奇跡のイケメン化計画『精霊編』
「ショウさんこそ、どうして……?」
「あーこの格好? 軟禁という話だったけど、正式は処遇は国王陛下の御意向を云々って……なんか踏まなきゃならない手順があるみたいでさ。正式の沙汰までひとまず普通に牢屋に入ることになったんだ。だから例にもれず囚人服なんだけど……そんな怒らないでくれよ? 俺は何の不満もないからさ」
「それは、えぇーと……」
それはそれで気になっていたんだけど。だけど、そうじゃなくて。
話を聞いたからなおさらだ。なんで、牢屋にいるはずの人がここにいる?
思わずこめかみに手を当てた私を見て、ショウさんはクツクツと笑った。
「やっぱりその癖可愛いな。俺は好きだよ。あざとい感じが女の子らしくて」
「そ、そんな場合じゃないでしょう⁉」
そう――そんな可愛い言われて恥ずかしがっている場合じゃない。
軽口を楽しんでいる場合じゃないのだ。
「なんだよ。せっかく最後に会えたんだ。友達との会話を楽しみたかったのに」
「最後って……」
次から次に意味深なこと言わないでよ。嫌な予感しかしないじゃない……。
「どうして……?」
だから、私の顔が歪むだけ。そんな私に笑みを向けながら、ショウは一歩ずつ階段を上ってくる。そして、その後に続く言葉が言えないでいる私の顔に触れた。
「そんな顔しないでくれよ。別にお嬢ちゃんに危害を加えるつもりはないんだ」
「……じゃあ、誰に危害を加えるの?」
「へぇ、珍しく鋭いね」
そう笑うショウは目を細める。
「王子様とは仲直り出来た?」
「……うん」
「そっか。それじゃあ、彼も心残りないね」
そして「それなら、巻き込まれないうちに早く逃げな」とショウは言う。私の横を通りすぎて、再び鎖をジャラジャラと引きずりながら――エドの部屋の方へと向かっていく。
その背中に向かって、私は叫んだ。
「エドをどうするつもり⁉」
「殺すつもり」
足は止めてくれたものの、ショウは振り向かない。
「どうして⁉」
「どうしてって……そんなの決まっているだろう?」
その時だ。ショウの隣の空間が歪んだと思いきや、その場所にいきなり知らない男が現れた。麻服を着た見るからに野蛮そうな男の人が、開口一番ショウに文句を言う。
「おい、こんな所で何油を売ってんだ⁉ おかしらがオカンムリだぜ?」
「そりゃすまねーな。んで、おかしらは?」
「おまえがさっさと首持って来ねぇから、自らやるって今送り届けてきた所だよ」
「おーまじか。相変わらず短気だねぇ」
怖い怖いと言いながら、ショウさんはヘラヘラ笑っている。
その様子を動けず見ていただけの私の方を、彼は見た。
「前に話したことあったろ。こいつが瞬間移動できるってやつ。凄いよなぁ。俺もどうせ霊人なら、こんな便利な力が欲しかったもんだ」
「おまえの能力こそ凄いだろ! いつでもどこでも毒を作れるなんて……こんな悪いやつ、そうそういねぇよ!」
毒? ショウの力って、菌を繁殖させてお味噌や醤油を作ることなんじゃ……?
前に聞いた話を思い出していた私に、ショウはご丁寧にも解説してくれた。
「菌にも良いの悪いのたくさんあるだろう? 何でも使い方次第ってやつでさ。料理の幅を増やすためにも使えれば、病原菌を増やしてこうして大混乱を起こすにも使えるってわけ」
「じゃあ、みんなが倒れているのも――」
「そう、俺のせい。王子に捕まる前に、夕飯の材料に細工をしておいてね。みんな食中毒で苦しんでいるってわけ。死ぬ人はあまり出ないと思うよ。三日三晩トイレとベッドを往復してれば良くなるだろうさ」
呑気に話すショウに、盗賊の人は「どうせなら全員殺しちまえばいいのに」なんて愚痴は吐いて。それに、ショウは首を振る。
「そんなしたら、一気に国が崩壊するだろう? 無計画に国家転覆させても、あとが面倒さ。今回はおかしらの汚名返上が目的なんだから、王子を殺すだけで十分だろ」
「相変わらず野望のない男だね~」
「俺は妹の薬が欲しいだけだからな」
「そんなおまえに、プレゼントだ」
私には何が起こったのか、わからなかった。
ジワジワと、ショウの服が赤く染まっていく。お腹の真ん中には、キラキラとした鋭利な何かが光って見えた。そして、ショウが血を吐く。
「な、ぜ……?」
「おかしらからの伝言だ。『オレはやる気のないヤツはいらねー』だとよ」
盗賊は、ショウのお腹を貫いていた剣を抜いた。するとショウは膝を付き。血の海を広げながら、その場に倒れ込む。その様子をせせら笑って、盗賊は言った。
「最後にイイコト教えてやる。妹の病気を治せる特効薬なんて話はウソだ。今まで渡していた薬もなぁ、ありゃあただの雑草を潰しただけだ。まぁ、もしかしたら身体に良かったかもしれねぇけどな?」
え、なに……なにが、なんだか……?
ショウがまだ盗賊と繋がっていた。その盗賊たちはエドに復讐を目論んでいて、それにショウも手を貸した。その報酬が、多分妹ちゃんの薬。だけど、それらは全部ウソで、用済みだと殺された……?
