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【コミカライズ開始】白豚王子をプロデュース!~もしかして私、チョロインですか?  作者: ゆいレギナ


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持つべきものはイケメン化計画『家族編』





 前提として、あの会話は私もショウも霊人として進んでいた。

 エドワード王子が、私が『リイナ=キャンベル』でないことを知っていた。

 だったら、あの人がそれに気付いていないはずがないじゃないか。


 私はその夜、普段あまり訪れない扉を叩く。


「お父様、少しお時間いただいても宜しいでしょうか?」

「リイナ?」


 扉を開けると、お父様はすでに寝間着を纏っていた。やはり公爵家の家長。見るからに高級そうなガウンが、イケオジを引き立てている。だけど座っているのは書斎机。万年筆を片手に仕事をしているようだった。


 そして何より目を引くのが、壁に飾られた絵画。幸せそうな家族絵。椅子に座った綺麗な女性が赤ちゃんを抱いており、その肩に若かりし頃のお父様の手が置かれている。


 それよりだいぶシワを増やしたお父様が目を丸くした。


「どうしたんだい、こんな時間に。ドレスを着たままで、湯浴みすらしてないじゃないか。メイドは何をしているんだ?」

「私が一人にしてほしいと今の今まで頼んでいたんです。彼女に非はありません」

「ふむ、そうか……」


 微妙に腑に落ちないといった様子で、お父様は――いや、キャンベル公爵は筆を置く。

 そして、私が話しを切り出せないでいると、先に公爵が口を開いた。


「婚約破棄の件かな?」

「それもありますが……」


 お家にとって、それもとても大事な話。避けては通れない話。

 だけどそのことを語るよりも前に確認すること。


「お父様は、私が『リイナ=キャンベル』じゃないこと、ご存知でしたか?」

「だからリイナ。そんな面白くない冗談は――――」

「私はこの世界でいう霊人です。今までずっと騙して、申し訳ありませんでした」


 私が深く頭を下げる。いくら謝っても足りない。ずっとあなたの娘のフリをした、あなたの娘を身体を借りた他人だったのだから。


 それでも頭を下げるしかできない私の耳に、キャンベル公爵の悲しげな声が届いた。


「そのことは――お互いつまらない冗談で良かったんだよ。頭を上げてくれないか、リイナ」


 それでも「リイナ」と呼ばれ――――私が恐る恐る顔を上げると、キャンベル公爵はニコリと微笑んでから、後ろを向く。視線の先はあの絵だ。


「リイナは昔から変わった子でね……あまり泣かない。駄々を捏ねない。残念ながら母親に似たのか身体は弱かったけど、とても親思いの育てやすい子だったんだ」


 リイナのお母さん――キャンベル公爵の奥さんは、リイナを生んですぐに亡くなってしまったという。だからきっと、あの絵は家族三人の唯一の思い出の記録。


「そして何より、この世界を愛していた。自然を愛し、人を愛し、歴史を愛し……気品に溢れ、礼儀も正しくてね。『聖女』と呼ばれるに相応しい……自慢の娘だったよ」


 前を向いた公爵と、合わせる顔がなかった。私なりに『リイナ=キャンベル』になろうと努力もしていたつもりだけど――そんな話を聞いてしまうと、あの程度を努力なんて呼ぶのもおこがましい。食器遣いひとつに手間取り、ダンスすらまともに踊れない。全く代わりが務まらなかった私に、公爵は優しい笑みを向けた。


「でもね。君も私にとって、すでにとても可愛い娘なんだ」


 そんな私に与えられる顔ではないはずなのに、なぜか公爵の目は『リイナ』と同じ青い瞳はとても深い。


「コロコロと表情が変わり、私と軽口を交わしてくれて、婚約者相手に一喜一憂して私まで振り回してくれる――知っているかい? 親にとってワガママで手間がかかるほど、可愛くもあるんだよ」


 私は知っている。その深い眼差しは、駄々を捏ねた私を宥めようとする、お父さんやお母さんと同じ目だ。病気が辛いと。もう死んでしまいたいと駄々を捏ねた最低な私を慰める時の目だ。


「当然、最初は戸惑ったさ。『リイナ』だけど『リイナ』じゃない。見た目はリイナそのままなのに、立ち居振る舞いが全くの別人なんだ。『私の娘であるリイナ』が死んでしまったのだと納得するまで、ひどく時間がかかった――――正直言って、今でも納得出来ない時があるよ」


 私はその時と同じように、顔を歪めることしか出来ない。ましてや、この人の娘であった時間なんて、まだたったの数ヶ月なのに。私は――馬鹿で。弱くて。情けない私は、こんな優しい言葉をかけてもらう権利なんてないのに。


「それでも君はこの世界で、『リイナ』の身体で懸命に生きている。そんな君を、私に罵れというのかい? 勘弁してくれ。そんなことしたら……彼女たちに軽蔑されてしまう。私はね、彼女に相応しい父親でいたいんだ。こうして彼女がいなくなった後でも、ずっとね」


