追撃イケメン化計画『食事療法編①』
「リリリ、リイナ。今日のお菓子なんだけどね――――」
「お止め下さい、エドワード様!」
朝の散歩を始めて、二週間。
徐々に王子の足取りも軽くなってきたように思える今日このごろ。私は今までずっと黙っていたことを、勇気を持って告げることにした。
「そのお菓子生活、お互いに控えませんか?」
「え?」
朝食はお互い帰ってから。ということで、散歩の終わりにピクニック気分でお菓子を食べる習慣は、正直楽しかった。日替わりにエドワード様が持ってくるお菓子はどれも美味しく、朝の心地よい風を満喫しながら、数分だけのティータイム。短い時間だから白豚王子との世間はなしも苦にならないし、なかなか気に入っていたのだが。
私は気づいてしまったのだ。
お菓子は太る。
「だだだ、だってリイナ。食細いでしょ? 少しでも栄養あるもの食べないと――――」
「おかげさまで、徐々にウエストが苦しくなっております」
「わぁ、そうなんだ! 良かったぁ。あ、でも僕、女性が少しくらいふくよかでも全然気にしないし、リイナと一緒にお菓子食べるの好きだからこれからも一緒に――――」
体調を心配してくれるのは嬉しい。
だけど、
「お断りします!」
それとこれとは、話が違うのだ。
そう――王子がいかにションボリしようと、お菓子は太る。その原理は覆らないのだから。
そうして、いよいよ私は美容やダイエット、ならびに健康の礎である食生活の見直しに取り掛かることにしたのだが――――
「正直、これがとても難しいんだよねぇ……」
私は屋敷まで送り届けてもらった後、用意されていた朝食をつつきながら愚痴る。
「どうした、リイナ? また具合でも悪いのかい?」
対面に座るのは、『リイナ』と同じ桃色の髪が可愛らしいダンディなオジサマだ。立派な髭が特徴の父親からの心配に、私は笑みを作って首を振った。
「そんなことないですよ。ただ――――」
私はクリーミィなリゾットをかき混ぜながら答える。
「もう少し、あっさりしたものが食べたいなぁって」
これでも、食については結構ワガママを言わせてもらっているのだ。このリゾットだって、私が「お米が食べたい」と言ったから、わざわざ宰相の権力と財力で取り寄せてもらい、作ってもらったものである。このランデール王国は、パンやパスタなど、小麦が主食の国なのだ。
正直私が求めているのは『お米』というより『和食』なのだが、この西洋感たっぷりな国で、叶えられるわけもなく。
「すまないね、リイナ。でも、少しでもいいから食べておくれ。リイナがまた具合悪くなったらと思うと……」
「大丈夫です、お父様! 私、もうこんなに元気ですから!」
私はバクバクとリゾットを掻き込み、ベーコンをパクリと食べた。控えているメイドさんがやたら驚いた顔をしているから、やっぱりはしたなかったのかもしれない。
それでも前世といい、今といい――親にこんな悲しい顔をさせるのは、もうウンザリなのだ。
親になったことはないものの、それでも知っていることがある。
具合の悪い子供には、早く元気になって欲しい。
『苦しい思いをさせてごめんね』
『代われるものなら、代わってあげたいのに』
そんなことを、私は何度言われたことだろう。
もちろん親を恨むつもりはない。私だって両親のことは大好きだった。
だからこそ、悲しい想いをさせたくなくて。
だけど、私だって好きで病気になっているわけでもなくて。
そのやるせなさをぶつける相手も、親しかいなくて。
その度に『ごめんね』と一緒に返ってくる悲しい笑顔は、どんな世界でも、どんな偉い貴族だろうとも――変わらないことを、私は知った。
そしてどの世界の親であろうとも、子供の健康が第一らしい。
「まったく……元気なのはいいが、もう少し上品に食べれんのか」
そんな苦言も、父親は泣き出しそうなくらい、嬉しそうで。
「お肉、美味しいかい?」
――本当はあなたの『リイナ』ではないんだけど……。
そんなこと言えるはずもなく、改めて聞いてくるお父様に「はい!」と笑い返すものの、胸の奥は棘が刺さったように痛かった。
食事を抜くことは許されない。
エドワード王子の親。つまりは国王陛下と女王陛下にはお会いしたことがないものの、そんな親心は一緒のはず。誰かに心配されるダイエットなんて不毛だ。
というか、そもそもあの白豚王子がどんな食生活を送っているのか、私は知らない。
だから、とりあえず調べてみることにした。
「本人に聞いて、嘘吐かれるのも癪だしね」
いい加減、深窓の令嬢として小鳥と「うふふ」するのも飽きていたし、私はひっそりこっそり、城の厨房裏へとやってきた。
本来ならば王子の婚約者とはいえ、あまり一人で城内を彷徨くのは宜しくない。だからひっそりこっそり。裏から厨房の様子を伺えないかなぁ。あわよくば、下っ端の見習いさんに王子の食事メニューとか聞けないかなぁ、なんて思ったり。
そんなこんなで、樽とか並んでいる物陰にしゃがみこんで、裏口をこーっそり伺っていると、
「お嬢ちゃん、何してんの?」
肩をトントンと叩かれて振り返ると、思わぬ顔に私は尻もちをついてしまった。
「あああああなたは⁉」
「奇遇……でもないな。君は王子の婚約者なんだ。俺の方が不自然か」
軽やかに「ははは」なんて笑う塩顔の少年に、見覚えがあった。今は爽やかにコックコートを着ているものの、以前会った時はもっと粗暴な格好をしていて。
「あの時の焼きおにぎり⁉」
「もうちょっと他の覚え方はなかったのかい?」
彼は芋の入った籠を置いて、辺りを見渡す。
「俺の名前はショウっていうんだけどね。でも立ち話もあれかな。王子か付添の人は? 御令嬢が見習いコックと話しているなんて、体面が良くないだろ?」
なんか色々と気を使ってくれているのは有り難いが、待ってほしい。とりあえずついていけてないから待ってほしい。
「そのこめかみに指当てているのは癖? 可愛いな」
「考えているんだから、ちょっと待って下さい」
「はいはい……でも俺が説明した方が早くないか?」
ショウと言った彼は木箱に腰掛け、芋を片手に話し出す。
「って言っても、そんなに話すこともないんだけど。俺のいた一団はほぼ全員捕らえられたんだけど、俺だけ特例として見習いコックとして雇ってもらえたんだ」
「見習い……?」
「そうそう。まぁ、正確には服役中として働かされている――ていう体みたいだけど。どのみち賊にも、身売りされて身を置いていたにすぎない俺としては、有り難い話さ」
そう話しながら、彼はまたたく間に芋の皮を剥いていって。「話しながらゴメンな。ノルマキツくてさ」なんて言いながらも、彼は楽しそうに手を動かしていた。
そんな状況に唖然としていると、ショウはクツクツと笑ってくる。
「それにしても、お嬢ちゃんも肝が据わっているな。叫びもしなかったしさ。俺のこと怖くないのか?」
「いやぁ、焼きおにぎりの印象しかなかったもので」
「そんなに食べたかったんだ」
鼻で笑った彼は(失礼な)、ゴソゴソと籠の中を漁り、「今はこんなものしかないけど」と籠の中から取り出したのは、ヤシの実みたいな固い素材の水筒のようなものだった。
「熱いから気をつけて」
彼はその中身を、蓋をコップ代わりにして注ぐ。それから立ち上がる香りに、私は思わず「わぁ!」と目を見開いた。