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【コミカライズ開始】白豚王子をプロデュース!~もしかして私、チョロインですか?  作者: ゆいレギナ


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正直ストーカーだよイケメン化計画『小鳥編』





 また季節が一つ移ろおうとしていた。暑さもだいぶ落ち着き、木々の緑が落ち着きを見せ始めている。開けた窓から吹く風はまだ冷たくないものの、いつも窓辺に遊びに来る小鳥が少し色褪せている気がした。


 あの日から、私は一度も城に行っていない。

 行けない。呼ばれていないから。迎えに来てくれないから。行く理由もない。あんな誤解されて、ショウに会おうとも思わない。というか、エドのいるすぐ側で会う勇気なんてない。


「お嬢様、殿下とはお会いにならないのですか?」


 家庭教師の授業が終わり、本を読む私にお茶を持ってきてくれたメイドさんが、眉をしかめている。それに私が何も答えられずにいると、メイドさんは言った。


「あくまで噂なのですが……殿下との婚約がなくなった、なんてことはないですよね?」


 私の胸がズキンと痛む。

 そんな申し出はまだ私の耳に入っていない。だけど、いつされてもおかしくない。


 彼は、私が浮気をしたと思っているのだから。

 そして、おそらく彼は私が『リイナ=キャンベル』でないと気付いているのだから。


 やっぱり私の言動がおかしかったのだろう。見た目だけの『リイナ=キャンベル』は、彼の寵愛を受けるに相応しくなかった。きっと、ただそれだけのこと。


「……まだ、私の耳には届いてないですね」


 私がそう告げると、メイドさんの顔がますます歪む。


「差し出がましいことを、申し訳ございません。あくまでそんな噂を耳にしただけで……ただ、申し訳ついでにこれだけは知っておいてください」


 視線を下げたメイドさんが、緩やかに微笑んだ。


「わたしは、近頃のリイナお嬢様が大好きでした。今もこうして本を読み、殿下のために勉強したりお洒落しようとしているお姿が、とても可愛らしく思っておりました」


 このメイドさんはずっと私の面倒を見てくれている人だ。特に取り立てることもないほどの世間話をして、当たり前のように世話をしてくれたいた人、御令嬢なんだからメイドさんがいて当然……と思っていたくらい『リイナ=キャンベル』の人生のモブくらいにしか思ってなかった人が言う。


「わたしはお暇をもらう時まで、ずっとリイナお嬢様の側におりますからね」 


 その人は、パーマのかかったような黒髪が可愛らしい人だった。背は女性にしては少し高め。歳は前世のわたしくらい、二十代半ばだろうか。目の下のほくろが特徴的な愛嬌のある女性。白と黒のメイド服がとても良く似合っていた。


 今更ながら、彼女の顔を見て――――最近の『私』を見ていてくれた彼女を見て。


「ありがとう」


 私の言葉で、お礼を言う。ニッコリと一礼して立ち去る彼女の背中を見届けて、私は開いていた本を閉じた。これは授業の復習として読んでいた歴史書だ。


 戦乱の時代、初代ランデール王を導いた霊人の話。元はただの農民の娘だったという。だけど戦火に巻き込まれ焼け野原となった地に立ち上がった血まみれの少女。その異様な光景にたまたま居合わせた兵士に、彼女は言ったという。『私は他の世界の住人だった』と。


 彼女の言うことは、全て奇怪なことばかりだったという。しかし兵士はそれを信じ、実行し、進言し――――いつしか戦火の灯火は消え失せ、この地に平和が訪れた。その戦績を讃え、兵士は貴族となった。かという少女も、その知識あるところが知れ渡り、初代ランデール王と結婚。たくさんの子を為し、現在のランデール王族へ知識を残すこととなった。


 つまり、エドは霊人である異世界人の末裔。

 彼がその知識に強く、また異世界人かそうでないか見分ける目があってもおかしくないということ。


 ――私はいつからバレていたんだろう。


 彼の愛する『リイナ=キャンベル』の身体に乗り移った、他の世界の赤の他人を、彼はどう思っていたのだろう。どういう目で見て、どういう気持ちで話しかけていたんだろう。


 どういう気持ちで、何度「リイナ」と呼んでいたのだろう。

 どういう気持ちで、何度「好き」だと告げたのだろう。


「ごめんなさい……」


 目から落ちた涙が、ポロポロと本の表紙を濡らしていく。


 もう私がこの世界に来て、四ヶ月以上の月日が経った。

 それだけの決して短くない期間、私はずっと彼を騙していたのだ。

 彼は騙されていると知った上で、騙されたフリをしていたのだ。


「ごめんなさい……」


 私が謝罪しても、誰にも届かないことがわかっている。窓辺の小鳥が聞いていたところで無意味なのだ。謝罪は本人に伝えなければ何の意味もない。


「ごめんなさい……」


 それでも私が三度口にした時、扉がノックされた。


「お嬢様、たびたびすみません」


 今出ていったばかりのメイドさんの声に、私は目を擦ってから「どうしましたか?」と尋ねる。


「お嬢様にお届け物が」


 ――私に?


