度量が肝心だイケメン化計画『聖女編』
ワガママの代償は大きかった。
「ファーストキスはやり直させてもらうからね! あの時のは認めない! もうリイナをメロッメロのトロットロにさせちゃうんだから!」
当然、あの時のはエドの腹痛を治すためだったと説明した。私の特殊能力も知りうる限り説明して、その上でお願いした。それでも、エドからしてみたらあの時の接吻は不本意極まりなく、やり直したい過去であるとのこと。
あああああ……あとが怖いけど、これだけは譲れない!
というわけで、お城での事件が一段落した今日、私はエドと小旅行をしていた。
馬車で揺られること丸一日。その村は、とてものどかだった――といえば、聞こえはいいだろう。いい意味でも悪い意味でも何にもない村は、野畑さえ少ない。この辺りまでは治水整備も進んでおらず、日照りも良い地域だから土が常に乾いてしまうらしい。
そんな見るからに貧しい村の民家に、私たちはやってきた。
「あの……本当にショウの知り合いなんですか?」
「はい、ショウさんとはお友達なんです。たまたま近くに寄りましたので、ぜひ妹さんにもご挨拶がしたいと」
うーん。一応家には上げてくれたものの、家主の視線はすごく訝しげ。
でも仕方ないのだろう。大層立派な馬車に乗ってやってきた、ひと目でわかるご貴族たちだ。これでも普段よりは安価な服を用意してもらったのだが、それでもまぁ浮くこと浮くこと。
親もいないショウの妹ちゃんは、親戚の家で面倒みてもらっているらしい。この家主はショウたちの叔父に当たるのだという。
「気持ちは有り難いですが……とても挨拶できる状態じゃ……」
そんな前置きで案内された部屋は、扉を開けなくても臭いが漂っていた。なんとも言い難い、病人の臭い。「あとはお好きに」と家主がその場を離れたのち、エドが耳打ちしてくる。
「ねぇ、リイナ。本当にいいの?」
「……何がですか?」
私がやりたいことは、事前にきちんと話してある。だけどエドはずっと聞いてくるのだ。
「今ならまだその力を秘密にしておくことができるんだよ? だけど、一度でも公で使ってしまえば、話なんてあっという間に広がる。もちろん僕も君のお父さんも全力で君のことは守るけど……それでも、その能力を巡って様々な問題に巻き込まれるかもしれない。普通の生活はできなくなるよ?」
エドはずっと私を心配してくるのだ。
今なら霊人としてではなく、普通の令嬢として生活していくことが出来る、と。平穏な生活を守ることが出来る、と。
だけど、私は首を横に振る。
「どのみち、普通じゃないですから」
「どういうこと?」
「私は『聖女』にならなきゃいけないですからね」
別に、この能力に頼り切るわけではない。こんなチートの能力がなくても、『リイナ=キャンベル』は聖女として認められていたのだ。私も当然、そこまでの立ち居振る舞いを身に着けなければならない。その前提を覆すわけではない。
だけど、どうせなら、
「私は『あなたのリイナ』として、『前までのリイナ』を超えたいですから」
「リイナ……!」
同じじゃ意味がないんだ。二番煎じではなく、彼が恋い焦がれた『リイナ』よりも愛される『リイナ』になる――それが、私の密かな目標。まぁ、家主が物陰からこちらを伺っているというのに平気で抱きついてこようとする人なんかに、そこまで懇切丁寧に話してあげたくはないのだけど。
「それじゃあ、ちょっと行ってきますねー」
私はエドを押しのけて、扉をノックする。すると、中からは弱々しい返事が返ってきて。
扉を開ければ、ボロボロのベッドの上で横たわる女の子がいた。歳は私リイナと同じくらいだろうか。だけど起き上がろうとしている姿はとても弱々しくて、腕もものすごく細い――それは、まるで前世の私のように。
「ごめんなさい……どちらさま、ですか……?」
咳き込む姿はとても苦しそうだった。それでも丁寧な言葉づかいと、まっすぐに見つめてくる視線に、私はニッコリと微笑む。
「私はね、あなたのお兄ちゃんの友達なの」
「もおおおおおおお、僕は興奮冷めやまないよ! どうしたらいい? 僕以外の人と口付けした事実を悲しめばいいの⁉ それともリイナが他の女の子と唇を合わせた素敵すぎる光景に身悶えればいいの⁉」
