表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/30

トドメだイケメン化計画『ロマン編①』

 




 王子様と言えば。

 容姿端麗。文武両道。悪を挫き正義を貫く。聖剣を携え、いざとなれば身を挺してまもってくれる――のは、少々勇者が混じっているかもしれないけど。


 ともあれ、実は『剣の腕が立つ』なんてステータスがあれば、その魅力が格段にアップすること違いない。


「エドワード様は、剣術とか嗜んでいないのですか?」

「……エド」

「エドは! 剣は不得手なんですか⁉」

「け、剣?」


 さすがは王子というべきか、こんな不毛なやり取りを挟みながらも、きちんとナイフとフォークを置いてから声を発するエドワード様……もとい、エド。


 ちなみに、今日の朝食メニューはホワイトオムレツとほうれん草の白和え。主食に全粉粒のパン。それにヨーグルトと果物という甘味付き。


 この世界に白和えなんてとビックリしたものの、なんと新米シェフの意欲作がたまたま王子の目に止まり、採用されたとのこと――王子が私のリクエストを厨房に頼みに行った際に、ショウが上手く売り込んだらしい。ショウを採用したのもこのエドらしいし、よくわからない所で繋がりがあるものである。


 そんな白和えは洋風にアレンジしてあり、他の品とも調和性が高い。それをウマウマと咀嚼してから、王子の問いに答えた。


「そんな深い意味はないのですが……いざという時に颯爽と戦える王子様とか、カッコいいかなぁと思いまして」

「そ……それも『いけめん』の条件ってこと?」


 王子の話し方は、あの小っ恥ずかしい発声練習の成果もあって、だいぶマシになってきた。なので早々に止めさせようとしたものの『でもまだ訓練始めて一月も経ってないし。またすぐに戻っちゃうかも』と自信なさげに言われたら、ぐうの音も出ない。今朝も散々愛を叫び合ってきた所だ。


「そうですね。まぁ、出来ればですけど」

「そうか……」


 王子は物音ひとつ立てずに、立派なグラスに入った水を飲む。そして私に向かってニッコリと微笑んだ。


「わかった。リイナが言うなら僕、頑張るよ!」

「嬉しい! 期待してますね」


 私がそう笑い返してからオムレツを食べようとした時、皿とナイフがカチッと音を鳴らす。すると、給仕の人がクスッと笑い――王子が大きな咳払いをした。


「リイナ。明日からは始めから切り分けたものを提供させようか。君の小さな口じゃ、食べにくかったよね?」

「あ、その……」


 今更の話だが……貴族社会ではマナーが厳しい。食べ方のみならず、水の飲み方ひとつでさえ、物音を立てないように、そして優美に見えるような仕草が当然のごとく求められる。そして正直、前世の大半をベッドの上で過ごした私に、そんなマナーが身についているわけではなく。


 うぅ……見様見真似で、私なりに綺麗に食べようとしているのだけど……こんなんじゃ聖女失格どころか、令嬢としても落第だ。


 気恥ずかしさと誤魔化し方にまごついていると、エドが「大丈夫だよ」といつになく優しい笑みを浮かべていた。


「リイナは病み上がりだからね。多少ふらついても仕方ないよ。でも無理はしないでね。言ってくれれば、僕はなんでもしてあげるから」


 エドワード様。ごめんなさい。もう『リイナ』になってから二ヶ月近く経ちました。私はどこも……具合悪い所がありません。





 この王子、体型の割に行動が早いのが長所である。

 だから早速朝食の後から、剣の訓練をすべく兵士の訓練に参加することにしたらしい。


 なので私も屋敷に帰る前に(どのみち入浴の付添いがあるから、運動が終わるまで帰れないのだが)、見学させてもらったところ。


「てやああああああああああ!」


 発声練習の甲斐あって、たかが素振りでも威勢だけはいっちょ前だ。


 ただし肝心の剣はすっぽ抜けて、明後日の方向に飛んで行ったけれど。


「あれ?」


 王子は目を白黒させながら、何も握っていない手をグーパーさせた。


「ねぇ、リイナ。僕の剣はいつの間に透明になったのかな?」

「……ものすごい魔法ですね」


 こんなやり取り、もう三回目である。

 周りの兵士さんたちも相手が王子だからさ、白々しい笑みを浮かべることしか出来ず。


 私はこっそりため息を吐いて、「リイナに褒められちゃった」と浮かれているエドに切り出した。


「エド。今日はここで家に帰らせていただいても宜しいでしょうか?」

「え? 大丈夫? 具合悪い? 医務官呼ぶ?」

「いえ……少々疲れただけですから」


 ワタワタと心配しているエドを何とか宥めて、


「では、エドはこのまま訓練、頑張ってくださいね」


 と、私はエドの不安そうな視線に突き刺されつつ、その場を後にしたのだ。





 王子に対して物言える相手は、なかなかいない。

 王子に注意したくても、基本的に誰も出来ない。


 だから、そんな裸の王様であるエドワード王子に、お友達を作ってあげよう大作戦!


