ここが終われば上がるだけだよイケメン化計画『チョロイン編②』
「それじゃあ、妹ちゃんは⁉ 助からないの⁉」
「はっ。なんできみがそんな熱心なんだよ? あれか? 初めから言っていれば、大人しく殺されてくれたとでもいうのかい?」
「それは……」
そう問い詰められてしまえば、口ごもるしかないけれど。
それでも、他人事とは思えないから。
病気の妹のために、悪事にも手を貸して頑張ってきたお兄ちゃん。
苦労するお兄ちゃんに察しながらも、その恩を返せない自分にやきもきする妹ちゃん。
あーどうしよう。もちろん、だからと言って私が死んでいいかと言われたら即答出来ないけど。それでも、私の今の命は二回目だから。ただオマケで付いてきたようなものだったから。
それだったら――――
「私なんかの命でよかったら――」
そう言いかけた口が、白い手袋を付けた手で塞がれた。私の後ろから、いつになく低いエドの声。
「そんな馬鹿なことを言わせないよ。きみは僕の婚約者の『リイナ=キャンベル』なんだ。たかが農民一人のために賭けられるほど安く思わないでくれ」
その発言に、ショウがキッと私の奥に鋭い視線を向ける。だけど、エドは淡々と述べた。
「それに僕の私情は置いておいたとしても、きみは霊人だ。万が一に備えて今回は僕が事前に防いだけど……きみが死ぬことは、きっと精霊が許さないよ。だから馬鹿なこと考えるのは無駄なだけだよ」
エドの言い分は、わからないでもない。
私は『リイナ=キャンベル』で。王子の婚約者で。宰相の娘で。そして精霊がわざわざ異世界に関与してまで生き返らせた存在なのだ。
精霊って存在が何なのか、今ひとつ私にはわからない。
だけどそれが神様みたいな存在なのだとしたら――全てにおいて、エドの言う通りなのだと思う。
でも――
「それでも、その言い方はないんじゃないですかっ⁉」
私はエドの手を払い除け、振り返った。エドの瞳が潤んでいる。それでも、私は我慢ならなかった。
「ショウさんや……妹ちゃんが、ずっと健康だったエドにわかるんですか? 辛いんですよ、そして何より悔しいんですよ! なんで私だけ……私だって好きで病気になったわけじゃないのにって……こんな辛い思いするくらいだったら、そもそも生まれてこなければ良かったのにって……」
エドが小さく「リイナ」と呼ぶ。だけど、私は叫びつづけた。だって、私は『リイナ』じゃないから。
私はエドの胸をドンと叩いた。
「それでも、私なんかのために頑張ってくれる人がいるから、私も一生懸命笑って生きてたんですよ! すっとベッドの上の生活で……恋だって青春だって何もなかったけど、それでも最期まで頑張ってたんですよ! それを安い命てなんですか? 確かに生きているだけで無駄な存在だったかもしれないけど、それでも……それでも……!」
私はエドを何回も叩く。エドは全く怯んだりしたい。全く痛そうな顔もしない。私を見下ろすだけで、全く表情を動かさない。
それが、余計に癪に触った。
「どんな気持ちか、あなたになんてわからないくせに! 病気の家族を支える気持ちも、それに応えきれない本人の悲しみも、何もあなたになんか――」
「もういいから!」
そんな私を、ショウが後ろから羽交い締めにした。
「もういいから……ありがとう。ありがとうな。だから頼むから、これ以上はやめてくれ……俺が惨めだ」
その声は震えていて。首元に顔を埋められて。彼が離れた後、私の肩が少しだけ濡れていた。
「それだけじゃない。そんな綺麗事だけじゃないんだ……魔が差した。なんで同じ霊人なのに、この子はこんなにもお気楽なんだろうって」
私は思い出す。前にショウが言っていたこと。
『……それは嫌味?』
『いんや。僻み』
ショウが密談していた後の会話。その時は『働いたことのない』ということに関しての軽い会話と思いつつ、特に気にしてなかった会話。
あの時は、そんな軽口に彼の深い気持ちが隠れているのは知らず。彼が本当に私を僻んでいたなんて、全く考えず。
もしかしたら、他にも同じようなサインがあったのかもしれない。
だけど私は、ただただショウとの会話が楽しくて。もらうおやつが美味しくて。
その兆候を思い出すことすら出来ないけれど。