 ハッとして窓の外を見ると、そこに私の求めている姿はなかった。


 ただし、少し離れた門の向こう。どってことない褐色の髪。ヒョロっとした情けない体型。パッと冴えない地味な服装。そんな塩顔の少年が私を見上げて開いてヒラヒラと手を振って去っていく。


「ショウさん……?」


 それはあまり会いたくない相手。誰が悪いという話でもないのに、なんだか会いにくくなってしまった相手。


 ――本当にショウさんとは何もないんだけどな。


 ただ私がわからないのが、どうしてエドが私相手に嫉妬したのだろうということ。

 私が『リイナ』じゃないって知っていたのなら、あんなに怒る必要はないはずなのに。


「男の人の気持ち、わからないなぁ」


 私が『リイナ』じゃないと割り切りがついていないのか。

 はたまた『リイナ』の見た目が他の人と親密に交流するのが許せないのか。


 前世でまともな恋愛ひとつしたことない私からすれば、色々な事情が混み合った王子様の心境など、まるで想像ができなくて。


 思わず苦笑すると、「お嬢様」と再び不安そうに叩かれる。


「はい、どうぞ」


 私が了承の声をかけると、扉を開けたメイドさんが一礼する。その手には簡易な木箱を持っていた。


「僭越ながら、旦那様も不在のためわたしが中身を確認させていただきました」


 そして開かれると、薄布に何かが包まれている。メイドさんがそれを開くと、中には緑色の餡が乗ったお団子が入っていた。


「ずんだ餅⁉」

「わたしは初めてみる代物ですが……ご許可をいただけましたら、毒味をさせていただけないでしょうか? ショウというお嬢様の友達と名乗る方がお持ちした物だとはいえ、あまりにも――――」

「大丈夫大丈夫。いつもおやつくれる人だから」


 きっと屋敷に伏せている私を心配して持ってきてくれたのだろう。ショウさんには何も事情が話せていない。そもそも、不本意にも王子の怒りを買ってしまっているのだ。ただでさえ先輩から邪険にされていたのに、余計に居心地が悪くなったりしていないだろうか。


 せめて私から説明と謝罪をしたいけど……それをエドに知られたら、どうなるのだろう。距離を取って話せば許されるのだろうか。手紙なら大丈夫? 誰かに言付けを頼むのは?


 わざわざ持ってきてくれたお団子のお礼すら言えていないのだ。あんなお兄ちゃんみたいに優しくしてくれる人に対して、私から何も言わないのも不義理すぎやしないだろうか。


「お嬢様……?」


 考え込んでいた私にメイドさんから声がかかる。それに私はもう一度「大丈夫」と言って、手が汚れることも厭わず、お団子を掴み食べようとした。


 口を開き、一口でパクリと行こうとした瞬間。横からビュンッと風が吹いたような気がした。次の瞬間気がついたのは、何かにお団子を掻っ攫られたということ。


 何が――――私が視線で追うと、いつも窓辺に遊びに来る小鳥が、床に転がったお団子をくちばしで突付いていた。何度かツンツンとした後、お団子の一部をハクッと食べてしまう。


 その様子を見て、私は思わず吹き出した。


「食いしん坊な小鳥さん――――」


 だけど、その和やかさは数秒も続かなかった。小鳥がお団子を美味しそうに食べだしたと思いきや、動きが急に止まり、コテンと横に倒れてしまって。


「え? ちょっと――――」

「お嬢様、お近づきになられない方が――――」


 メイドさんの制止を払い、私は小鳥に駆け寄る。その場にしゃがむと小さく痙攣しているのがわかった。だけど、それもすぐに止まる。私がそっと両手で持ち上げると、その小鳥は徐々に冷たくなろうとしていた。


「嘘……嘘でしょ……」


 餌もあげていないのに、気がつけばいつも毎日窓辺にちょんちょんといた子だった。この屋敷にもそれなりに木々はあるし、屋敷自体も大きい。きっと近くに巣があるのかな、なんて思いながら、どこかで感じていた異世界の暮らしの寂しさを励ましてくれる友達だと、それこそ勝手に思っていたりもした。鳥の見分けなんて付かないから、同じ子なのかも知らないで。


 そんな子が、私の手の中で動かなくなってしまった。

 その事実を受け入れるのに時間を要していると、


『リイナ』


 聞き覚えのある声が、私の名を呼ぶ。


『泣かないで大丈夫だよ。それは僕の使役する精霊だから。すぐに生き返るよ』


 その声の持ち主を探して、私はキョロキョロと見渡す。だけど、その姿はどこにもない。メイドさんが「まぁ」と口元を押さえているだけで、目に毒になってしまったイケメン王子も、見るに堪えない白豚王子も、どこにもいない。


 だけど、その声は確かに聞こえた。


『全部説明するから、城においで。待ってるから』


 あなたにすごく会いたくて。だけどすごく会うのが怖くて。


 そんな王子様の声は、そこで途絶えてしまった。代わりに、手のひらの小鳥が急にクルッと身を起こす。そして一礼するかのように私にくちばしをツイツイと動かして、そのまま元気に窓の外へと飛んでいってしまった。


 その行き先は、彼の使役者が待つお城。

 その国の王とそれに準ずる者たちが御わす、白亜の城。


 エドワード王子が待つ、ランデール王城だ。





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[一言] やっぱりストーカーだった!(笑)
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