頭が混乱して、足が竦む。だけど、確かなのはショウが刺されたということ。このままでは死んでしまうということ。だったら、見ているだけなんて許されるはずがない! 女は度胸、足を動かせ!
「ショウさん⁉」
私は転びそうになりながら、何とかショウの元へ駆け寄った。血の気のないショウからはドクドクと血が流れている。汚れることなんか気にしてられるか! 私は手で必死に傷跡を押さえようとするものの、当然それだけじゃ血は止まってくれない。
どうしよう……このままじゃ、ショウは……。
私の目からは、ポロポロと涙が溢れるばかり。
泣いている場合じゃないのに……。泣いたって、何にもならないのに。
だけど、私はどうすればいい?
このままじゃエドが殺されてしまって。ショウはもう死にかけで。
異世界転生したって、何の力もない。雑誌の知識しかないポンコツの私に何ができる?
そんな私の頭上から、声がする。
「おまえは確か、王子の婚約者だったよなぁ? おまえの首も並べて置いておけば、もっと面白いことになりそうだなぁ⁉」
顔を上げた私が見たのは、ゲスな盗賊の顔と振り下ろされそうな剣の煌めき。
だけどその剣は私に届くことなく、カランと床の上に落ちた。
「あ、あ、あ、ああああああああああ」
盗賊の腕が黒く変色していた。その腕はどんどんシワを増やし、形容し難い異臭を放ち。ジュワジュワとどんどん、どんどんその範囲を広げ――黒くなった全身が、ボロボロと朽ち崩れていく。
残るのは、腐り果てた肉の屑のみ。
「馬鹿だなぁ。霊人を殺そうなんて――精霊の怒りを買うに決まってるじゃないか」
その猛烈な見た目と臭いに、私は噎せて吐き戻しそうになる。だけどその冷めきった声は、今そこで倒れた人のもの。「え、なんで?」と私が振り返るよりも前に、視界はすぐに隠された。
「あー見るな見るな。臭いな。ごめんな。ちょっと場所を移動しようか」
掛けられた声は、まるでお兄ちゃんのように優しい。
「え? あ、ショウさん⁉」
「はいはい。リイナちゃんのお友達のショウさんですよー」
目隠しされながら、そっと誘導されるがまま私は進む。臭いが薄くなった頃、解放された私がとっさに振り返ると、傷一つないショウが笑顔で手を上げていた。
「やあ」
「やあ――じゃないっての! え、なんで? さっき死んでたよね?」
私はハッキリと見たのだ。ショウが刺され、倒れた所を。お腹から血がダラダラと出ていた所を。洋服のお腹の部分には切れ目があった。そして遠くを見やれば、臭いの元の周辺には血の水たまりも残っている。
だけど、ショウは何事もなかったように笑っていた。
「いやぁ、俺も驚いたぜ。お嬢ちゃんの力がこんな凄いもんだとは俺も想像してなかった」
「え? わ、私の力?」
「そうそう。霊人が何にもないわけがないとは思っていたんだ。俺がどんな毒盛っても、嬢ちゃんピンピンしていたから、多分異様に腹が強いとかかなぁっと予測していたんだけど」
なにそのお腹が強い能力って⁉ 何食べても死なないってこと? 拍子抜けにも程があるでしょ。食いしん坊ですか。そうね、私ショウのご飯食べまくっていたもんね、とても美味しゅうございましたともよ!
だけど今サラリと、何回も毒盛ってたようなこと言ってなかった……?
私がジト目で睨んでも「まぁ、何事もなかったんだからいいじゃねぇか」と笑い飛ばされてしまうけど。
「まぁ、あれだな。多分、嬢ちゃんの体液に強力な治癒効果があるんだろう。さっきも俺に涙落ちてたし……あくまで憶測でしかないけどな」
そして、ショウさんがポケットから何かを取り出した。
「だけど――俺なんかのために泣いてくれてありがとう。御礼にこれやるよ」
なんか、じゃない。ショウは、私の大切な友達なんだから。
なんて感傷に浸りながら受け取ってみれば、それは薄紙に包まれたお饅頭みたいなもの。
私は思わず顔をしかめる。
「……なに、これ?」
「芋饅頭。中にも芋餡の中にさらに芋が入れてあるからな。好きだろ? こういうの」
えぇ、そりゃ大好きですけれど⁉
でもそれどころじゃないよねぇ? 絶対に今ウマウマ食べていい時じゃないよねぇ⁉
ちょっと呑気すぎやしませんか――と文句を言おうとするも、見上げたショウの顔は真面目そのものだった。
「俺は倒れている人を治療して回る。お嬢ちゃんは早く王子の元に戻れ」
「え、ショウさん治せるの?」
「あくまで食中毒……ていうより、食あたりの酷いやつさ。腸の常在菌を増やしてやって、出すもん出させれば良くなる。動ける兵士が増えれば、盗賊の残党狩りが乗り込んで来てようが、すぐに片してくれるだろ」
なんともまぁ、便利な力――と感心している場合じゃない。
今、こうしている間にも、エドが襲われているのかもしれないのだから。
「頑張れ」
私は背中を押され、来た道を戻る。お饅頭を握りしめて……ていうのが、格好つかないけど。
それでも、私にも出来ることがあったから。無力じゃなかったから。
――だから、頑張る!
好きな人を助けることが出来ると信じて、私は何度も走るのだ。