「とりあえず鼻血を拭きましょうか。そしてとっとと黙ればいいと思いますよ? 馬車の中狭いんですから。いい加減うるさいです」
もう帰りの道中だった。用を済ませて、馬車に乗られること体感三十分くらい経った頃。未だエドは興奮していた。
治癒の能力の具体的な発動形式がわかっていないのだ。涙と唾液で効果があることはわかっているけれど、私の体外に出てどのくらいの時間効力が保つのかなど、わからないことが多いし、まだゆっくり検証する時間も取れていない。妹ちゃんの余命がわからなかったからだ。
そのため、妹ちゃんには可哀想だったと思うが、口移しでご勘弁いただいた。泣けと言われて泣けるほど、私は女優じゃないからね。お互い我慢だ。それでも「身体が軽くなった」とあんなに嬉しそうな笑顔を見れて、私は後悔していない。彼女はお金が貯まり次第、兄に会いに上京したいと言っていた。そのことを兄への手紙に綴るという。
その、お兄ちゃんは……。
思い出して、私が視線を落とした時だ。エドは真顔で言ってくる。
「わかった。今度はもっと広い馬車を特注で造らせておくから」
「そういうことじゃありません」
乗車率はガラガラ。まだ四人くらい乗れそうなスペースがある。
別にエドも人並みの体格になったわけだし、二人でゆったりと世間話でもしたいのに……どうして私は刺繍のキレイなハンカチで、わざわざ隣に座るエドの鼻血を拭いてあげなきゃいけないのか。あーあ。白いハンカチが真っ赤になっちゃった。勿体ない。
それを見て、エドが笑う。
「グフフ……そそるね」
「詳細は聞きたくありませんから言わないでくださいね。そして本当にそろそろ落ち着け。ご機嫌がすぎる。さらに笑い方が昔の気持ち悪いのに戻っていますのでお気をつけください」
私が嘆息しながら淡々と述べると、エドは「リイナは相変わらず辛辣だねぇ」と嬉しそうに言って。だけど、調子はそのままだった。
「それにしても、まさか新たな性癖が開けると思わなかったよ。リイナはすごいね。君といると嬉しい驚きばかりだ」
「そんな褒めないでください全く嬉しくありません」
「謙遜しないでよ。どんなリイナの顔も好きだけど、笑った顔が一等好きなんだから」
……自業自得とはいえ、まさかエドがここまでパワーアップするとは思わなんだ。なに、この溺愛。確かに私から告白したし、それを受け入れてもらえたのは嬉しかった。だからこれは望んだ未来――まさにイケメン王子に溺愛されるという勝ち組そのものなんだけど――もうちょっと加減してもらえませんかね?
「……あの、もっとライトに爽やかに、甘酸っぱい青春レベルの交流からにしてもらえませんかね?」
「え、やだ」
即答かいっ! 少しは検討してよ!
「私、恋愛初心者なので! お手柔らかに――」
お願いしようとした時だった。目の前が暗くなる。唇にフニッとした感触。そしてエドの満面の笑み。
「ちなみにこれ、ファーストキスじゃないから」
「……はい?」
「リイナが余計なことを考えすぎているみたいだからね。それを治療しただけだよ。君の頭は僕のことだけでいっぱいになっていればいいんだ」
いやぁ~百歩譲ってあなたの願望がそうだとしても、キスでしたよね? 唇と唇……大義でくくれば、あなたの唇が私の身体のどこかに接触すれば、それはもう十分キスなんじゃないのでしょうか⁉
だけど頬に手を添えられて、至近距離からイケメンの尊顔に見つめられては……私はハクハクとするだけで言葉を紡ぐことが出来なかった。
エドは微笑む。
「そもそもさ、君は大事なことを失念しているよね?」
「……何をでしょう?」
「たとえ相手が女の子だとしても……僕が嫉妬しないと思っていたの?」
え、あのー……あなたさっき『新しい性癖が!』て喜んでいませんでしたっけ?
だけど、それは言うまでもなく顔に出ていたようで、エドが私の唇をフニフニと押してくる。
「それはそれ、これはこれ――あ、これもファーストキスじゃないからね。ただの消毒だから」
と、帰りの道中何回も『消毒』や『治療』や『暇つぶし』をされたのですが……トロトロ具合が足りないらしく、彼の中では未だファーストキスはしてないことになっているんだそうです。合掌。