 絵の中にしかいない、綺麗な女性と可愛い赤ちゃん。

 大切な人を二人も亡くした紳士は、私にまで慈愛をかけてくれる。


「以前は全く常識の異なる世界で生きていたんだろう? 君だって、苦労していることが多いんじゃないかな?」

「私は――――」


 全然だ。むしろ贅沢な毎日だった。毎日お姫様のようなベッドで眠って。高級レストランみたいなご飯を食べて。絵本の中みたいなドレスを着て。健康で可愛い完璧な勝ち組令嬢だと本当に喜んだのだ。


「苦労なんて、何もありません……公爵のおかげで、私は何も不自由のない生活を……」


 それなのに、どうして涙が出てしまうのだろう。

 泣きたいのは、公爵の方のはずなのだ。


 私なんて泣く資格がない。悲しむ資格がない。生まれ変わった先がこんな素敵な令嬢だったのだから、今までの夢みたいな生活を感謝すれど、罪悪感で泣くなんて失礼にも程がある。


 それなのに公爵は小さくため息を吐いて、椅子から立ち上がる。


「本当に……仕方のない娘だね」


 そう言って、私を広い胸の中に納めた。


「いいん……ですか? 私なんかが、娘で……」

「君は僕に二度も、娘を亡くさせるつもりなのかい?」

「そんなつもりは―――」


 私が見上げると、髭面がチャーミングなナイスミドルが意地悪に口角を上げていた。


「ありがとう。君のおかげで、もう一度温かい娘を抱きしめることが出来たよ。出来ることなら、もう二度と彼と冷たくなっていく娘を看取りたくないものだ」

「彼?」

「エドワード殿下だよ。『リイナ』が天に還ったのは、きっとあの時だったんだろうね。殿下が見舞いに来てくださっていた時に、急に痙攣しだして、どんどん冷たくなっていって――医師も間に合わず、このままお別れだと覚悟した時、君の目から涙が溢れたんだ。その直後呼吸が穏やかになり、次に君が目を開けた時は……君も覚えているだろう?」


 覚えている。無機質な病室で両親とお別れしたと思った直後、目を開ければ西洋感満載のカラフルな世界にいたのだ。父親らしき人物はハリウッド俳優みたいだし、鏡の中の私は二次元から飛び出したような美少女だし、婚約者は期待はずれの白豚だし。これが現実だと腹をくくるまで、これでも結構葛藤したのだ。


 だけど、今はそんな昔話に花を咲かせている場合じゃない。


「エドも……『リイナ』を看取ったんですか……?」

「え、あぁ。まぁ、あの瞬間が本当にその時だった証拠はどこにもないんだけど……彼も色々忙しいだろうに、足繁く見舞いに通ってくれていたよ。リイナは昔っから本当に食が細くてね。少しでも栄養のあるものをと、果物なり、お菓子なり、いつも趣向を変えて――」


 公爵の話は、最後まで耳に入って来なかった。失礼だけど、私は他のことで頭がいっぱいになってしまったのだ。


 ――私はあの時、なんて言った……?


 ショウを糾弾している時。私がショウの妹のために命を投げると言おうとした時。

 エドはショウの妹の命が軽いもののような言い方をして。私はそれに腹を立てて。安い命なんてない。最期まで頑張ってみんな生きているんだって。その言葉に悔いはないけれど。でも。


 ――そのあと、私はなんて言った⁉


『どんな気持ちか、あなたになんてわからないくせに! 病気の家族を支える気持ちも、それに応えきれない本人の悲しみも、何もあなたになんか――』


 太ったり痩せたりしているとはいえ、基本健康なエドに病人の気持ちはわからないだろう。だけど、彼だってずっと病に伏せがちの婚約者を支えていたのに。ずっと側で、彼女が元気になる日を夢見ていただろうに。


 そして『リイナ』がいないとわかっていたのだとしたら、ずっと亡くした悲しみに暮れながら、『私』のわがままに付き合ってくれていたということなのに……。最愛の人を亡くして、傷つかなかったはずがないのに! 


 あの時、エドはどんな顔をしていた? 

 私はそれさえ、思い出すことができない。


「どうしたんだい? 血が出てしまうよ?」


 公爵が、噛み締めていた私の唇にそっと触れる。私は一呼吸して、この世界のお父さんに告げた。


「私、エドに酷いこと言った……謝りに行かなくちゃ」

「……もうこんな時間だよ。それに婚約破棄もされたんだ。気に病むことがあるなら、後日私の方から――」

「ごめんなさい、お父様。私、今すぐ謝りに行きたいの。自分でちゃんと謝りたいの!」


 私が縋りつくと、お父様は目尻にシワを寄せて。


「まったく、本当に仕方のない娘だね」


 と苦笑して。


「わかった。すぐに馬車を用意しよう。大丈夫だ――たとえ君は『聖女』でなかったとしても、他人にとっても、そして自分にとっても何が大切か見誤ることのない聡明さを持っている。だからきっと、やり直せるよ」


 そして、お父様は私の背中を押してくれるのだ。


「なんたって、私の自慢の娘なんだからね」

「はい……お父様!」


 だから私は涙を拭い、笑顔を作る。女は度胸だ。彼に失言を謝罪して、そしてあの時言えなかった言葉を伝えに行こう。


 私は、あなたのことが好きなんだ――――と。





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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに酷い事を言ったね… きちんと反省しなきゃねー。
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