「申し分ない家柄。親にも婚約者にも愛されている御令嬢。たとえ世間知らずでも全て許されてしまう揺るがない立場。しょうもないことで悩むきみが、眩しくて仕方なかったよ」
――最低だ。
仮にも『友達』なんて言ったのに。
少なくとも、私は『友達』だと思っていたのに。
彼の苦しみも、葛藤も、何も気づかなかった。
私は俯いたまま振り返ることすら出来ないのに、ショウは言う。
「きみに友達と言ってもらえて嬉しかったよ。裏切ってごめんな」
その言葉に、私はようやく振り返る。いつもの優しい、お兄ちゃんの顔だった。
それに返す言葉すら出てこなくって。代わりに無意味に泣き崩れるしか出来なくって。
ショウは、私の頭を撫でようと手を伸ばしてくれた。だけど、触れることなくすぐに引っ込められた。
ショウは一息吐いてから、エドの方に向き直る。
「なぁ、王子。 俺は極刑で構わない。代わりと言っては何だが、嬢ちゃんはきちんと保護してやってくれないか。特にこれといった知識や技能がなさそうだが……きっと何らかの形で役に立つ時が――」
「その点は大丈夫。彼女は今後も僕の婚約者として、王家が保護を続けるからね」
なんか二人の間で纏められているようだが、
「……ねぇ、ちょっと待って」
極刑。その言葉の意味は、漫画やライトノベルでも出てきた単語。
最も重い罰――――つまり、処刑ということ。
「ショウさん……殺されちゃうの?」
私が顔を上げると、エドが呆れたように腕を組む。
「当たり前でしょう? 王位第一継承者である僕の婚約者を殺害しようとしたんだよ? 極刑以外の沙汰を下すつもりはないけど」
「嫌です!」
私が即座に、エドの腕にしがみついた。彼が珍しく目を見開いている。前髪が少し伸びて、その目に影が出来てしまっていたけれど。それでも近づいたらわかってしまう。彼は、私がここで意見するのを好ましく思っていない。
――それでも。
たとえ嫌われたとしても、受け入れがたいことがあるから。
ただでさえ、元はショウとの仲を疑われて険悪になったのだ。これでなおショウの肩を持つというのは、悪手でしかない。それはエドの婚約者として相応しくない決断だともわかっている。
だけど、
「実際、私は五体満足無事に生きています。それなのに、そんな厳しい処罰が必要とは思えません! それに、ショウさんは必ずやランデール王国の食文化の発展に役立つ知識や技能を持っています。そのような人物を安易に亡くしてしまうのは、国としても大きな損害だと思います!」
私が考えうる目一杯の「それっぽいこと」を言うと、エドはニコニコと私を見やる。
「君にしては頑張って意見したようだけど……ねぇ、その意見が僕の婚約者『リイナ=キャンベル』として相応しいものだと、本当に思っているの?」
「いいえ、これは『私』の意見です」
「ふーん……そっか」
顎を撫でて、一瞬視線を落とす。再び顔を上げたエドは、やはり微笑を浮かべていた。
「まぁ、実害に遭ったのは君だしね。それならこうしようか。君がとある条件を受け入れてくれたら、彼の処遇を見直すよ。無罪とは言わないけど……軟禁ってところかな。監視は常に置かせてもらいつつ、君の言う通り今まで以上、国の食事事情の発展に協力してもらうよう、国王に進言すると約束しよう」
「……軟禁とは、牢屋に入れるってことですか?」
「そうだね。でも落ち着いたら、今まで通り厨房に入ってもらうってことでどうかな? 確かにせっかくの労働力を余らせておくのは、勿体ないしね」
その案に、私は胸を撫で下ろす。監視が付くとはいえ、今までと変わらない生活。むしろショウの身の安全も確保できて、最善の案ではないだろうか。
ショウに目配せすると、なぜか彼は苦虫を噛み締めたような顔をしていた。
それでも、私はエドに「それで、条件とは?」と尋ねる。
すると、彼はまっすぐに私を見てこう言った。
「僕との婚約破棄」
胸の鼓動がうるさくなる。
いやだ。
やめて。
好きなの。
あなたのことが大好きなの。
私はあなたと一緒にいたいの。
そう叫びたい気持ちに、私は目を瞑る。
たとえそれで恋が終わろうとも、私の友達が殺されるのは嫌だから。
どうせ、この恋は叶わないのだから。
彼が恋をしていたのは私ではなく『リイナ』なのだから。
それは、天秤にかけるまでもない選択でしょう? そうでしょう?
