だったから男の『侯爵殺して』の部分しか耳に入ってこなかった。
8歳の、それも高位貴族としてチヤホヤされて育った子供の僕には受け入れる事ができなかったのだ。父が死んだことも、僕しか生き残っていない事も。
僕はどこかへ向かっている檻の中で、枯れてもう出る事のない涙を浮かべていた。
だいぶ長い事移動してきたと気づいたときだった。いきなり檻は止まり、急に視界が明るくなったのだ。
やっと目が明るさに慣れ、焦点が合ってきた時に見えたのは、ついさっきまで被せられていた布ではなく仮面を被った人たちだった。恐怖で震え上がる僕には、実際30人くらい居た人が100人くらいに見え、さらに恐怖を増長させた。
僕が恐怖に打ちのめされる中始まったオークション。
『先日亡くなったあのバーリントン侯爵の忘れ形見の彼が今回のオークションの目玉で御座います!ストレートの癖のないダークグレーの髪。そして、海より深い碧い瞳は。まさにバーリントン侯爵を彷彿とさせます!今は亡きバーリントン侯爵な美貌を受け継ぐ最後の1人!今回の商品は体の一部での販売はしません。一体をご購入下さい!スタート値は1億ライです。それではスタート!』
何を言ってるのか分からなかった。ただ人々が僕を見ながら値段を付けているのは分かった。最初は1億、次に1億1千万。どんどん値段は上がって行き3億ライになった時だった。
「そんな金持ってるわけないだろ!」
1人の男が立ち上がり、声を荒げて叫んだ。そして、僕の入っている檻まで飛んできて、鍵を開き僕を無理矢理檻から出そうとした。今思えば、ただ金が足りないことに苛立って無理矢理僕を連れ去ろうととまったのだろう。だが、恐怖で震え上がっていた僕はそんな事は分からず、ただ逃げようとしたその瞬間男はより怒り僕に掴みかかってきた。
バンッ
音を立てて倒れたのは男の方だった。男は頭から血を流し、呻き声を上げた。
「ば、化け物!」
これを言ったのは誰だったのだろうか、僕には分からなかったが、その言葉が自分に向けられていることだけは理解できた。もう今更だが、僕は決して化け物なんかじゃない。ただ人より魔力が高いだけだ。この時は自己防衛で咄嗟に魔法が発動したのだが、咄嗟な事だったため威力を抑える事が出来ず、気が付いた時にはオークション会場は火の海だった。
肉が灼ける匂い、耳を塞ぎたくなる様な悲鳴。まるで断末魔の叫び声を聴いているようだった。
気分は最悪だった。でも、その理由は肉が灼ける肉でも、耳を塞ぎたくなるような悲鳴でもなかった。自分の創り出した火の海が数日前の惨状を僕の頭に蘇らせたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
どんどん荒くなる呼吸。次第に呼吸音はヒューヒューに変わっていった。そして、どんどん減っていく酸素。呼吸をするのが苦しくなって行き、僕はそのまま倒れてしまった。
その後、僕は火災が発生したという通報を受けて出動した王国軍の人に保護された。そして、8歳にしてバーリントン家の当主となった。最初のうちは領地を収めるのは大変だった。領民も流石に幼い子供に任せるのは無理だと思ったのだろう。多くの批判が殺到した。僕は領民のために、自分のために勉強を死ぬ物狂いでした。その甲斐あって、10歳になる頃には領民にも、近隣の領主に、領主として認めてもらえる事が出来た。それから8年、僕は領主として精一杯努めてきた。
今年も王誕祭についての会議が開かれるという事で僕は王都に訪れていた。従者を連れて街を歩いていた時だった。あのとき一瞬でも従者とはぐれてしまったのがいけなかったんだ。きっと、なかったら僕はまたこうやって拘束されてはいなかっただろう。
王誕祭が近いという事で賑わった街中で、僕が人とぶつかってしまったばっかりに従者とはぐれ、路地裏に引き摺り込まれ気絶させられ、今こうやって拘束されているのだ。
そしてまた、あの時と同じ様に左足に鎖が付いている。
でも、違った事が1つ。今回はバラ売りで売られるらしい。さっきからひそひそと『私は勿論顔が』とか『あの綺麗な指が欲しい』なんて吐き気がする様な話し声が聞こえてくる。
あぁ、なんて世界は残酷なんだろうか。
そんなことを考えている束の間、僕はあの時と同じように仮面で顔を隠した人たちの前に引っ張られ、跪かされた。
『では、腕から』
そう言ってサーカスのピエロのような仮面をしたオークションの開催者が腰にある剣を抜いた。
剣は蝋燭の光を反射させながら高く持ち上げられた。そして、次の瞬間僕の腕に向かって振り下ろされた。
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