不幸の始まり
始まりは10年前。
その日は王誕祭の前夜祭で街は賑わい、活気付いていた。
煌びやかな装飾で着飾った街には沢山の人で溢れかえり、人々は屋台を周り楽しむ。そこらかしこで大人たちが酒を飲み騒ぎ立て、踊り狂う。
勿論、年に一度の祭典を喜ばない者はいるわけもなく、誰しもが笑顔になれるそんな日の出来事。
その日は王誕祭の前夜祭ということで、バーリントン家は毎年恒例のパーティーを開き、お客様をもてなしていた。
「エール〜!」
そう僕の名前呼びながら僕に抱きついてきたのは、シャンデリアの光を反射する金の髪、最近流行りの誕生花を摸したレースをふんだんに使った可愛らしいパステルカラーのドレスを身に纏った可愛らしい僕の婚約者であるニーアム・ポーレット公爵令嬢だ。
「わっ、急に抱きついてきたら危ないよ?」
同じくらいの背丈の彼女を精一杯の力で受け止め、慌てた事を顔に出さないように必死に笑う。
「ふふっ、だってエールに会えて嬉しかったんですもの!」
彼女は花が咲いたかのような笑顔を僕に向ける。
「そ、そっか!…さ、お父様とお母様の所へ行こう」
「うん!」
そう、いつもと何も変わらない婚約者とのやり取り。変わる事のないと思っていた幸せな日常の一コマ。
そして、事件が起こったのは、その日の夜のことだった。
パーティーはとっくにお開きになっており、客人は皆帰り、使用人はパーティーの後始末に追われていた。そんな中、僕は家令に言われた通り自室で、夕食に呼ばれるのを待っていた。しかし、その日はパーティーがあった為疲れていた僕は夕食の待ち時間に眠りに落ちてしまった。
目が覚めた時、窓の外に見える空は闇に包まれていた。外の暗さを見て僕は驚き、慌てて時計を確認した。時計の針はいつも夕食に呼ばれる時間の2時間後を指していた。
いつもなら夕食の時間になると、家令や使用人の誰かが起こしてくれていた。だから、僕は不思議に思って様子を見に行くことした。
自室で寝てしまう前は使用人が動き回り騒がしかった廊下は嘘のように静まり返り、人の気配がしない。僕は不安になって小声で家令や使用人、家族の名を呼びながら足を食堂へ向かわせた。
自室から少し進み、階段を降りようとした時だった。下の階から熱風が伝わって来たのだ。おかしいと思った。その時の季節は冬だったこと。そして、この屋敷はそれぞれの部屋に暖炉があるため廊下が暖かいと感じた事がなかったからだ。10年前の幼い僕にはこれがどう言う事態だったのかは直ぐには理解できなかった。出来たとしても、何か出来たかといえばそうでもないが、もっと早く気がついていれば、もっと早く起きていれば、そもそもあの時寝ていなければ、僕はこんなに不幸にならなくて良かったのかもしれない。
僕は階段を降りきると、目的地である食堂の方を目指し再び歩き始めた。
食堂への道のりの途中、僕はやっとあの熱の正体を理解した。西側に繋がる廊下が燃えて、火の海と化していたのだ。僕は慌てて父の書斎を目指して走った。無我夢中で走った。書斎に着くと、いつも厳重な鍵で閉まっている扉は全開になっていた。しかし、人の気配はしない。僕は恐る恐る部屋の中覗いた。そこには抱き合うように倒れている父と母。
「お、お父様?お母様?返事を、して下さい!」
大声で父と母を呼び、肩を揺らしても、父と母は反応せず、ただ2人抱き合ったままだった。西側の廊下の火が父の書斎まで回ってしまったのか、書斎に光が差した。そこで目にしたものは、血溜まり。薄暗く見えなかった父と母の体は火の光により鮮明に僕の目に写した。赤黒い血。そして、父と母の腹に刺さったナイフ。
ガタンッ
父と母が倒れている事に気を取られ気がつかなかった。音がした方を咄嗟に見やると、そこにはナイフを持った大男が立っていた。
僕は両親が死んでいた事でパニックに陥り、ナイフを持った男に怯えてその場で身動きができなくなった。その時何を思っていただろうか。多分頭の中は真っ白で、体の震えによって自分の身の危険を察知していたんだろう。無言でナイフの刃先をこっちに向けながら近寄ってくる男。
僕はただ助けが呼びたくて、誰かに助けて貰いたくて、無意識的に走り出した。
「だ、誰か!誰か助けて!」
炎で燃え盛る屋敷の中を叫びながら走った。無我夢中で走った。本能的な防衛機能なのだろうか、僕は無意識に火がまだあまり回っていない南側の廊下は走っていった。南側は使用人達の部屋があった。南側に行けば誰か使用人が助けてくれるかもしれない。そう思ったのだ。今思えばその考えは何て浅はかなのだろうか。使用人が居たのなら既に僕は助け出されていた筈だ。
南側の廊下に着いた僕の目に写ったものは、沢山の使用人が倒れて生き絶えているという地獄のような景色だった。
「アリス?フローラ?ジャン?ケビン?」
倒れている使用人に声をかけた。勿論、返事なんてあるわけが無かった。そして僕はそこに立ち尽くした。8歳の僕に為す術なんてあるはずもなく。
そして、僕は気がついた時にはナイフを持った男に気絶させられていた。
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