 ほら、よくあるじゃない? 女の子が男装して、王子様の友達になっちゃうやつ。大抵は身分とかの垣根を越えて、お互い気を許せるようになって、注意したり、悩みを聞いちゃう的な。


「――ていうわけで、服を貸して下さい!」

「やなこった」


 厨房裏でいつも芋の皮を剥いているショウを捕まえ、熱弁すること数十分。

 私の努力は、あっさりと打ち砕かれた。


「え、ショウさん薄情!」

「むしろ気遣いに感謝してもらいたいくらいだ」


 呆れ顔で言うショウは、芋を剥く手を止めた。


「なに? 王子の婚約者が城の中を小姓のフリでもして歩き回るの? それ、バレたらどうなると思う?」

「えーと……怒られるとか?」

「きみが勝手に叱られたり泣いたりするのは、自業自得だからいいんだけどさぁ」


 あ、この人。結構手厳しいぞ。こんな塩顔おれ無害だよって顔しておいて、かなり口が立つしシビアな性格の人だぞ多分。


「エドワード王子の評判が落ちるかも、とか考えないのか?」

「エドの? エドは何も悪いことしてないのに?」


 そう。男装するのも、友達のフリをするのも、私の独断。決して彼に頼まれたからではない――というか、彼に頼まれたことなんて、呼び方くらいしかないのだが。


 それなのに、ショウはため息を吐いてしまう。


「きみ、前世でどんな生活してたんだ? 当たり前だろう。きみは王子の婚約者として、この城の出入りが許されているんだから。きみが何か問題起こしたら、宰相のお父さんと王子の責任になるんだぞ」


 そう言われたら、私は「むむむ」と押し黙るしかない。

 エドはもとより、お父様にだって良くしてもらっているのだ。迷惑をかけたいわけではない。


 でも――――と、私が俯いていると、「仕方ないな」とショウが革袋の中から何かを差し出してくる。


「ほら、これでも食べて元気だせ」

「こ、ここ……これは……⁉」


 どこぞの白豚王子じゃないが、思わず吃ってしまう。


 とても薄い揚げ物だった。噛めばサクッと鳴るに違いないほどの薄さと軽さ。キラキラ輝く白い粒は、多分塩。おまけに点々と緑の粉末がまぶしてあるそれは――――


「ポ、ポテチ……」

「ふっ、しかも青のり味風味さ」


 ポテトチップス。ジャンクフードを嗜む人であれば尚更、なかなか食べれない事情がある人からしてみれば至福のご馳走。かつて私も、同世代の子供たちが食べている姿を見ては、何度親にねだったことだろうか。食事制限のために、私は何度涙を呑んだことだろう。


「伊達にいつも芋を剥いていると思うなよ。まぁ、芋に粘り気があるからか思ったような軽さが出てないし、青のりも香草の粉末で代用してみたからまんまとは言えないが、これから試行錯誤を重ねて……て、聞いてるか?」


 もうそれどころはない。よだれをズズッと啜ってしまうが、今日だけは許してほしい。だって、ポテチなのだ。


 前世で腹いっぱい死ぬほど食べてみたいと思っていた神の食べ物を、まさか中世ヨーロッパ風の異世界で食べれるなんて、夢にも思わないじゃない?


 あぁ、神様ありがとう。私異世界転生してまで、生きててよかった。


「あぁ……もうそんな目をキラキラさせて。やるから。そんな餌を目の前にした犬みたいにハァハァしなくてもやるから!」


 押し付けられた羽のような小判に、私は生唾を呑み込んでから歯を立てる。


 ――サクッ。


 シンプルなその音と口腔内に広がる香ばしい塩っけに、私の涙腺は自然と緩んだ。


「美味しい……美味しいよぉ……」

「ははっ、そりゃあ良かったな」


 まるで他人事のように言うショウも一枚食すも、「まだまだだな」と首を傾げている。てやんでぃ。神の小判を侮辱するとは何たる無礼か。


「不満ならいいです。私が全部食べてあげます」

「いやいやいや、また他のも作ってやるから。少しにしておけって! 王子にダイエットさせておいて、きみが肥えたら示しが付かないだろう⁉」

「やぁーだぁー! 食べるのー‼」


 近くの木に止まった小鳥が今日もチュンチュン鳴いている。あぁ、今日も健康で良かったなぁ。ショウから奪うことが出来れば、夢にまで見たポテチが食べ放題だ!


「待て、待てって! そうだ! 今度はお好み焼きなんてどうだ? 和風味になるからチヂミっぽくなるかもしれないが……」

「お好み焼き‼ た、たこ焼きは?」

「たこ焼きはまず、あの鉄板がなぁ……」 


 そんなやり取りをしていると、どこからか「ショオオオオオオオオオゥ」という野太い声があがる。それに私が思わずポテチを落とすと、呼ばれた張本人が「悪い」と気のない謝罪をした。


「なんか料理長が怒っているらしい。何かな、油の後始末でも忘れてたかな」

「すごーく怒っているっぽいけど、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。たまにゲンコツ食らうのも悪くないもんだぜ」


 私が尋ねると、ショウはなぜか嬉しそうで。そして全くこの場を片付ける様子もなく聞いてくる。


「そういや、きみは何か特殊能力はないのかい?」

「ない」

「え?」

「何にもない」

「……貴族だから魔法とかは?」

「全く使えなかった」

「そうか……まぁ、ポテチいっぱい食べなよ」

「……うん」


 今日もランデール王国は、とても良い天気だ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] のり塩ポテチは至高!(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