「わかり……ました……」
下を向いた私がそう答えると、エドの手が固く握られた。だけどすぐに、エドは「じゃあ、これで話は終わりだね」と扉を開ける。
「今までお疲れさま。帰っていいよ。キャンベル公爵には、僕から話しておくから。あ、キャンベル家に害があるようなことにはしないからね。僕の一方的なわがまま、ていうことにしておくよ」
「ありがとう、ございます……」
帰っていいよ。そう言われたのは二回目だ。彼がそう言うということは、私が粘っても意味がないということ。
だから今度は大人しく、彼の言うことを聞く。最後までダダを捏ねて、これ以上嫌われたくはない。
それでも、
「エド。最後に――――」
「ん? なぁに?」
気安い返事に、私は彼の顔を見る。
少し痩せてしまった王子様。もう私のことを温かい目で見てくれない王子様。
そんな彼に、私の言葉を――だけど、いざ彼の顔を見ると、それを言う資格すらないように思えて。
「なんでも、ありません……」
私は踵を返し立ち去ろうとすると、背中越しに言われる。
「……本当はね、霊人を極刑になんて出来ないんだ。精霊に愛されている君らを殺すなんて、精霊を敵に回すことだからね。精霊の恩恵を受けて生活している僕らに、そんなことが出来るはずがない」
「……つまり、私は試されたということですか?」
「そういうことだね」
――あぁ、そうか。
この会話も、私の葛藤も、全て茶番だったのだ。エドワード王子の手のひらの上で、また弄ばれただけ。きっと私は、また彼の予想通りにチョロかったのだろう。
だけど、あまりショックを受けなかった。ショウが残念そうな顔をしているけれど、私はとても腑に落ちた。
だから、私はショウに声をかける。
「ショウさん、またショウさんのご飯食べさせて下さいね」
すると、彼の目が大きく開いた。
「きみ、本気で言っているのか? 俺はきみを殺そうとしたんだぞ?」
「でも、ショウさんのご飯なら絶対に美味しいもん」
お味噌汁も。ポテトチップスも。お好み焼きも。水羊羹も。どれもこれも全部美味しかった。その味を、私の食べる姿を嬉しそうに眺める笑顔も、忘れろなんて言われても無理な話だ。
「たとえ毒が入っていようと、ショウさんの料理なら何でも完食しますからね」
冗談めかして言うと、ショウが目尻にシワを寄せて笑った。
「この食いしん坊め」
「えへへ」
女は度胸。
だから笑顔で終わろうと思った。この場を泣いて去るのだけはやめようと思った。
ショウを利用するようで悪いけど、おかげで私は泣くことなく、彼に背を向けることが出来る。
この恋は、始めから無理だったのだ。
エドに疑われた時点で終わっていた恋。
私が『リイナ=キャンベル』になりきれなかった時点で無理だった恋。
だから、部屋から出た私は自分で扉を閉める。それがせめてものプライドで、ずっと騙していたせめてもの償い。
「とても残念だよ、リイナ」
最後に聞こえたその声が、とても淋しげだったけど。
それに応える権利が、私にはない。




